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3、西の牢獄



召喚されたあの広いグラウンド場から、一人だけ他の乗客らとは反対方向に歩かされた私は、そこから徒歩五分程離れた所にあった馬車置き場に連れていかれ、そこで一番ボロボロな馬車の荷台に乗せられた。


足腰の弱そうなロバが轢く馬車は速度が遅く、騎士らも二人そろって御者台に座り背中を向けているので逃走のチャンスがあったが、「逃げたら首輪が爆発するからな」と乗る前に脅されていたため、一か八かに賭ける度胸もない私は大人しく座って風景を眺めていた。


絶望が頭を支配しているのに、目の前に広がる見慣れない景色はこの状況を一時忘れさせてくれる。

白い石壁と空のような青色の屋根で統一された建物と、カラフルなパステルカラーの石畳で飾られた地面。

街の広場には噴水や石造物が飾られ、香ばしい香りがする出店も並んでいる。


そこを歩く人々にはとりわけ意識が向いた。

人種はやはり様々で肌の色や顔立ちに統一性はないが、服装はみな似ていて、女性は足首が隠れるほどの丈のシンプルなデザインのドレス、男性はズボンと襟付きシャツだ。

色はベージュ、グレー、茶色などの落ち着いた色が多く、柄もない。

街並みの美しさを邪魔しない服装ではあると思うが、なんだか質素な印象だった。


時々急に止まっては鞭を打たれるロバを気の毒に思っているうちに、人気が減り始めた。

建物の間隔もあき、そのうち長閑な平地が広がり、馬車は一本道を進んでいく。

平地の向こうには長い塀が続いていて、私はそれを絶望的な気持ちで眺めていた。


馬車に乗ってから体感でおよそ一時間。

古びた要塞のような建物が一本道の先に見えてきた。高さはあまりないが、横に長く広がっている建物だ。

あれがきっと西の牢獄なのだろう。

石を積み上げて作られているのが牢獄っぽい感じがあるし、警備にあたる騎士も何十人もいる。

先ほどまで天気が良かったのに、急に雨が降り出しそうな灰色の雲が空を覆い始め、どんどんと近づく建物をより一層不気味に演出させている。


「ついたぞ。降りろ」


建物に入る門の周辺には騎士が数名ほど間隔をあけて立っていて、馬車を降りて歩く私をしげしげと見てきた。

背中を押されるようにして中へ入ると、所々に設けてあるランタンの僅かな照明が室内を照らしている。

しかしなんとも心許なくさせる薄暗さだ。

学校の教室ほどの大きさの部屋の奥の壁には重そうな鉄製のドアが三つ並び、二名の騎士がその両端にある古びた木製の椅子に怠そうにして座っていた。


「ピンいるか?新入り連れて来たんだけど」


私の隣にいる騎士が警備の騎士に尋ねると、彼は面倒臭そうに首の後ろをかきながら扉の方へ顔を向けた。


「おいピーン!新入りだとよー!」


男が叫ぶと、ひび割れが走る石壁にその大声が反響した。

無駄にでかい声なので振動で建物が崩れてしまうんじゃないかと心配になる。


すると、スキンヘッドの男が右端のドアを開けて出てきた。

茶色いタンクトップに黒いズボン。腰には鞘に収まった短剣といくつもの鍵をぶら下げている。

武道なら誰にも負けないぜと言わなくても察するくらい、体中にもっこりした筋肉を付けた大男だ。

顔も獣や人をそれなりに殺してきたような物騒さがある。


「なんだ。やっと連れてきたか」


おまけに声がやたらと低く怖いときた。

正面までやって来たピンという男は、私の頭からつま先まで不服そうな目で睨んでくる。


「なんだよ、動きが鈍そうな男じゃねーか」

「役に立たなかったら勝手に処分してくれ」

「今すぐにでも処分したくなるな、この怠けた顔」

「気持ちはわかるが奴隷もそんなにいるわけじゃないんだぜ?」

「まあいい。新しいのが来るまでこいつで我慢してやる」


私の頭上で無慈悲な会話をされ怖気づくが、逃げても殺され、何か発言しても殺されるのだから、ただ体を震わせながらも様子を見守ることしかできない。


「じゃあ、俺たちは行くな」


私は一人が脇に抱えている私のリュックを見やった。

そこにはスマホとお菓子が入っているから返してほしく堪らないのだが、全くもってそのつもりはないらしい。

返してくださいと声をかける勇気もない私は、騎士の男と私のリュックが去って行くのを黙って見ることしかできなかった。


「一番向こうのドアは地下牢、真ん中は一階と二階に続く。覚えとけよ」

「は、はい」


いきなり説明をしてきたピンに反射的に返事をすると、「ついて来い」と言われ、大人しくでかい背中の後ろを歩く。


ピンが出てきた右端のドアを抜けた先は意外にも住み心地が良さそうな空間になっていた。

柔らかそうで広さも十分なシングルベッドに、パンや果物、飲み物が入ったボトルが並んだテーブル。数冊の本や木箱、重そうな謎の器具などが置かれた棚。床には深緑のカーペットが敷き詰められていた。

ここはまさか、私の部屋なのだろうか。

悪くない。悪くないぞ。


「ここは俺の部屋だ」


ピンの低い声に淡い期待の芽を潰された私は、舌打ちしたいのを必死に我慢した。


「来い」


最終的に連れていかれたのはその部屋にある階段を上った所だった。

学校の教室を半分にしたくらいの大きさの部屋には、二段ベッドと脚の短いテーブルが一つ置いてあった。

ピンの部屋の家具とは違い、どれも何十年も使い込んだような古さと汚れがあり、おまけに部屋は全体的にカビ臭い。


「おい、よく聞け」


ピンは部屋の隅々を見ていた私の肩を掴み、無理やり自分の方へ向かせた。

青色の瞳は海のように綺麗なのに、その他の形相が恐ろしすぎてまるで地獄の番人のようだ。


「俺はここ、西の牢獄の管理人だ。そしてお前は俺の専属奴隷。いいか、俺の命令は絶対だ」


有無を言わせない圧を全身にビシバシ感じた私は、コクコクと頷いた。


「それからここはお前が寝泊まりする部屋だ。夜になれば3392番が戻るから、あとのことは全部そいつに聞け」


吐きそうな緊張感からか、早速何番の人が戻って来るのか忘れてしまった。

たがもう一回訊いただけで首の骨をへし折られそうなので決して訊くまい。


「で、何番だ?」


そう呟くやピンはいきなり私の右手を掴み、手の甲を確認してきた。


「…おい、数字がねーじゃねーか」

「あ、こ、こっちに」


先ほどのスタンプの話をしているんだとすぐに察した私は慌てて左手を差し出す。

「なんでこっちなんだよ」と怪訝そうに眉を歪めるピンに、鶏肉の油がついてたのでうんたらかんたらと説明するべきか迷ったが、『鶏肉食ってんじゃねーよ』とか理不尽に怒鳴られそうなので黙っておく。

 

「4444番か。覚えやすくていいじゃねーか」

「はぁ…」

「じゃあ4444番。これからよく働けよ。もし逆らったり逃げようとすれば、すぐその首輪の爆発装置を稼働してお前を殺す。使えないと判断しても殺すからな。わかったな」

「は、はい」


意味不明過ぎるし、不服過ぎる。異議を唱えたいし、弁護士呼んでほしい!


でも、今はそう答えるしかなかった。

何がなんだかわからない状況だけど、歯向かえば私の命は簡単に消えてしまうことだけはわかるからだ。





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