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2、奴隷としての配属先

 


 異世界だとか奴隷になる為に召喚したとか、魔術とか。

 非現実的な言葉で益々私の頭は混乱したけれど、深く考え込む余裕はなかった。

 騎士姿の男らが一人一人に聴取を始めてきたのだ。


 私の前にも二組の男が来た。

 一人は弓矢を私に向けて引き、もう一人はいろいろな項目が書いてある一枚の紙と鉛筆を持っている。


「答えろ。歳はなんだ?」

「あ、え、えと、二十二歳、です」


 恐怖のせいで小さい声を出してしまうと、「はっきり答えろ!」と怒鳴られた。


「に、二十二歳ですっ」


 すると男は持っていた紙に何かを記入した。私の年齢を書いているのだろうかと思いながら見ていると「二十二歳、男っと」と聞こえたので思わず口を開いた。


「女です!」

「おい勝手にしゃべるな!」

「す、すみませんっ」

「それに嘘もつくな!男だろ!」

「えっ!?」


 いや、嘘じゃない。

 こんな状況で性別を偽って何になる。

 だいたいどこをどう見ても女に見えるだろ!

 そう思って自分の姿を見下ろすと、あー…、うん…、男に見えなくもないね…と我ながら思った。


 元々胸の小さい私は太っても胸は小さいまま。

 胸とお尻以外にばかりに脂肪が付き、女らしい凹凸がなかったのだ。

 おまけに顔は丸く肌荒れもしていて、鎖骨くらいの長さの髪はボサボサ。

 服装はベージュのゆったりパンツと黒いパーカー、そして使い古したスニーカー。

 眉毛に凛々しさもあるせいか、幼少期からよく男の子に間違われていたっけ。

 …じゃあもう、男でいいや。

 反論して苛つかせて殺されても困る。

 急に諦めの心境になった私はコクリと頷いた。


「で、お前の特技はなんだ。元の世界では何を仕事にしていた。答えろ」

「あー…、それは、ですね…」


 と言ったきり、続く言葉がなかった。


 私は自称プロのニートだ。

 ニートとは働かない者を指す言葉である。

 親の金を使って生活してた、なんて正直に言って大丈夫なのだろうか。いや、まずい気がする。

 ならば特技は。特技は何かあったかな…。


 すると周りにいた乗客の声が聞こえてきた。

 顔を向けるとそれは唐揚げ仲間だった。


「僕は医者です。外科医になってまだ一年目ですけど、知識はちゃんとあります」


 医者だったのか…。

 同じタイミングで唐揚げを購入しただけで仲間意識を持っていたが、同じカテゴリーの人間じゃなかったのか…。

 軽いショックを受けていると、他にも声が聞こえてくる。


「私はエステティシャンです。美容について勉強しました」

「俺は普通の会社員で主に経理を担当してました。計算とか、あとは整理整頓なんかが得意です」


 みんな立派じゃないか…。

 そうしてそれを聞いた騎士姿の男らは「そうか。じゃあ城での業務に役立つな」と満足げに紙に記入している。


 奴隷とか意味不明だし、この状況から抜け出したい気持ちしかないけど、もし本当にこのまま奴隷になるなら、私もあの綺麗な城の中で働きたいものだ。

 何か、城で役立ちそうなスキルはないだろうか。

 ゲームをする時以外頭を使わない私が、脳細胞を叩き起こして考えてみるが、どう考えても特技がない。

 究極にだらけることは特技になるだろうか。


「おい、なんで答えない!はやく言え!」

「はっ、あっ、えっと、私は、仕事はしていなかったんですけど、あの、でも、ゲームが得意で」

「ゲーム?ああ…、異世界者の世界にある娯楽物か。そんなものこの国には存在しないから役には立たん。他にないのか」

「えっと…」


 言葉に窮していると、弓を持っている男が唐突に笑った。


「こいつ、働かないでご飯ばっか食べてたんだな。なまくら者の体をしている」

「ははは、確かにそうだな。おまけに特技もないらしい。使えないな」

「ホントだな。どーする?使えないなら殺しとくか?」

「そ、そんなっ」


 なんて非道な奴らだ。

 確かにだらける以外の特技はないけど、だからって簡単に殺すのは人としてどうなんだ。ていうか、嫌だ!死にたくない!

 目にジュワッと涙が浮かび、殺さないでくれの眼差しで見上げると、しばらく考えた様子だった男が口を開いた。


「こいつはあれだな。西の牢獄に送るか」

「おう、それがいいな。ピンも人手不足だって言ってたしな」


 意地わるく笑う男らを見上げながら、とりあえず殺されないんだと安堵はしたが、牢獄という言葉が不穏過ぎる。

 そこで私は何をさせられるんだ。これからどうなるんだ。


 いろんな不安に押し潰されそうになりながら丸い両手を揉んでいると、紙に記入をしていた男に「右手を出せ」と言われた。

 黙って差し出すと手首を掴まれ強引に引かれた。

 指が食い込んで痛いが、『痛いわ!放せ!』とか言ったら絶対殺されるから、代わりに歯を食いしばる。


 男は私の右手の甲に何かを押し付けた。真っ黒いそれは横長のハンコみたいな形のもので、赤い石が側面にはめ込まれていた。

 グッと押されてからそれは離されたが、手の甲には何もついていない。これには騎士姿の男たちが首をひねる。


「なんで刻まれないんだ?」

「おい…、こいつ手の甲に油塗ってないか?」

「はあ?おい、お前油塗ったのか?」

「えっ、いや、油なんて…」


 塗っているわけがない、と答えようとして記憶が戻った。

 そういえば、バスの中で唐揚げを食べて油まみれになった唇をこの手の甲で拭ったな。


「あの…。はい、油で揚げた鳥肉を、その、食べてる時に、こう…」


 拭う仕草をすれば、呆れて物も言えないと言いたげな目を向けられた。私もなぜか、はずかしい気分にさせられる。


「じゃあいいわ、もう左手にする。ほら出せ」


 おずおずと左手を差し出すと、男はそのハンコのような物を手の甲に押し付けた。

 今度はそれが離れた時に、黒色の文字が手の甲についていた。

 数字の『4』が四つ、横並びで続いている。


「これはなんですか…?」

「お前の奴隷番号だ。これからはこの数字でお前は呼ばれる」


 なんてことだ。本当に奴隷になってしまったのか。

 しかも数字が4444って不吉過ぎる。さい先不安しか感じない。なんかもう詰んだ感しかない。


「ちなみに何しても消えないからな」

「えっ」


 スタンプみたいにポンと押しただけなのに、何をしても消えない?

 そんなわけないだろう。

 試しに擦ってみようと思ったが男に腕を引かれてしまった。


「立て」


 重い体をグッと持ち上げ立ち上がると、それだけなのに疲れを感じて長い息が出る。

 ふぅ、と息を吐き出していると黒い首輪を首にかけられた。

 指が三本入るだけの隙間もあり重くはないのだが、一体これはなんだ。


 困惑していると「触ってると爆発するぞ」と言われたので慌てて手を引っ込めた。

 そんな物騒な物をなぜ首につけたと問いただしたかったが、弓矢を向けられたので直ちに口を閉じる。


「4444番。お前を早速西の牢獄に送る。そこでの仕事内容は管理人のピンに聞け。わかったな。それからお前の荷物は没収する」

「…はい」


 そう答えなければ、私の胸はその鋭い矢で射抜かれてしまうのだろう。


 持っていたリュックを奪われた私は、二人の男に前後を挟まれ歩かされた。

 他の乗客達は全員城の方へ向かうというのに、私だけ反対方向に向かっている。

 みんな、ちゃんと働いていて、役に立つスキルがあったんだ…。

 私はどんなに頭を捻ってもなかったのに。


 妙な劣等感と、不安感を抱きながら顔を伏せて歩いていると、前を歩いていた男が急に立ち止まった。

 お陰でその背中に頭をぶつけてしまうし、私もそれなりに痛かったのに「いってーなぁ!」と文句まで言われる。


「お前、その髪邪魔だよな」

「え…?」


 言葉の真意を聞く間もなく、男は私の後ろにいる別の男にアイコンタクトを取った。

 すると突然髪が後ろでまとめられ後方に引っ張られ、ザクッという音のあと解放された。

 唖然としながら振り向くと、両手に短刀と黒い髪の束を持つ男と目が合った。

 その髪はどこから…と思いながら妙に軽くなった自分の後頭部を触ると、あるべき長さの髪が消えていた。なんだこの短髪。


「お前のこの艶を失った髪も手入れすれば使える」

「え…」

「これはカツラにして貴族に高く売る」

「…カツラ」

「行くぞ」


 そうして男らは再び歩き出した。

 放心してたら背中を押された。危うく転びそうになりながら、私も男に続いて大人しく歩き出す。


 別に髪を大事にしてたわけでもないし、なんなら定期的に図工用ハサミで切ってたくらい自分の髪をぞんざいに扱っていたから、失って悲しいとかショックとか、女の命が…とか、そんなことは思わないけど。


 私の意見を聞かないで勝手に切られたことに、人間として尊厳が奪われたような、そんな気分だった。

 家族に新潟に送る荷物を勝手にまとめられた時以上に嫌な気分だ。


 あの時はお祖父ちゃんお祖母ちゃんの世話になるからいいや、と呑気な気分で成り行きに任せていたけど、今は違う。

 呑気でなんかいられない。

 心臓が痛いほど脈を打っていて吐き気もする。

 私はこれからどうなるのだろう。

 それに、私のあの髪は誰のカツラになるのだろうか。


 不安は大きいというのに、現実から目をそらしたいからなのか、カツラのことばかり考えてしまう。

 知らない地面を、傾き始めた太陽の方向を歩きながら、私は中世風貴族の恰好をした小太りのおっさんが私の髪で作られたカツラを被って満足げに赤ワインを飲む姿を想像していた。






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