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1、高速バスまるごと一台、召喚

 


 実家を追い出された。

 いい加減、一日中部屋に引きこもりネットゲームや動画配信視聴に明け暮れる不健康不衛生不摂生の女の面倒は見切れないと、いくら実の娘でも無理だと、両親が兄と姉にまで協力要請をかけ、家族総出で私を追い出すことを決めたのだ。


 といってもただ家から追い出したわけじゃない。

 どうせ生活力のない私には最初から一人暮らしは無理だろうと思ったようで、新潟の田舎にいる祖父母の家に私を転送することにしたのだ。

 年金暮らしの祖父母の面倒を見ながら社会復帰に向けて心と体のリハビリができたら…、という魂胆らしい。


 私が大事にしているゲーム機やその他諸々の荷物は全て家族により段ボールに詰められ、新潟に送られた。人権の尊重などそこにはなかった。私をなんとしてでも追い出し、更生させようとしている必死さだけが伝わった。


 だが甘い。甘いぞ家族どもめ。

 私がそんな簡単に心を入れ替えると思うか。

 私は祖父母の家でも一日中引きこもってネット三昧生活に明け暮れるし、あわよくば年金を横取りして漫画や菓子をたらふく買ってやる。

 だいたい面倒をみるも何も、祖父母は週三でジムに通うほどピンピンしてるんだから、私が面倒を見るよりも私が面倒を見てもらう方がむしろ自然だ。  

 ふははははは。詰めが甘いな家族ども。

 六年ものの引きこもりニートを舐めるなよ。


 小さめのリュックサックにスナック菓子とスマホを入れただけの身軽な状態で新潟行きの高速バスに乗り込んだ私は、やがて窓の向こうに現れた新緑の山々を眺めながら私を追い出した家族を呪ってやろうと呟いていた。


「下痢になれ。下痢になれ。三日くらい下痢になれ」


 しかしどういうわけか自分のお腹が怪しい音を鳴らした時、バスはトンネルに入った。

 窓に広がっていた緑いっぱいの山の景色は、朝起きてから顔も洗わず髪も整えず服だけ着替えた私を代わりに映す。

 長い引きこもり生活のお陰か自分の容姿や肌荒れを気にしなくなったが、こんな風に唐突に見せつけられると流石に萎えるものだ。

 こないだ鏡を見た時より顔の丸みやニキビが増した気がする。


「はあ…。唐揚げ食べよ…」


 隣の座席に置いていたビニール袋から、先ほどサービスエリアで購入した唐揚げを取り出す。

 すると斜め前に座っている人も唐揚げを頬張っているのに気づいた。

 あの人はお店のカウンター前に行くのがほぼ同時で、私が「お先どうぞ」と順番を譲ってあげた人だ。唐揚げ仲間は席が近かったのか。

 咀嚼運動をしている顎を見ながら私も唐揚げを頂く。

 ああ美味しい。

 ああ素晴らしい。

 揚げ物最高。

 油しか勝たん。


 自分の手の甲で唇に付いた油を拭い取った時だった。


「な、なんだ!?」


 急に誰かが声を上げたかと思えば、トンネルのオレンジ色の照明が突然消えた。

 バスの照明も同時に消えたため視覚が働かない程暗く、なんだなんだと他の乗客達がざわつく。

 私も残りの唐揚げを一気に口に詰め込み、ビニール袋をクシャクシャに丸めながら窓に顔を寄せて外の様子を確かめる。


 しかし黒以外何も見えなかった。

 もはやバスが走行してるのか止まってるのかすらわからなくて、口に入っている唐揚げの味を感じないくらいには流石に焦った。


「おい、なんだよこれは!」


 前の方で誰かが叫んだ。


「わ、わかりません!」


 震えた声で答えたのは恐らく運転手だ。

 ただ事じゃない。

 何かヤバいことが起きている。

 鳥肌が背中を走る中、味のしない唐揚げを飲み込んだその刹那、今度は車体が大きく左右に揺れた。

 複数の悲鳴が飛んだが、私は悲鳴を出す余裕がなかった。

 ぽっちゃりした腹への負担が大きい、という理由でシートベルトをしていなかった私の体は、その強い揺れに抵抗できず二人分の座席の上を転がる。

 なんとか掴んだ肘置きに必死にしがみつきながら、目をぎゅっと瞑り奥歯を噛みしめ、死ぬかもしれない恐怖に襲われ唐揚げを吐き出す。


 私は死ぬんだ。

 ああもう。なんてつまらない人生だったんだ。

 こんなことなら全国の美味しい唐揚げを親の金でたくさん取り寄せてもっと食べればよかった。


 明太マヨネーズをたっぷりつけた唐揚げ。

 甘辛ソースの唐揚げ…。

 柚胡椒…。

 さっぱりレモン…。

 いろんな味の唐揚げを走馬灯のように頭に浮かばせていれば、揺れがピタリと止んだ。

 目を開けてみると窓からの日差しで視覚も働く。


 他の乗客と同じように不安げに体を起こしていると、誰かがまた叫んだ。


「な、なんだこれは!?」


 今度は一体なんだ。

 いい加減心臓に悪いからびっくり展開やめてほしい。

 そう思いながらも情報が欲しいと窓の向こうへ目を向けると、見えた景色はわけがわからなさすぎた。


 広がるは学校のグラウンドのような平地。

 そこに白いパンツに皮ブーツ、青い上着というお揃いの服を着た人が何十人もいたのだ。

 まるでヨーロッパの騎士のような風貌で人種も様々。それぞれが弓矢や剣、槍のような物騒なものを持っていて、いつでも攻撃できるようにバスを囲んでいる。


 乗客はみな言葉を失っていてバスの中は一時静寂としていたが、誰かが「なにこれ、撮影?」と笑うと、それにつられたように一気に笑いが起こり、手を叩く人までいた。

 もちろん全員がそんな楽観的な反応ではなかったし、不安そうにしている人もいれば、私のように呆然としている人もいる。


 しかし、乗客全員が一気に顔を青くする事態になった。

 騎士姿の男がバスの出入り口を大きな斧で破壊し無理矢理乗り込んできたのだ。


「な、な、なんですか!あなた達は!」


 普通なら腰が引ける場面だろうに、運転手は勇敢にもすぐに立ち上がり、乗り込んできた騎士姿の男に立ち向かう。

 しかしその次に乗り込んできた男が持っていた剣で胸を深く切られた。

 躊躇など全くない動きだった。

 飛び散る鮮血と崩れ落ちる体に悲鳴があがる。

 私を含めた乗客全員が悟った。

 ヤバい奴らだ。抵抗したらすぐに殺される。


 騎士姿の男達は槍や剣などを私達に向けて脅しながらバスから出るように指示した。

 といっても彼らの話す言葉は日本語ではなかったので何を言っているのかわからなかったが、前に座る乗客の腕を掴み無理矢理ひきずり降ろした様子からそうなのだろうと悟ったのだ。


 私は抵抗の意志は御座いませんとばかりに両腕を上げながらそそくさとバスを降りた。

 逃亡の隙はないかと周囲を見渡したが、四方八方を騎士姿の男らに塞がれている。

 だいたい体重も重く運動不足の私は、逃げようとしたところであっさり捕まって殺されるのがオチだろう。


 私達はバスの横に集められ地面に座らされた。

 乗客は見た所十五名程。ずっと鋭い刃物を向けられているので声を出す者は一人もいない。ただ全員が恐怖で体を震わせていた。


 これはテロリスト集団だろうか。

 このまま殺されるのだろうか。

 春になったばかりの涼しい天候だったはずなのに、まるで真夏のような蒸し暑さと、殺されるかもしれない恐怖で汗が額やこめかみを伝う。


 乾いた唾を何度も飲み込みながら眼球だけを動かして周囲を見渡してみると、先ほどは騎士姿の男達にばかり意識が向いて気づかなかったが、塀で囲まれた学校のグラウンド程度の大きさの平地の向こうには、白い壁に青い屋根の大きな城があった。

 まるでおとぎ話に出てくるような洋城だ。

 こんなもの私は知らない。

 引きこもっている間にどこかの金持ちか日本政府、それとも闇の組織が建てたのだろうか。


 それにしても立派な城だなぁ…と状況を忘れ見入ってしまっていると、正面を囲っていた騎士姿の男たちが左右に分かれた。

 意識をそこへ向けると、真っ白いローブに身を包んだ男と黒髪をオールバックにし、首から下を黒い鎧で装備した男がこちらに向かって歩いてきている。

 二人とも三十代くらいの見た目で、日本人には見えない。


 黒い方の男性は顔立ちが整っていて体格もいいので、こういう状況じゃなければ見入っていたと思うが、私の意識は白いローブの男に集中する。

 彼はげっそりとやせ細っていて顔色がかなり悪いのだ。

 呼吸は荒れ、体は震え、大量の汗まで流し、今にも倒れそう。


 二人が私達乗客の前で立ち止まると、白いローブを着た人が息を荒げながら何かを言った。

 しかし日本語でもなければ英語でもなかったので、何を言ったのかさっぱりわからない。

 それはどの乗客も同じだったようで、みんな困惑と不安、恐怖の色だけを顔に浮かべている。


 する白いローブの男は突然両手を空に掲げ、険しい顔で謎の言語を力強く叫んだ。

 神に体調不良について助けを乞うているのか、怒ってるのかなんなのか、よくわからないが、数秒もしないうちに彼の両手からピンク色の光が発光し、それはまるで薄い布のように私達乗客を包もうとしている。


「毒ガスか!?」誰かが叫んだ。


 立ち上がって逃げ出そうとした人もいたけど、矢がどこからともなく飛んできて地面に刺さるので、大人しくそのピンクの気体が漂う場所にいるしかなかった。

 するとそのうち頭が痛くなってきた。

 なんてことだ。ピンク色の発行物質は本当に毒ガスだったんだ。本当に殺す気なんだ。


 死ぬんだと思うとまた唐揚げが走馬灯のように浮かび始める。

 乗客全員が痛みに呻き始めたが、それは数秒程度でおさまった。

 ピンク色の気体も頭の痛みもスーッと消え、呆然としていると白いローブを着た男が意識を失い、その場に倒れ込んだ。


「これで言葉がわかるだろう!」


 黒い鎧の男が声を張り上げると、私達は驚愕した。

 言葉がわかるのだ。

 全く日本語の響きではなかったし、違う言語だとわかるのに、それでもあの男が何を言ったのかまるで母国語のように理解できたのだ。

 それこそまるで魔法のように。

 何が起こっているんだと呆然としている間に、白いローブの男は騎士数名に担がれどこかへ運ばれて行った。


「魔術師エルガーにより我らの言葉を話し理解することができるようになった。だがしかし、我々の許可があるまでは発言は禁ずる!勝手に声を出した者には矢がその胸を貫くだろう!」


 私達を取り囲む騎士姿の男らが、まるで一人一人の胸を狙うように武器を構える。

「ヒィッ」と小さな悲鳴が私の後ろの方から聞こえた。


「諸君よ」


 黒い鎧の男は足を一歩踏み出した。

 目力がやけに強く、その琥珀色に光る瞳と目が合えば、萎縮してしまうような圧がある。


「ここグランベール国は君たちにとっては異世界だ。君らは我が国の奴隷となる為に召喚された」

「な、なに意味がわかんねぇこと言ってんだよ、これはなんだ!」


 乗客の中から誰かが叫んだ。

 もうこらっ、発言したら殺されちゃうよ!と心の中で注意したその刹那、一つの矢が私の顔スレスレを掠めた。

 後ろで「うっ」という呻き声と体が倒れるような音がした。

 発言者が胸を射抜かれたんだとすぐに察して全身が凍り付く。声を出したら本当に殺されてしまうんだ。


 黒い鎧の男は何事もなかったかのように言葉を続ける。


「君たちの奴隷としての配属先は、それぞれの特技によって振り分ける。これより、係りの者の指示に従い発言、または行動したまえ。わかってはいると思うが、逃亡を図ったり反抗的な態度を取った者には死を与える故、よく考えて行動することだな」


 皆、言いたいことは山ほどあるはずだ。

 それでも一人として声を出す者はいなかった。

 黒い鎧の男は一度、私達乗客の一人一人の顔を確認するように見渡し、「あとは頼んだ」と一人の騎士に伝えた。

 そうしてその男は背を返して歩き去って行った。






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