先生を殺しにこい
朝、学生の朝は早い。
8時10分に寮の部屋を出て学校に向かう。
寮から教室までは約10分。
昨日の感覚で歩けば十分間に合うだろう。
「おはよう、近衛君」
「ああ、おはよう御影」
「昨日はちゃんと眠れた?」
「もちろん。
部屋のベットが思ってたよりも良くてな。
そりゃあもうぐっすり」
「まあこの学校、上流階級出身の生徒も多いらしいしね。
割と高級なもの用意してくれてるんじゃない?」
「なるほどな。
まあ階級の高い軍人の身分だし、当たり前といえば当たり前か」
適当な話をして時間をつぶしていると小泉先生が入ってきた。
「お前ら席につけ、朝礼を始める」
全員が席に着くと先生の号令で挨拶をし、出席を取り始めた。
出席を取り終えると軽く連絡事項を伝えられると今日の朝礼が終わった。
一時間目から体育の時間割になっているため、その配慮なんだろう。
「では朝礼を終わる。一時間目のチャイムが鳴るまでには体育棟に移動するように」
黒のインナーを着、フードの付いている訓練着に袖を通す。
この訓練着は【言霊】と戦うことを想定されているため頑丈にできていると聞いている。
だけどやけに軽いな。
動きやすさを追求した現代技術のたまものなんだろう。
現代の技術ってすごいな。
「皆集まったようだな」
集合場所につくとすでに小泉先生が待っていた。
個々の教師は担当科目の他に、自分の受け持つ部隊の体育も合わせて担当することになっている。
だからこうしてまた顔を合わせている。
「今日は重大な発表がある。
今週末、お前たちには言霊【大】を討伐してもらう。
毎年この時期の一年生は討伐をしている。
それが今年もあるというだけだ」
討伐試験…早速来てくれたか…!!
成績点を稼ぐいい機会だ。
楽しみだな。
「先生、【大】はどういった言霊なんですか?」
「それは伝えることができない決まりだ。
お前らが卒業後現場に立つときには事前に情報があるやつの方が少ない。
実際に戦いながら弱点を見つけるのも実力うち。
私たちはそういうのも含めて力を養ってもらう育成方針なんだ」
質問をした伊吹はがっくりと肩を落としている。
伊吹、俺たちが欲しかった答えとは違った返答だったが、これがルールなのだから仕方ない。
割り切ろう。
「もう質問はなさそうだな。
今後の予定だが、今日は体力テスト、明日からは戦闘技の授業に移るつもりだ。
今週末の討伐のためにも真剣に取り組むように」
先生の言葉を聞き、皆まずは体力テストに臨む。
走力のテストから筋力のテスト、飛びやバランスのテスト数多くの項目をこなさなければいけない。
しかもこれが2セットもある。
能力アリと能力ナシで二回分。
はっきり言って地獄だ。
「うはぁ、つかれたー」
5km走を走り終えた伊吹が倒れこみながらこちらにやってきた。
「おつかれ、はい水」
「ありがとう」
渡されたボトルを取るなり、残りの水をゴクゴクと勢いよく飲み干す。
「まじできついなテスト」
「そうだな。
伊吹の【現】は常時使えるわけじゃないもんな」
能力のクールタイムが5分あると伊吹は昨日みんなに教えてくれていた。
「いやクールタイムとかの話じゃなくて、なんでそもそも二回もやるんだよー。
身体能力を上げる能力持ち以外二回目なんて必要ねえよな。
だって結果変わんねえんだぜ?」
「あはは、確かに」
少し全うにも見えるその愚痴が面白い。
だから空気を壊さないためにも適当に流しておこう。
実際はこの意見は間違っている。
例えばの話だが伊吹の場合、今回の5km走では、【現】で靴をローラースケートにでも変えれば幾分かマシだったはずだ。
鬼島や雨宮みたいな身体強化系以外でも発想を転換できれば応用が利く。
学校側が二回も行っている理由はその応用力を見ているからだろう。
「それにしても近衛、スコア高いな」
「体は少し鍛えている」
「パッと見全然そう見えないけどな。
もしかして俺らに黙って能力でも使ってんのか?」
にやけた顔で言ってくる。
とはいうのもの、スコアが出てる以上信じてる様子だ。
「そんなわけないだろ」
「だよなー、まあ明日の戦闘技の授業も頑張ろうぜ」
「ああ」
体力テスト総合スコア(能力ナシと能力アリの合算)
1位鬼島翔【鬼】500点
2位近衛絢人【体】380点
3位雨宮咲【蝶】360点
4位湯浅瑞希【槍】290点
5位伊吹良太【現】260点
6位御影伽音[欲】250点
7位黒崎ゆり【私】30点
そして迎えた戦闘技実習初日。
「今日の戦闘技の授業内容だが簡単だ。
私を本気で殺しに来い」
そういうと先生は手の持ったボタンを押した。
「うお」
すると、体育棟の床が揺れ、土の荒れ地が出現した。
戸惑いから、集団がざわつく。
「お前たち早く武器を取れ。
授業はもう始まっている」
先生は武器の入った部屋を指差しながら言った。
部屋の中には本当に何でもあった。
剣やナイフ、手榴弾などオーソドックスなものから、斧や鎖鎌、超小型爆弾までマニアックなものもそろっている。
皆、部屋の中に集まり、続々と好きなものを取っていく。
俺はナイフにしよう。
そう思いナイフに手を伸ばすと、同じものを狙っていた手とぶつかる。
「「あ」」
かぶっていた相手は黒崎だったらしい。偶然だが声もかぶった。
「俺、これ二本目だしどうぞ」
「いいよいいよ。
二本使ったほうが戦いやすいんでしょ?」
「まあそうだけど」
「じゃあ譲るね」
そういうと黒崎は何も取らず、箱から離れていった。
あの能力で戦えるのか?
疑問ではあるが、離れていったことだし多分大丈夫なんだろう。
「へー、ナイフが好きなのね。
刀とかの方が強そうだけど、そっち派なんだ」
刀を持った御影が話しかけてきた。
「まあこの中だと一番好きだな。
降ったこともない刀を振るぐらいなら、手になじむナイフの方がいいと思うし」
「手になじむってすごいわね」
「よく自炊してたからな」
「あっなるほど」
腑に落ちたようでそれ以上の詮索はしてこなかった。
まあ続きが気になったとしても今はもう聞くべきタイミングじゃないし、当たり前といえば当たり前か。
御影と黒崎はなんか余裕そうだったな。
一本を手に握り、もう一本をナイフホルダーに入れ、ふとももに取り付ける。
必要な道具を取り、箱から離れるとだんだん緊張感が増していく。
着実に戦場へと向かっているという実感が程よい刺激になってるんだろう。
もう俺たちは武器を手に取り戦場に立ったんだ。
目の前の敵に集中しよう。
「先生、本当に殺しに行ってもいいんですか?」
普段はおとなしい鬼島が先生に質問する。
「もちろんだ。
【癒】を持つ教員を体育棟の外に配置させているから安心しろ。
お前たちが瀕死になっても助けてくれるそうだ」
先生の安全を鬼島に対し、私には【癒】の教員は必要ない。【癒】の教員はあくまでお前たち用だと煽りで返してくる。
ビシビシと敵意を伝えてくる先生。
もう準備万端ということか。
剣を下段に構え、こちらの動きを先生は待っている。
【鬼】
鬼島は能力を使い、体を鬼の形に変化させた。
「先生、恨まないでくださいね」
一気に飛び、先生との距離を詰める。
そして右手に込めていた拳を腹めがけて打った。
しかし先生は刀で腕を抑え、拳の軌道をずらす。
鬼島は空振りとなりバランスを崩した。
先生はその隙を見逃さず、すかさず顎に膝蹴りを入れる。
これが決め手となり鬼島はそこでノックアウトとなってしまった。
「見かけだけか」
【鬼】を使い、体を大きくしていた鬼島を見てそう漏らした。
鬼島の方を向いて、俺たちを視界から外している。
隙ができた…!
【槍】
鬼島を見ていた先生の足元から一本の槍が飛び出す。
しかし先生は瞬時に避け、飛び出た槍を掴む。
不意打ちだったはずなのに、すさまじい反射神経だ。
「湯浅ぁ、甘いな」
能力を使った湯浅をギロリと睨む。
「ひっ」
それに怯えた湯浅は軽い悲鳴を上げる。
だがそんなものは戦場では無意味だった。
「ふん」
先生はつかんでいた湯浅の槍を片手でへし折る。
「湯浅。
お前の【槍】は一本しか出せないはずだ。
こうなることは考えなかったのか?
槍に対する意識が低すぎる」
無言でただ折られた槍を見る湯浅。
実際今のは【槍】を出した後、避けられるのを見たら【槍】をしまうべきだった。
そうすれば壊されず、再び奇襲に使えた。
「無言か…」
先生は右足で踏切り、湯浅の方へ距離を詰めた。
刀を振りかぶり、湯浅の胴を狙う。
「逃げろ!」
パンッ
その時手をたたき、伊吹が【現】を使って湯浅の【槍】を強制発動させた。
【槍】は湯浅の目の前に出現し、距離を詰めていた先生に刺さる。
「今だ」
槍が刺さり隙ができている先生に俺はナイフで切りかかった。
先生は膝を曲げ上半身を横に倒し、ナイフを避ける。
しかし剣先がはほほをかすめ、先生は一文字の傷がついた。
分が悪いと踏んだ先生は避けた後も大きく後ろに引き、追撃を許さない態勢に入る。
刺さった槍を抜き、再び槍を折る。
「やるじゃないか近衛。
槍に気を取られたとは言え警戒はしていた。
刃が届くとは思わなかったぞ」
本当は首を狙ったんだけどな…。
状況は好転したはずだったが、振り出しに戻った。
だがこちらは鬼島がダウン。
【槍】は折れ、【現】はクールタイムに入った。
さっき一瞬起こった戦闘は振り出しに戻ったものの、状況は悪くなっている。
だが、悲観するにはまだ早い。
壊れた【槍】が【現】によって復元することが分かった。
であれば、【現】のクールタイムが終われば再び【槍】を使うことができる。
だからもう一度【槍】の奇襲ができる状況を作れれば、湯浅は【槍】を使ってくれるはずだ。
そうと決まればやることは一つ。
「ほう、一人で来るか。良いだろう」
俺はナイフを持ち、先生のいる中央へと歩みを進めた。
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