第96話【倒れた二人】
いつものアリーナではない、地味な開始だ。
アリーナ特有の煽りもなければ歓声もない。
観客も声を出すわけでもなく、静かに見守っている。
人質と言われ、勝ち目が薄いこの戦闘後に殺されると知って尚、それでも二人に運命を預け、観客席の皆は見守っているのだ。
文明が滅びかけてから再興し、宗教が成熟していないこの時代にとってHEROやアリーナの選手は信仰にも似た尊敬を得ていた。
しかしそれだけで自分の大切な命などそう簡単に預けられるものではない。
ただ信じている。
セドを。
ヴェローチェを。
『よし、……よしっ!』
ファンとは面白いもので、HEROバトルで争っていたセドとヴェローチェの連携している姿を見れるとあって、もう自分の命運など頭にないかのよう。
初めてとは思えない二人の共闘ぶりに興奮し、声を出してしまっていた。
ナイトたちはヴェローチェだけを標的にして執拗に追い回していた。
セドにとってHEROバトルの経験はここで役立つ事になる。
ヴェローチェはナイトの速さに面食らい、得意の速技が出せずに壁際まで後退。
《右、タイミングでフレイムだ》
こんな時マサムネなら、と信じていた。
インカムからマサムネの声を聞くと、セドは思わず笑みがこぼれる。
指示に従って敵の視界から外れる右側から回り込み、ナイト二体がわずかに離れた瞬間を狙い──
「【フレイム!】」
──二体を分断。
「ヴェローチェ、個人戦は得意だろ?」
ヴェローチェのインカムに、セドの妙に弾んだ声が聞こえた。
「【クイック】」
返事の代わりに技で応え、ヴェローチェも一瞬だけセドを見て笑みがこぼれる。
そこからはさすがだった。
HEROバトルと同じ舞台、人数は違えど慣れたチーム戦だ。
明らかに格上のナイトに対して互角以上に渡り合えている。
──だが。
「ぐっ!?」
セドは段々削られていく。
速すぎる突き、蹴りを避け続けるのは至難の技だ。
セドが受け流したナイトの攻撃が、防護壁を破壊する度冷や汗が出る。
神経まで削られていくようだ。
「なん……だ?」
セドは猛攻を避けながらも、ナイトの腕に着いている奇妙な小さな光が気になった。
目を凝らしてようやく見える程の──。
「──小さな……火?」
攻防の最中でセドがその小さな光の正体を見破った時、ヴェローチェは指示を出した。
「二体を集めてくれ!」
準備が整ったと言わんばかりに、ヴェローチェはナイトから距離を取り、胸の前で両手を円にしてナイトへ向けた。
《既に終わってる》
マサムネも自信満々な声でセドたちに伝えた。
その一拍後、二体のナイトたちはお互いの攻撃に当たり横倒れに重なった。
《考えなしに動くだけなら予測は簡単だ》
マサムネ渾身のドヤ顔。
HEROバトルより容易いとでも言いたげな顔である。
モニターに映されたドヤ顔に観客席の皆は目を見合せ、マリンたちは幼なじみとして少し恥ずかしそうだった。
この一連の動きにアリーナからは大歓声。
ヴェローチェは満を持して技を放った。
「新技だ。──【熱殺蜂球】」
小さな火の玉がナイトたちを襲ったが、とても遅く、派手な技ではなかった。
しかし効果は抜群だ。
ナイトたちは火の玉を振り切ろうともがくも離れない。
それどころか火の玉はどんどん二体を包んでいく。
もがくナイトが完全に隠れ、直径四メートル程まで大きく膨れ上がった光。
中ではナイトが高温で焼かれているであろう事は想像に難くない。
ヴェローチェが技を解除すると、火の粉を散らすように光が飛散し、ナイトは無力なヘビの残骸に戻っていた。
この日一番の歓声に包まれながら、ヴェローチェはセドに言った。
「あれは換金すると高いのか?」
「フン」
セドはいつものように嫌味な感じではなく、ただ鼻で笑った。
「新技……か。HEROバトルの時にはあったのか?」
悔しそうに聞くセドに、ヴェローチェは少し呆れた。
この期に及んで超がつくほどの負けず嫌い。
「いや、なかったよ。あの時、君にパワーの差を思い知らされたからね。あの熱殺蜂球ならパワーは必要じゃない、だろう?」
「──天才め」
自分にはない技の精度、発想。
セドは素直にヴェローチェを認め、尊敬し、また実力差がついてしまった事を悔しがった。
「──その言葉は嫌いだな」
HEROバトルの時にセドが言った台詞を、ヴェローチェは意地悪そうな表情で言った。
まるでお返しだと言わんばかりに。
「……オレの真似か?」
「フフッ」
黒いナイトがゆっくりと二人に近づき、意外にも拍手を送ってきた。
「見事だ」
セドとヴェローチェが警戒して何も言わずにいると、ナイトは続けて言った。
「拍手がまずかったのか?作法が違うのか?まぁいい、パワー不足を連携で補うとは素晴らしい。まだ見せてくれ」
黒いナイトが言い終わる前に、残る白いナイトが四体ともセドたちに襲いかかった。
マリンとパンチは今にも飛び出そうとするが、マサムネとリッチが必死に止めている。
まだ観客席の皆は人質なのだ。
そんな人質たちはこの状況になっても大歓声だ。
声が枯れんばかりに応援している。
四体に増えたが、セドたちならなんとかしてくれるんじゃないか?
そんな一縷の望みを託して。
だがそんな淡い期待は、数分後に早くも崩れ去る。
数分後、もう誰も声など出していなかった。
まさに一方的。
地力が上回る四体相手に何をどうしても勝てるわけがなく、セドたちは文字通りボロボロになっている。
「ここまで何もできないと……さ、さすがに悔しい……な……」
ヴェローチェは悔しさを口にし、意識を失いその場に倒れた。
セドも何度も倒れたが、その度に諦めずに立ち上がった。
立っているのがやっとのセドの肩を、ナイトがそっと押した。
──ただそれだけ、それだけでセドは倒れてしまう。
『まだかよ……。ガービィはすぐ来るって言っただろ……』
人質たちはすがるようにガービィたちの到着を待ったが、内心ではわかっている。
ガービィたちも空を埋め尽くすような数のモンスターを相手に、街を守りながら必死になって戦っているのだ。
(手……動く……。足は……? ……無理だな。
皆んなは無事か……?)
『頑張れ!頑張れセド!』『頼むよ……負けないでくれ!』
アリーナの人質たちは倒れたセドを必死に応援している。
だが気を失ってもおかしくない程のダメージを負っているセドの耳には届いていない。
「ヴェ…ローチェ……」
アリーナのマイクがセドの声を拾い、それを聞いた人質たちは涙を溜めながら見守っている。
ボロボロになり、うつ伏せに倒れて表情がわからないヴェローチェの手の甲に、セドが腕を伸ばし、そっと撫でるように手を添えた。