第95話【人質の役目】
《──だ!オープンにしろ!》
《先生!もう映ってるはずですよ!》
突如としてアリーナの大型モニターに、ガービィとギースが言い争いながら慌ただしくモンスターを倒している姿が映し出された。
アリーナもほんの小さくだが画面の端に映っている。
映像からはHEROにとってそんなに遠い距離ではない事が窺い知れた。
《セド、踏ん張れよ!こっちを倒したらすぐにギースのチームと向かうからな!!》
現在のHEROにおける最高戦力、ガービィとギースのチームがここへ向かう。
ガービィたちがアリーナから近い事もあり、この知らせに歓声が沸いたが、それも一瞬で止まった。
無数のモンスターがガービィたちの眼前に映っていたのだ。
何故この最高戦力をぶつけているのか、理由は明白だった。
既に疲弊したHEROたちが映っているのも見てとれる。
まさに過酷、そう表すのに十分なほどの戦闘。
特にガービィとギースには次々とモンスターが襲いかかっている。
《絶対にアリーナには通すんじゃねぇ!》
ガービィの声に各HEROは呼応。
《俺様のアリーナだからな、ここは通さねぇぜ》
カメラ目線でウインクをして見せる相変わらずのヴィゴだが、やはり頼りになる男だ。
モンスターをものともしない。
アリーナに避難してきた人はファンが多い為、ヴィゴの活躍に一層沸いていた。
しかし、誰が見てもわかる。
ガービィはああ言ったが、とてもすぐには来れそうにない。
ここで映像が途切れ、皆はセドの名前を呼び応援を始めた。
「ナノヒューマン」
ナイトがそう呟くとセドはすぐさま反応。
「そんな造語……どこで覚えた?」
セドなりの時間稼ぎか、それとも疑問だらけの状況に答えが欲しかったのだろうか、対話を試みていた。
「可視化したホールに投降してきた人間だ」
ナイトは意外な事にすんなりと答えてくれた。
「何故ホールに投降した人間から……」
「知識が必要だからだ。我々の生体ではネットや外部へアクセスできない。マザーに全て奪われてしまった」
「……フン、そのわりにはガンを器用に使ってやがったな」
「これは作ったのだ。ホールに持ち込まれたものを模倣した。パワーを計測する単純な機能しかない」
「まさか知識を得る為にホールを可視化して人類に解放したのか……?」
「そうだ。我々は対話や自分で得た知識を共有させている。旧人類の生体認証は非常に厄介なものだ」
(対話……。だからこんな見え透いた時間稼ぎにも付き合ってやがるのか……?)
「──そんなに知識が必要なら、モンスターじゃなく人間に化ければいいだろう。わざわざホールに招かなくても潜り込めばいい」
「何故だ?旧人類は害虫を駆除する時、それに化ける必要があるのか?」
「そんな問題じゃあ──」
(何だ?変なプライドがあるな……)
「安心しろ。我々は旧人類へ変化する事ができない」
「できない?またマザーのせいか?」
「我々は騎士。人類を守る者だからだ」
(ナイト……騎士…か。ふざけるなよ……っ!!)
「お前らが人類だと……?自分達の事を、オレたちが進化した姿だと思ってるのか!?」
「進化ではない、我々が新人類だ」
「だからオレたちを滅ぼすのか……。単純な思考しやがって!オレが……止める!」
「自惚れるな。我々はお前たちの戦力など、既に上回っている。欲しいデータはライゼの息子、ヒーローだけだ」
「オレが許すと思うのか……!?」
「許しなど必要ではない。お前に現状を打破できる力はない。我々はただ待っているだけだ。ここの者たちを消す事に興味などない」
「脅威はヒーローだけって事か……。どいつもこいつも……」
「いや、お前にも興味は湧いている」
「フン……こんなに嬉しくないのは初めてだ」
「こちらからも問おう。セド、お前を消し去るだけのパワーは込めたつもりだが、そこに転がっている教員といい、何故生きている?」
「名前まで覚えやがって……。オレたちが普段からフルパワーで生活するわけねぇだろうが。街が壊れる、そんな事もわからないのか?」
「言ったはずだ。対話だけがインプットの機会だと。……なるほど、パワーの抑制が可能なのか」
(よし……大分息が整ったな)
「勉強になったか……?ここからがフルパワーだ……。ライゼさんを……よくも……っ!!」
冷静に話していたセドは激情を解き放ち、ナイトに両手を向けてフレイムを放とうとしていたその時──。
「待て、戦闘がしたいのか?」
「……何だと?まだグダグダと話をするのか!?」
「いや、戦闘データも欲しい。だがもう一人──」
ナイトはマサムネやパンチがいる防護壁に行き、手刀を目視できない速さで振った。
防護壁は簡単に割れ、その様子を見ていたセドは息を飲む。
HEROバトルで優勝したとは言えどまだ学生のセドと、あれから更にパワーをつけたであろうナイトでは、やはり力の差は歴然だった。
「この野郎!!」
考えなしにパンチが勢いよく飛び出そうとすると、それを止めるようにナイトは恐ろしい事を口にした。
「許可のない者が闘技場へ入れば、アリーナの観客たちが死ぬ事になる」
示し合わせたように白いナイトが闘技場の端に行き、円を描くように広がって観客席の目の前に移動している。
「──ぐっ!?」
パンチはマリンたちにも止められ、尻餅をつきながら何とか防護壁内に戻れたようだ。
「防護壁は意味を成さないと伝えたはずだ。どうせ全ての旧人類を滅ぼすのだ、ここにいるたかだか十数万人など興味はない。しかし人質くらいにはなるようだな」
ナイトはそう言ってヴェローチェを指した。
「お前だ、来い。HEROバトルの準優勝者だな」
「──光栄だな、ナイトに知られているなんて」
ヴェローチェは皮肉を言いながらセドがいる中央へ向かった。
「何故来た!?」
「君がいるからだ。それに、状況的に仕方がないさ」
ヴェローチェの返答に、セドは嬉しくも心配の方が勝っていた。
現状を打破する力がないと言ったナイトの言葉も刺さっている。
自分の力の無さが不甲斐なく感じ、その思いはすぐにヴェローチェに悟られる事になった。
「顔」
「……何だ?」
「顔に出ているぞ?また一人で何とかしようとしているな。少しは私を信頼しろ」
「フッ……」
セドがヴェローチェの言葉に頬を緩ます。
緊張は解けたものの、状況が変わったわけではない。
「HEROバトルは見事だった。同じくこちらも二人で相手をしよう」
黒いナイトは端へ行き、セドの方へ白いナイトが二体歩いて来る。
黒いナイトが言うには二体ではなく"二人"らしいが、セドは違う所が気になった。
「フン、ナイトが大人しく中継でも見てたのか?冗談だろ」
HEROバトルの事はホールに来た人間から情報を得たのかもしれない。
しかしセドは何故か体育座りをして中継を見ていたナイトを想像していた。
「人質、と言うからには役割を果たしてもらう。セド、ヴェローチェ両名が敗北した場合、ヒーローが来るまで人質を殺していく」
ナイトの一言でアリーナ全体に緊張感が走る。
向かい合った白いナイト二人とセドたちは、既にお互いから目を離さない。
「やれ」
ナイトの掛け声と同時にセドたちは距離を詰め、戦闘を開始した。