第93話【襲来】
ガービィたちが街の周囲を守るために飛び立つと、セドたちは避難先であるアリーナに向かった。
緊急時は能力での移動が許されている為、皆はドラゴンに変身したパンチの背に乗っている。
「セド!もっと燃やしてくれよ!」
ドラゴンになってもパンチの軽口は止まらないようだ。
しかしセドは既に必死でパワーを使っている。
「やってる!ヴェローチェも頼む!」
「何だって!?」
セドは飛行機のエンジンのように、後方へ炎を出して推進力に変え、先を急いだ。
風とジェットエンジンのようなあまりの轟音に、会話が聞き取れなかったヴェローチェはインカムを装着。
それを見て皆も次々とインカムを装着した。
「パンチ、私の新技をプレゼントしてあげる。──【解放】」
ローザがパンチの背に手を当てて【解放】を唱えると、パンチは一瞬驚いた表情を浮かべた。
明らかに筋力がアップし、目に見えて肥大している。
「何だこりゃ!?」
「新技って言ったでしょ。普段は体が壊れないように脳が制御してる部分を、一部分だけ解放してあげたの」
「脳……何それ怖い」
「催眠の一種よ。無理しすぎなければ反動は少ないはずだけど?」
「え……反動あるの!?」
「当たり前じゃない。普段だって無理すれば筋肉痛になるでしょ。勿論それよりは反動があるけどね」
「何で今!?」
「緊急だからいいじゃない」
「あ、そっか」
「──ほら、リッチ!」
ローザがリッチの名前を呼ぶと即座に反応。
自分が何をすべきかわかっていた。
「はい!【フェザー】!」
さすが元チームメイトといったところだ。阿吽の呼吸が出来上がっている。
パンチの体重が軽くなり、解放とジェットの効果も合わさってスピードは速くなって行く。
「ローザ、凄いじゃないか。是非アリーナで私と戦おうじゃ──」
「嫌だ!」
ヴェローチェの戦闘狂にはうんざりしているようで、ローザは瞬間的に拒否をした。
「ま、HEROバトルで最近編み出した新技があればバスカル学園になんて負けなかったでしょうね」
「フッ、相変わらず愉快だな」
「皮肉よ、相変わらずズレてるわね」
「アリーナに来ないのか?HEROもやっていないんだろう?」
「あれは名前を売る為に出場しただけよ。リッチの卒業を待ってHEROになるの。私のチームにはこのコが必要よ」
ローザがリッチの頭を撫でた。
リッチは下を向いて恥ずかしそうにしていたが、満面の笑みを浮かべている。
「この新技もマサムネがいないと完成しなかったわ。ねぇ、マサムネ?」
「えへへ、催眠に合う技を考えるのは楽しいですよ」
ローザは技の相談だなんだと毎日何か理由をつけてはマサムネと連絡を取り合っている。
マサムネは完全に骨抜きにされていた。
「ヘッヘー!軽すぎる!最速記録出すぜ!」
「バッ!尻尾を上げるな!」
パンチは調子に乗って尻尾を上げてしまい、セドに注意されるも時既に遅し。
「あぢ!あっつ!」
セドの放つ炎が尻尾に燃え広がっていた。
パンチは顔を右へ左へせわしなく動かして焦っている。
「マリン!頼む!」
「はいはい、【氷】」
マリンはセドに言われて仕方なく消火を始め、パンチは鎮火と同時にようやく安堵の表情になった。
一息ついたパンチの眼前には海が見え、目をキラキラと輝かせて大声で叫んだ。
「見ろ!海だぁーっ!!」
『『えっ』』
マサムネがナビゲーターだったのだが、ローザに見惚れ、マリンたちが消化作業を行っているうち、完全に方向を見失っていた。
喜んでいるのは目的地などすっかり忘れているパンチだけ。
その後、ドラゴンの背では醜い言い争いが繰り広げられ、一同はようやくアリーナ中央へ降り立ったのだが、ダダ様はこの間一言も喋らずに一人浮かない顔をしていた。
普段から観客席は透明な防護壁で守られ、安全な興行を行うアリーナだが、緊急時には避難場所にもなるとあって大勢の人が押し寄せている。
当然ながら別の避難場所がいくつもあるのだが、セカンドやアリーナで人気の選手が避難誘導をするので、ただでさえ多い収容人数の許容を超えて、ギルドより人が集まる避難場所になっていた。
「えーっと、どこだぁ?」
パンチは観客席で誘導しているはずの先生たちを探しているが、人ごみで中々見つからない。
「あれ!トム先生じゃない!?」
やっとマリンがトムを見つけたものの、そこに行くまでが大変だった。
「セド!」
トムがセドを見つけて安堵する。
生徒の無事を確認した喜びもあるが、戦力として頼もしく見えた事も関係しているだろう。
先生と言えどトムも不安の中にいた。
何故ならネットやSNSなどでは、ライゼの時と同様の状況に「ナイトが現れる」という噂で持ちきりだからだ。
「先生、ギース先生は?」
セドの質問にトムはまた少し不安になった。
「ギースはチームとして街の周囲のモンスターを……」
兄であるヴィゴも対モンスターへと駆り出され、ここにはまともな戦力が揃っていない。
「大丈夫だ。オレもヴェローチェもいざとなれば戦える。見ろ、オレたちのチームもいるし、一緒に来たのはHEROバトルの上位ばかりだ」
不安そうな表情のトムを、セドがフォローをした。
トムは生徒に励まされる自分の不甲斐なさを恥じて即座に奮起。
「よし!バトルの要領です!学生の君たちには申し訳ないが戦力として控室に待機!」
指示を聞いた後で先生と別れ、皆は控室へと向かった。
「そろそろ話してもらうぞ、ダダ様。いや、ダリルと言った方がいいのか?」
セドが控室でダダ様を問い詰めたが、下を向くばかりで話にならない。
「いい加減にしろ。気をつかって放っておくのも限界だ。事がここに至ってまだダンマリか?」
それでも答えないダダ様を見てパンチが気を遣う。
「そんな尋問みたいな空気にすんなよセド。ダダ様、政府はやっぱ敵なのか?ほら、そこ聞いとかないといざという時に誰の言う事聞けばいいかわかんねぇからよ」
少しの沈黙、そしてようやく下を向いたままだが、ダダ様が口を開いた。
「わ、わからない。俺だけじゃ何もわからないんだ。ただ、常に自分の頭で考え、信頼できる人間を決めておいた方がいいと思う」
マサムネも疑問だらけの状況に耐えきれず、ダダ様を問い詰めたが、やはり答えは得られなかった。
それでもパンチだけはしつこくダダ様に話しかけている。
「でもダダ様だって怪しいと思わねぇか?ヒーローの父ちゃんの時も政府がきっかけだろ?ヒーローが指名手配されてからみーんな言ってるけどさ、あの時みたいになるんじゃねぇのかってのは──」
パンチが話している途中、控室のモニターを見て一瞬だけ止まる。
そこにはアリーナ中央に突如として七体の【ナイト】が現れていた。
「──バカでも……わかる……」
パンチはなんとか言葉を続けたが、実際にその状況を目の当たりにしてただただ呆然としていた。