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第90話【リッチとフィッチ】

(手……動く……。足は……? ……無理だな。


 皆んなは無事か……?)


『頑張れ!頑張れセド!』『頼むよ……負けないでくれ!』


 アリーナの人質たちは倒れたセドを必死に応援している。

 だが気を失ってもおかしくない程のダメージを負っているセドの耳には届いていない。


「ヴェ…ローチェ……」


 アリーナのマイクがセドの声を拾い、それを聞いた人質たちは涙を溜めながら見守っている。


 ボロボロになり、うつ伏せに倒れて表情がわからないヴェローチェの手の甲に、セドが腕を伸ばし、そっと撫でるように手を添えた。




 数時間前──。


「今日は噴水のとこで食べようぜ!」


 午前の授業を終え、やけにハイテンションのパンチは皆を誘って中庭に来ていた。

 他愛のない話をしながら昼食を終えると、学園の生徒ではない人物が近付いてマリンに話しかけた。


「マリン……」


 マリンが呼ばれて振り返ると、リッチが立っていた。


「リッチ!? 何でアイランド学園に!?」


 突然の訪問に驚くも、マリンはにこやかに話しかけた。

 しかしどうやら遊びに来たわけではないらしい。

 険しい顔、両手を伸ばし、緊張している時の癖だろうか、無言で爪をカリカリといじっている。


「どうしたの?」


 空気を察したマリンは何事かと問い質すが、嫌な間が空いてリッチはやっと言葉にした。


「──ごめんなさい、ヒーローの事」


 マリンだけでなく、悲痛な面持ちで皆を見て一礼した。


 皆はどうしていいかわからず困惑していたが、パンチだけはセドに軽く焼いてもらったマシュマロを頬張りながらすぐに返答。


「いや、わかんないわかんない。それじゃなーんもわかんないって」


「モチャモチャ汚ない!」


 マリンに一喝されたが、パンチは本当に何もわかっていないような呑気な顔で皆の表情を覗き込んだ。

 パンチとしては理解したい一心だったが、少し苛ついたセドが椅子から立ち上がってパンチの所へ詰め寄ろうとしている。


 ダダ様はそれを腕で制止して、訳知り顔でリッチに言った。


「り、リッチ、お父さんの事だろ?」


 リッチは無言で頷いた。


「父が……フィッチがライゼさんにした事、ヒーローにした仕打ち、ごめんなさい」


 皆、リッチに声をかけられずにいる。

 リッチの父がフィッチだと知った驚きも勿論あったが、考え、悩んだであろう表情が見てとれた。

 可哀想なほどに落ち込んだ様子に戸惑っていると、ダダ様が珍しく怒気を孕んだ声でリッチへ話しかけた。


「り、リッチ。君は悪くない。悪いのはあいつだ。実の娘にこんな思いまでさせて……」


 ダダ様はリッチを労うように肩を一回叩くと、何かを決意したように歩き出す。


「おい、どこに行く!?」


 セドの問いかけにも答えず、ダダ様は学園を後にした。

 やり取りを見てもわからないパンチは思った事をそのままぶつけた。


「結局なんもわかんねぇけどよ、何でリッチが謝ってんだ?」


「それ。リッチが謝る事じゃないでしょ」


 マリンも同じ事を思ったようで、リッチの表情を伺うが、下を向いていてよくわからない。

 リッチは意を決したように口を開いた。


「幼い頃、父の部屋でヒーローに関する資料をたまたま見つけて……。ライゼさんの資料もあった」


 ライゼの名前にセドは少し反応したが、黙って話の続きを聞き入っている。


「その直後、ライゼさんが捕まって……。それまで誇りだった父の仕事に、初めて疑問を持ったの。ヒーローが指名手配される前、同じように資料を見つけて、大好きだった父と初めて口論した」


「何でそこまで……?」


 マリンの問いかけに、リッチは首を横に振った。


「自分でもどうしたかったのか……。でもヒーローは悪くないってわかるから、必死で止めようとしたんだけど、駄目だった……。本当にごめんなさい……」


「ん?いや、マジでわかんねぇんだけど、リッチは何も悪くなくね?」


 パンチがきょとんとした顔をして言った言葉に、リッチは少し救われた気がした。


「幼い頃……?あっ!?リッチ!」


 マリンは何かを思い出したかのように大声で叫んだ。

 突然の事にリッチは驚いてマリンの方を向いたが、何の事だかわからない。


「ど、どうしたの急に?ビックリしたぁ」


「あんたさぁ……」


「あんた!?」


 リッチは恐怖した。

 マリンは雰囲気も口調もガラリと変わり、声まで低くなっている。


「初めてヒーローに会った時わざとぶつかったでしょ……?前からヒーローを知ってて狙ってたんだよねぇ?」


(恐ろしい。


 正気とは思えない……。


 えっ?私この後刺されたりしないよね?)


 心当たりはある。あるが今のマリンに言えばいったいどうなってしまうのか。

 リッチはマリンの迫力、尋常ではない雰囲気に圧倒され、恐怖した。


「さ、さぁ?どうだったかな……」


 とりあえず誤魔化してみたものの、とても乗り切れるとは思えない。リッチが打開策を考えていると背後から二人の影が近づいて来た。


「さぁ、じゃないでしょリッチ。もう正直に白状したら?」


 声の主はリッチに帯同して来たローザだった。

 その後ろには、ローザがアイランド学園へ行くと聞いて勝手について来たヴェローチェもいた。


「ローザさん!?こっちに来るなら言ってくれたら──」


 マサムネはやけに嬉しそうだ。


「マサムネ、いたのね(今日もかわいいわぁ、何このかわいさ)。ヴェローチェも一緒なの。無理矢理ついて来ちゃってね」


 ローザが隣にいるヴェローチェを指しながら意地悪そうに言うと、ヴェローチェもすぐに反論した。


「無理矢理とは失敬な。ローザがアイランドシティに来ると言ったから案内でもと思ったんだ」


HERO(ヒーロー)バトルで何回も来たんだから案内なんていらないわよ。お目当てはセドのクセに素直じゃないねぇ」


 ヴェローチェはすぐにセドの所へ行き談笑を始めた。


「……で、白状ってなあに?リッチ」


 マリンに問い詰められてもリッチはバツが悪そうにしている。

 だがやり過ごせるわけもなく、代わりにローザが答えた。


「フッ、このコはあの時ね、アイランドシティに着いたら話したい男の子がいるって聞かなくて別行動をしたの」


「ちょっ!?ローザさんこそ可愛いコがいるから前を通って来るって──」


 ローザはリッチから思わぬ反撃を受け、焦ってマサムネを向こうへ連れ出した。


「マサムネ!噴水を見に行くよ!」


「えっ?あっ、はい!」


 ローザへ反撃しても仕方がない。

 状況は何も変わらず、リッチが恐る恐るマリンの顔を見ると、鬼の形相をしたマリンが腕を組んで見下ろしていた。

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