第9話【ヘビの価値】
「なぁ、ギースはどんな様子だった?」
「泣いてたっス!」
「……っ!?」
ライゼが思わず詰まる。ガービィはニヤリと口角を上げ、いたずらを仕掛けた子どものように隣を見る。その視線には、日頃のお返しとばかりの愉快さが滲んでいた。
「研修……さ。ゴブリンは倒せてたし、合格ってことでいいんじゃないか?」
「ガッハ、言うと思ったっス。相変わらず他人の事なのに……」
「野暮か?」
ライゼの問いに、ガービィは肩をすくめたまま答えなかった。
──それが答えだった。
長くライゼと共にいるうちに、考え方まで似てきている気がした。
「ハァ……俺も人のこと言えないっスね」
ぽつりとそう言って、ガービィは視線を遠くに投げた。
──今回の研修、全員を合格に。
その思いを、彼は静かに心の奥で固めていた。
──
ヘビの回収が終わり、研修生たちはドローンに乗り込む。ようやく帰路についた彼らの前で、ガービィが声を張った。
「まずは研修お疲れ様! 今から認定証を配る。これを持って、各自ギルドでN.A.S.H.の登録を済ませてくれ!」
車内がざわつく。
(先生たちが倒したのに、合格……?)
不安げに視線を交わし合う生徒たちを前に、ガービィははっきりと言い切った。
「ゴブリンへの対応は見事だった。イレギュラーはあったが、全員合格だ!」
『わあああああっ!!』
喜びが弾けた。ガービィは一人ひとり名前を呼びながら認定証を手渡していく。
そして最後に、ギースの名を呼んだ。
「お疲れ様」
ギースは目を伏せたまま、認定証を受け取らなかった。
「……隣、いいか?」
「──はい」
「受け取れ」
「僕が、これを……?」
「実際のところ、ゴブリンだけなら完璧だった。あの二重ホールは──運が悪かっただけだ」
ギースはしばらく黙っていた。咎めてほしい。叱ってほしい。そんな感情が、沈黙ににじんでいた。
その気配を察し、ガービィは静かに続ける。
「確かに、あれはまずかった。極限の状況でこそ、人間の真価が問われる。……お前は、しくじったんだ」
「……はい。埋め合わせは、必ずします」
「俺たちに、じゃない。学んだことは、ちゃんと下に伝えろ。それが、“流れ”ってやつだ」
「はい!」
「ところで、ギース──なんで最初からライゼさんに突っかかってたんだ?」
「……その、動画とか見ても、あまり強そうに見えなかったので……」
「ガッハハハ! あれを信じてたのか!?」
「……!?」
「あれな、苦戦してるように“見せた”方が人気出るんだよ」
「……そんな理由で」
「ライゼさんも俺も、亡霊騎士に負けるわけないだろ。人に好かれるのって、案外大事なんだぞ?」
「僕は……媚びる気はありません」
「あぁ、それもいいさ。でもな──嫌われすぎると、選べる道が減る。やりたいことすら、できなくなるかもしれんぞ?」
「……なるほど。一理ありますね。たまには先生っぽいこと言うじゃないですか」
「昔な、ライゼさんに言われたんだ。ガッハハ!」
「……この人は、本当に……」
「でもな。人に好かれた先でしか味わえない感情も、あるんだよ。──ほら、来たぞ」
ガービィの言葉通り、仲間たちがギースの元に歩み寄ってきた。
「まずは、好かれてみろ」
そう言い残し、ガービィはライゼの隣へと戻っていく。
「みんな、すまん! 僕のせいだ!」
『お前のせいなのは最初からわかってる! 問題は、どうやって俺たちに許してもらうかだろ?』
「この償いは必ずする。ただ……人と、あまり関わってこなかったから……。謝り方も接し方も……正直よくわからない。教えてくれないか? トム……と、メカラ」
『一応は名前を覚えてたのか』
『私はメカリ! ずっと同じチームなのに……!』
「僕にしては、覚えてた方だが」
『またそうやって上から目線! まずはそれをやめること!』
「あ、ああ……」
『このあとギルドでヘビを換金したら、金が入るよな?』
「うん?」
トムがニヤリと笑う。他の皆もつられてギースを取り囲む。
『奢れ!』 『肉を!』 『いいやつな!』
「それは無理だ。金はダメだ」
『は?』
「孤児院の子どもたちにゲームを買うって約束してるんだ」
『ん〜……なんか私たちが悪者みたいな空気じゃない……?』
『このモヤモヤ……名前をつけてくれ……誰か……』
戸惑うメカリとトムの反応に、ギースは少しだけ口元を緩める。
『でもよ、ゲーム代差っ引いても、まだ金余るよな?』
「残りは、僕の金だ」
『やっぱりただのケチじゃねーか!!』
ドローンの一角が笑いに包まれる。
それを見ていたライゼが、少し不安そうにガービィへ囁いた。
「……あれ、本当に大丈夫なのか?」
「正直、ここまでとは……。でも、今までギースって、どこか壁があったっスから。ああやって本心見せたの、たぶん初めてっス。これからっスよ!」
ガービィが嬉しそうに笑った。
「だいたいゴブリンは僕が倒したんだから、君らに分配されるのおかしいだろ!? 全額、僕の金だ!」
『ケチ通り越して金の亡者じゃねーか!!』
まだ続いているギースたちの言い合いを見て、ライゼがもう一度、ぽつりと尋ねる。
「本心、だいぶあれだけど……それでも大丈夫か?」
「……っス。こ、これから……っスから……」
『ていうか、ヘビまだ配られてねーぞ!? 先生! どうなってんですか!?』
「あっ、スマンスマン!」
ガービィが慌ててヘビの塊を取り出し、生徒たちに手渡していく。
そのうちの一人が、不思議そうに手のひらのヘビをまじまじと眺めた。
『先生、これってエネルギー源ってのは分かるけど、なんであんなに高く売れるんです?』
「お、いい質問だな。学校じゃ倒し方は教えても、金の話はあんまりしないからな──簡単に言うとだな……」
ガービィは一拍置き、教官らしい口調で語り始めた。
「ヘビは回収後、電池やエネルギー源として転用される。ゴブリン化してる個体なら、七十年は動き続けるやつもいる。そのまま七十年分のエネルギーにはならんが、凄いエネルギーだろ?」
生徒たちがざわつく。
「変換効率そのものは高くないが、今じゃ石油も枯渇してる。代替エネルギーとして、高値で取引されてんのさ。
つまり……俺たちは“石油王”ってわけだ。ガッハハ!」
笑いながらも、ガービィの声が少しだけ引き締まる。
「それと──ライゼさんが倒した“赤い個体”。ああいう増殖系の特殊ヘビは、エネルギー量も段違いだ。破格の値がつく。ギルドがまとめて買い上げて、企業へ流れていく」
「で、そのエネルギーを使い終わった“殻”すら──捨てねぇ」
彼は拳を握りながら続けた。
「殻は他の鉱物と混ぜて“ミスリル”に再生成される。強くて軽くて、白い宝石みたいに輝く。N.A.S.H.スーツの素材も、ホールの構造も、全部そいつだ」
皮肉な話だ。
──人類を脅かす敵の体を、我々は文明の糧にして生きている。
その現実が、静かに生徒たちの胸に落ちていった。
──
「──ってことで、ヘビの価値は、まぁそんなとこだ」
ガービィはパンと手を打ち、明るく言った。
「能力でギルドに直行できるやつは先に行っていいぞ! ちゃんと“能力移動”の許可は出てるからな!」
しかし誰一人動かない。
それぞれが、今日の出来事を誰かと語り合いたくて、ここに残っていた。
──ただ一人を除いて。
「雷て……グッ!?」
バチバチと放電し始めたライゼの首根っこを、ガービィががっちりとつかむ。
「研修生は!! ……話、聞いてたっスよね!?」
「うぅ……ヒーローに会いた──」
「泣いたふりもダメっス! 今のうちに報告書!」
「チッ」




