第89話【前兆】
アースの遥か北東に、隕石の衝突で出来た約200kmの巨大なクレーターが存在する。
磁場が乱れ、放射性物質も残存するこの地に足を踏み入れる人類はいない。
そんなクレーターの上空に、ヒーローの姿があった。
「雷の雨矢!」
技の名前を叫びながら片手を天に掲げてクレーターへ振り下ろすと、約20張程の雷の矢が爆音と共に着弾。
周囲は吹き飛び、とてつもない威力なのだが、ヒーローは納得のいかない顔をしている。
無理もない。
父、ライゼの放った雷の雨矢とは、矢の数もパワーの出力も違いすぎたのだ。
「何で……何でこんなに威力が違うんだ!」
ヒーローは苛立ちを隠せなかった。
ライゼの能力を受け継ぎ、ナイトに対抗できるのはヒーローだけだ、と皆は期待している。
力を持った責任も感じている。
しかしそれに応えられないどころか、肝心のマザー探しは頓挫し、指名手配までされている始末。
「くっ……!」
(どうやったら父さんのようなパワーが出るんだ!)
ヒーローが自分に苛立っていると、ガンにダダ様からの着信が入った。
「──はい」
ヒーローはそっけない返事をしながら近くに浮かせていたドローンへ戻り、腰掛けた。
《ひ、ヒーロー、マリンがうるさいから話してやりなよ》
ヒーローは何も答えない。
《き、聞いてる?》
「ああ。……それについてはもう話したろ。万が一、友達が指名手配でもされたらどうする?」
《こ、声を聞いたら会いたくなるんだろ?それが嫌なんだろ?》
「そんなわけ……」
ダダ様の指摘にヒーローは少し考え、ため息を一つついて答えた。
「……いいや、そうかも。マサムネたちにもたまらなく会いたいよ。こんなに離れてるのは初めてだから──」
《い、意地張らないで話したら?皆んなも待ってるし、心配してる。あとマリンがめんどくさい》
「ハハッ、ダダ様が楽しそうで何よりだ。でも今は駄目だ。マザーを探して、もっと強くならないと……」
《ま、前にも話したけど、パワーの問題は気にしなくていい。まだ身体も大きくなるし──》
「それだけで父さんみたいなパワーが出るとは思えない。マザーについては何かわかった?」
《と、特には……。ただナイトにはわからない様な、AIには思い付かないような方法だとは思うんだけど……》
「そう……ありがとう」
ヒーローは納得していない様子で、一方的に通話を終わらせた。
そしてヒーローからの音沙汰がないまま年が明け、皆は三年生になっていた。
ナンバー発表では大きな変動があり、SNSやニュースを賑わせている。
ガービィがHEROへと復帰。
No.1は当然のようにガービィとなり、No.2がギースに、No.3にはなんとサリーだ。
サリーはガービィとチームを組み、HEROへ復帰した。
息子が指名手配された後の復帰だった為、世間では様々な憶測が飛び交った。
サリーとヒーローについて印象が良い記事も、悪い記事もあるが、結局は皆が信じたい記事しか見ないのが現状だ。
しかしダダ様による地道な世論誘導や、ヒーローが訪れた街での活躍によって人々の反応は決して悪いものではない。
「お、俺だって頑張ったんだ!」
「フン、ヒーローが頑張ったんだ」
ダダ様によるSNSへの地道な書き込みが功を奏したのか、セドにはわからなかった。
ガンを睨みながら必死な形相でヒーローのアンチと戦うダダ様。
その大人気ない姿を若干引いて見ていたからだ。
能力を使えばいいだろう、と助言した事もあったが、ダダ様は「ビンタされる」として能力での介入はしなかった。
「おっはよー!」
登校途中のセドたちにマリンが合流。
いきなり腕を組むマリンに、セドは注意した。
「またパンチがうるさいぞ。あいつの気持ち、気付いてんだろ?」
「はいはい、セドたちはいいよねぇ、寮が近くて」
マリンは両手を上げて話題を逸らしたが、ダダ様がからかうように話を戻そうとしている。
「ぱ、パンチだけじゃなくて、ヴェローチェもうるさくなりそう」
ヴェローチェと聞いてマリンは何か思い出したようだ。
「あっ! セド! また撮られてたね、うみねこデート!」
マリンはそう言って意地悪な笑みを浮かべている。
セドたちがうみねこ屋に行く度に、世間は二人を囃し立てた。
ニュースやSNSが色恋沙汰で盛り上がっているのは、束の間とはいえ、平和な証だろう。
「フン、技を教えてくれるから行ってるだけだ!」
「あっそ、そのままヴェローチェに伝えよー」
「お、おい!」
マリンが焦るセドを面白がってからかっていると、パンチとマサムネが走って向かって来た。
「朝から楽しそうだな!」
「フン、やってられん」
「おはよーパンチ!マサムネ!」
「マリンちゃん!今日もいい匂い──」
明らかにマリンへの対応を間違えているパンチの為に、マサムネは遮ってフォローをした。
「おはよう、マリン。最近セドと仲がいいね」
「そう?」
マサムネが言うように、マリンとセドはウマが合ったのか、ここ一年で距離が縮まっていた。
他の友達が言うとセドが怒るような事でも、マリンなら許された。
二人には特別な空気感が生まれていた。
「俺たちも来年のこの時期には研修かー。早くHEROになりてぇな!俺たちならすぐナンバーになれたりして!」
「慢心するな。他の学園で強くてもHEROバトルに参加してない奴だっているはずだ」
「セドの言う通りだよ、パンチ。ナンバーを狙うより、ボクたちはチームとして強くならないと。ダダ様も自覚してよ!去年なんて──」
「わ、わかってるよ」
「いいや!わかってない!あの時だって──」
ダダ様はマサムネには弱かった。
最愛の弟とマサムネが、どこか重なって見えていたからだ。
「バトルにヒーローがいたらなぁ……」
「「「あっ──」」」
「……先、行くね」
パンチは三人が止める間も無くヒーローの名前を出してしまった。
ここ最近、マリンにヒーローの話題は禁句だった。
名前を聞いた途端、怒るでもなく、あからさまに皆を遠ざけるからだ。
「何考えてるんだ、パンチ。またマリンが一日中面倒な性格になりやがる」
「そうだよ、少しは気を──」
セドとマサムネが諭すように言う。しかしパンチも引かなかった。
「──わかってる!でもマリンちゃんも強くならないとよう。もうガキじゃないんだぜ俺たち。いや、ガキじゃいられない」
憶測が憶測を呼び、世論が分断され、ヘビの動きも活発化している。
状況が目まぐるしく変化し、パンチたちを追い詰めていた。
ライゼが捕まり、ナイトが現れた。
ヒーローが世間に姿を現さなくなってから、皆はチームとして何度もその事を話し合って来た。
不測の事態に備えたつもりだが、不安が募る。
皆の思いは同じだ。
ヒーローがいれば、と。
「ぱ、パンチってさ──」
「ん?」
「バカだけど、バカじゃないね」
パンチは無言でダダ様の頭をゴツンと殴り、マリンを追いかけて行った。
マサムネは頭を押さえてうずくまるダダ様に、呆れながら言葉を絞り出した。
「ダダ様、もうちょっとコミュニケーションを学ぼうね……」
「う、うん」