第86話【あれから一年】
ヒーローは父が残したドローンの履歴を辿っていた。
皆と別れ、旅に出てから早くも一年が経とうとしている。
あれから様々な街を巡り、ホールを潰し、マザーを探し回った。
バスカルよりも遥か北東、カイドウの街にドローンを駐車し、ヒーローは疲れからか目を閉じてこの一年を振り返っていた。
どの街へ行ってもヒーローは歓迎された。
しかし奇妙な事に気付く。
ちゃんと尊敬されている事は伝わるし、歓迎してはいるが、その瞳はヒーローを見ていない。
この尊敬の眼差しは自分に対してではない。
ヒーローを見る人々の瞳の奥には、間違いなくライゼの姿がある。
人々は忘れてなどいなかった。
最強のHERO、ライゼの事を。
自分に向けられた尊敬ではないと気付いたヒーローは、がっかりするでも、嫉妬するでもなく、ただただ父が誇らしい。
小さな時から二世だと言われ続け、どんな嫌味を言われてもヒーローは二世が嫌だった事はない。
父を尊敬していたし、何も恥ずべき事はないからだ。
父の血を誇りには思っても、疎ましくは思わない。
(二世?その通り。何も間違ってない。俺は父さんの子だ。
七光り?七光りどころか父さんは本当に光りまくってたな)
街行く人の心無い声に、ヒーローはそんな事を考えていた。
そして圧倒的に多いのは、ライゼへの感謝の声。
この旅を通じて改めて父の偉大さを感じた。
(それに比べて自分は……)
旅に出たものの、まだ何もわからぬまま、気持ちだけが焦っていた。
車内に突然着信の音が響き渡り、ヒーローはガンを手に取る。
パンチからのメッセージで「決勝頑張るからな!」と書かれていた。
もうすぐとは聞いていたが、もうHEROバトルの時期か。
ドローンの履歴はほとんどがホールだった。
ライゼが潜った後で何も残っていない朽ちたホールもあれば、ヘビが新たに出現していた所もあった。
モンスターに変異したヘビを倒す毎日。
その中にナイトの姿はなかった。
街に出現したモンスターや、ホールの処理に追われ、ヒーローは忙しい日々を過ごしていた。
と言えば聞こえはいいが、単純に忘れていたのだ。
ヒーローが慌ててドローン内で中継を点けると、フロントガラス全面に中継が流れ始める。
《おおっと!完全にダダ選手に退路を塞がれる形になり、セド選手がロスト!マサムネ選手、珍しく怒ってオペ室から出て来てしまいました!こうなっては打つ手がありません!ヴェローチェ選手、一気に攻勢に出た!》
中継を点けた瞬間、セドがロストしている。
(またダダ様がやらかしたのか……)
《こっ、今年もチームバトルはバスカル!バスカル学園三連覇!》
(三連覇!ヴェローチェはさすがだ。雪辱を誓っていたセドは怒っているんだろうな。ハハッ、あんなにマサムネが感情を表に出すのも珍しい。今日はパンチとマリンがフォロー役かな?)
控え室の様子は容易に想像できた。
中継を消すと、見慣れないシールの様な使い捨ての機械がフロントガラスに貼り付いている。
「あっ!駐禁だ……」
どうやら中継に夢中になっていた所を、街の警備ドローンから駐車禁止のシールを貼られたらしい。
今の時代は自動運転であり、免許制度はない。
点数などを引かれる事は無くなったが、しっかりと罰金は徴収されてしまう。
この駐禁シールはガンでスキャンして本人確認後、罰金を払わないとドローン自体が始動すらしないといった仕組みの厄介な機械だ。
色々やってみるが本当にドローンが始動しない。
ヒーローは車外に出てシールに手をかざした。
ダダ様がやっていた要領だ。エネルギーで動いている以上、穴はあるはず。
しかしいくらやってもダダ様のように侵入などできない。
(能力が違うんだから当たり前か……。電気系統は多少できるんだけどなぁ。父さんのヴィジョンだって使えるし)
ヒーローは結局シールを雷で焼き払うという力業で対処した。
街を離れ、郊外に駐車したヒーローは、大きなため息をつく。
思わぬ所で時間を使ってしまった。
「ここは大丈夫そうだな」
もうHEROバトルの個人戦が始まっているはずと、中継を点ける。
またフロントガラス全面に中継が流れると、既に決勝戦が始まっていた。当然のようにヴェローチェとセドが勝ち上がっている。
バトルを見ると、セドは昨年まで避けられなかった攻撃を見事に避けていたのだ。
──しかし
《ヴェローチェ選手の大技!ファイアストームだ!》
広範囲に火の暴風が広がり、セドは後ろに跳躍しようとするも、壁に気づいて一瞬だけ硬直してしまう。
ヴェローチェはその隙を見逃さず、次の技を構えた。
そのまま暴風の餌食になるか、暴風範囲から出て狙い打ちになるかの最終局面。
《これは!?去年と全く同じ!ヒーロー選手が陥ってしまった状況と全く同じだ!セド選手、後がない!》
中継にマリンたちの心配そうな顔が映る。誰もがセドの負けを予感し、心配するであろう場面でヒーローは笑っていた。
(皆んな、心配そうだ。
そんな顔するなよ。
今戦ってるのは──)
「あのセドだ」
──ヒーローは誇らしげに呟いた。
あれから一年もあった。
セドがこのままやられる姿が想像できない。
セドはゆっくりと右手を上にかざして言った。
《これがオレの一年だ……。受け取れ、炎!》
炎と同時にセドは腕を振り下ろした。
中継に乗って久しぶりにセドの声を聞いたヒーローは思わず笑顔になってしまう。
気が付けばマリンたちより、その場のアリーナにいる誰よりも、中継を見ているヒーローの方が必死に声を出していた。
「行け!!」
凄まじいまでの威力と範囲。
ヴェローチェとセドでは能力差が存在する。
火に対して、上位の能力であるセドの炎。
ヴェローチェのファイアストームが小さく見える程だった。
広範囲の炎が勢いを増してヴェローチェへと襲いかかる。
ヴェローチェも必死に抵抗し、クイックによる連続技を繰り出すも、理不尽な程の威力に飲み込まれて行く。
《これっ……が!炎……!何て威力……!うぁあああああ!!》
ヴェローチェはその言葉を最後にロスト。
《大、大、大逆転!大波乱!優勝者はアイランド学園二年生!セド選手です!》
アリーナからも、中継を見ているヒーローからも惜しみ無い拍手が二人へと送られた。
ヴェローチェがふらつきながらもセドに近寄っている。それを見たセドはすぐさまヴェローチェに駆け寄り、肩を貸した。
セドは精神的にも成長していると、ヒーローは感心しきりだ。
(あんな気遣いができるようになってる……。いや、セドは意外とああ見えて人への気遣いができるんだ。ただそれが表に出せないのと、言葉で牽制して人との間に壁を作っていた。それが今や素直に表現できている)
ヒーローはこの一年で、セドから大きな差をつけられてしまったと悔しがっていた。
「去年は……小手先の技で君に勝った。元々技の威力は負けていたんだ。試合じゃなかったら去年の時点でも君に負けていた事は、私が誰よりわかっているんだ……」
ヴェローチェはとても悲しげににセドへと伝えた。その後、恥ずかしがるセドを抱きしめて言った。
「最後の技は素晴らしかった。よくぞ二年生でここまで……。君は本物の天才だ」
セドは一瞬ムッとして返答する。
「天才って言葉は嫌いだ。オレだって努力したんだ」
ヴェローチェもセドの返答に眉をひそめた。
(褒められたのに、妙な拘りがあるな。
素直に受け取れない何かが今までにあったのか?
努力できるのも才のうち。言葉遊びの気もするが、本人が納得するならそう言おう)
さっきまで戦っていた人物とは思えない、年相応の子供っぽさに、ヴェローチェは可笑しくて笑ってしまった。
「フフッ、すまないな。君は努力型だよ」
「フン、何がおかしいんだ。体は大丈夫か?」
くさしたかと思えば労る。見事なまでの天の邪鬼なセドを、ヴェローチェは少しからかってみたくなった。
「ほら、優勝者なんだから手を振らないと」
「あ?あ、ああ」
言われた通りに手を振ると、アリーナ中が大喝采。これにはセドも驚いた。戸惑うセドを見てヴェローチェはからかい半分に、チャンピオンとしての心構えを説く。
「これからチャンピオンとして大変だぞ。インタビューは来るし、しばらくは取材用小型ドローンに一日中追い回される。街でも絡まれるし、性別問わずモテる毎日だ」
「なっ!?」
「私だってこの二年、クレープぐらい買い食いしたかったが、街へ出る度にSNSにあげられて大変だったんだ。君も行動に気を付けないと何で叩かれるかわからないよ」
「チッ、面倒だ……!そんなのが一年中なんて耐えれん!何か手はないのか!?」
(あんなパワーを持っているのに、こんな事ぐらいでうろたえている。
この大会の間中、アイランド学園へ行ったダダ様がセドをからかっているのを見かけていたが、気持ちがわからないでもない。
反応がなんとも可愛らしい。
ダダ様か……。
アイランド学園へ行ってくれて本当にありがたい。
ん?……ダダ様?)
「そういえばダダ様がご執心だったクレープ屋がアイランドシティにあったな」
「ああ、うみねこ屋ってとこだ。あいつは毎日行ってる。それと何の関係が──」
「私をそこに連れて行ってくれ。デートだ」
「はぁっ!?」
「二人がデートするとなれば、それはもう話題になるだろう。話題が私にも傾けば、君の負担も減るのでは?ダダ様についても少しは教えられる事もあるだろう」
ダダ様の名前が出た事で、セドの気持ちも傾いた。
普段からダダ様には困り果てていたからだ。
「フン、なるほどな。デートってのは気になるが、少しでもダダ様の情報は欲しい」
「いいのか?私と恋人だと面白おかしく書かれてしまうぞ?」
「かまわん、そんな事には興味がない。それよりダダ様だ!オレがパンチに今の歯みがき粉が気に入らないと話したらそれをダダ様が聞いてやがって……!」
「は、歯みがき粉?」
「無くならないんだよ!いくら使っても!早く無くなれと思って多めに使っても減らない!無くなる頃には補充されやがる!あいつの嫌がらせだ!」
「す、捨てて新しい歯みがき粉にすればいいじゃないか……」
「そんな勿体ない事できるかっ!!」
ここでセドが予測もしなかった事態になってしまう。
『ギースと同じじゃねぇか!』
観客席から野次が飛んできたのである。
「なっ!?」
「フッ、アリーナでの会話は全てマイクが拾っているのだよ、セド君」
ああ、ダダ様の気持ちがよく分かる。初々しい、良い反応だ。
「ダダ様といい、バスカルの連中は性格が歪んでるのか!?」
また同じ人物が野次を飛ばそうと両手を口に添えた。
『ケチケチしてないでデートくらい行けよ!』
「くっ、誰ださっきから!」
セドは観客席から声の主を探そうと見回している。
『ギースと同じ出身だから似てるんじゃないのか!?』
「……聞いた声だな」
(聞き覚えのある声だが、まさかな……)
『ここでイチャイチャするくらいなら今からクレープ食って来いよ!』
「げ、下品なおっさんだ……」
セドが野次にうんざりしていると、ヴェローチェが声の主を見つけて指を差した。
「セド君、あれ、あそこ」
「うん?どこだ」
「アイランド学園のトム先生じゃないか?」
「──ぶっ!!」
セドは思わず吹き出した。普段のトムからは想像もできないくらい下品な口調だ。
「先生ってのはそんなにストレスが溜まるのか……?」
「アッハッハッハ!アイランドシティは中々に愉快な所だな!卒業後はアイランドシティに住むのもありかな」
「……まぁ、飽きない所だ」
「──うみねこ屋、楽しみにしてるよ。そろそろインタビューだ。敗者は去るのみ、か」
ヴェローチェは振り返りもせず、手をヒラヒラと振ってアリーナ中央を後にする。
《では、勝利者インタビューを始めたいと思います。今大会を通して──》
インタビューの球体ドローンが飛んで来ているのに、セドはまるで聞いていない。
去っていくヴェローチェを目で追っていた。
「お、おい!」
ヴェローチェはセドの声に反応して立ち止まるも、振り返りはしなかった。
先程は見せなかったが、悔しさも当然ある。
「うみねこ屋は……アイスもうまいぞ」
振り返ったヴェローチェは、セドが今まで見てきたどんな笑顔よりも輝く、素敵な笑顔をしていた。
時間が止まったような、しかし胸の鼓動は速くなっている。
インタビューで撮られているのに、セドは赤面してしまう。
『ケッ!またイチャイチャしやがって!この後ヴィゴにやられちまえ!』
「もうバレてんだよ先生!このままあんたの兄さんも叩きのめしてやる!」
《あ、あの~、インタビューを……》
「アッハッハッハ!!」
その後、恒例となっている優勝者対ヴィゴの試合がはじまったのだが──。
ヴィゴとの戦闘は相性が悪かった。
パワーの違いもあり、炎での攻撃は風向きを変えられ、全く届かなかった。
ヴェローチェが味わってきた無力感を、今年はセドが感じている。
まだヴィゴに敵うわけもなく、手加減をされての屈辱的な敗北となってしまった。
ここまで見たところで、ヒーローは中継を切った。
映像が切れてフロントガラスが元に戻ると、辺りをフィッチとファースト部隊に取り囲まれていた──。