第82話【今生の別れは穏やかに】
「で、できたよ~!」
ダダ様が整備を終え、嬉しそうに手を振りながらこちらへ走って来る。
「兄さん、どうやら時間がなさそうだよ」
ゾゾはまたモニターを指した。
(時間がない?)
ギースがいるんだからそんなはずはないとダダ様がモニターを覗き込む。
(下手過ぎる……。大根役者にも程がある)
しどろもどろなんてレベルではない。
「え、ええ~……。ギ、ギースなら上手くやれると思ったのに。な、なら!」
ダダ様は早くドローンを見せたいようで、ヒーローの手を引っ張ってまた走り出した。
さっきまで整備していたはずなのにドローンにはカバーが掛かっている。
ヒーローを驚かせたかったのだろうか。
「これだよ!」
ダダ様が指をドローンに向けるとカバーは一瞬で収納され、流線型の青いスーパーカーが表れた。
「これが父さんの……凄い。綺麗だ……!昔の人は自分で運転してたんだよね!?」
ヒーローは父が持っていたという車を隅々まで見渡し、感動している。
タイヤも無く、車と呼ぶには進化しすぎているが、レトロなスーパーカーの面影は残っていた。
今や自動で目的地まで行く時代だ。
運転がない時代に生まれたヒーローにとって、ハンドル等は特に興味深かった。
「の、乗って!乗って!」
ヒーローは無理やりドローンに押し込まれると、一瞬でスキャンが終わり、ドローンが50センチほど浮き上がった。
《認証しました。行き先をどうぞ》
「かっこいいよダダ様!」
ヒーローは子どものようにはしゃいで格好だけのハンドルを握り、ダダ様は得意気な顔をして言った。
「す、凄いでしょ!ヒ、ヒーローしか動かないんだ!ま、街を抜けるまで地下で行けるから安心して」
その言葉通り、もう使われていないこの地下水路はどこまでも続いていた。
ヒーローが車内を見てはしゃいでいると、リリに連れられたゾゾがようやくこちらへ歩いて来る。
もう別れが近いのかと、ダダ様は寂しそうにソワソワして、それを察したゾゾが優しく肩に手を置いた。
「兄さんも乗って」
「………………ゾゾは?」
「どのみちマザーを探さないと、これ以上の延命は無理だろう?ヒーローを手助けしてマザーが見つかれば、治療を続けてくれないか?」
(兄さんがいてくれた事が、人生の誇りだった。
さよならだ)
「………………そ、そうだね!」
ヒーローはダダ様の沈黙に違和感を覚えた。
(何だ?何の間なんだ?)
「じゃ、じゃあ行くよ!」
(こんな簡単な別れ方でいいのか!?)
「ダダ様……!」
ヒーローがダダ様にゾゾの真意を気付かせようとする。
しかしゾゾはドローンの天井をトントンと手で叩いて、急かすように言った。
「早く行かないとギース君が持たないぞ?」
「そ、そうか」
「……またね、兄さん」
「…………またね、ゾゾ!」
早々に別れを済ませ、ドローンで走り去るヒーローたちを、ゾゾとリリは笑顔で見送った。
一瞬でゾゾたちの姿が遠くなってゆく。
「ダダ様……やっぱり──」
ヒーローは全てを告げようとダダ様の方を向いた。
「──っ!?ダダ様……」
ダダ様は親指の付け根あたりを噛み、声を押し殺して泣いていた。
「わ、わかってるんだ……」
ヒーローは理解した。
あの沈黙は、お互いに全てをわかっていたからこそ。
ダダ様にバレているとわかっていながらも、嘘をついたゾゾ。
ゾゾの嘘に気付きながらも、それに乗ったダダ様。
(何て悲しい嘘の形……)
それでもお互いに「またね」と言ったのは本心からに違いない。
ダダ様はゾゾが小さかった時から今までの事を思い出して、さらに嗚咽した。
(ゾゾ……。俺の弟として生を受けてくれて、ありがとう……)
ヒーローはダダ様から受け取ったカメオのネックレスを、そっと首にかけてあげた。
「ヒーロー……。これはマザーを見つける為にはヒーローが持ってないと……」
「今はいいだろ?」
「……ごめん。ちょっと泣くよ」
ダダ様はそう言うと、両手で顔を覆って泣いていた。
ドローンが見えなくなるまで見送ったゾゾは、リリの手を借りずにフラフラと歩いて自室に戻ろうとしていた。
「リリ」
背中越しにリリを呼ぶと、自室に戻りながらこれからの事を話し出した。
「できれば五年、兄さんを自由にしてあげて。それまでリリが会社を頼むよ。その後は会社を兄さんに……」
リリはゾゾの服をちょこんとつまんで、黙って後ろを歩いている。
「ヒーローのスーツだが……」
「任せてください」
リリの優しい声に、ゾゾは安心して穏やかな笑顔へと変わる。
自室に戻るとゾゾは力なくその場に倒れた。
リリはゾゾの頭を膝に乗せ、両手で優しく手を握ると静かに目を閉じて様子を伺っている。
「お互い、長生きしたなぁ」
「ええ……」
「人生に悔いはない。時代に飲み込まれ、とうに死んでいたはずの私を、マザーと兄さんはここまで生かしてくれた。おかげで色々なものを見て、感じる事ができた」
リリの頬からゾゾの頬へと涙が伝う。
ゾゾはそっとリリの頬に手を当てた。
「リリ……。延命をしない理由がもう一つあってね。リリが私より先に逝く姿を見るのはとても耐えられそうにないんだ。……こんな年なのに子どもっぽいかい?」
「同じ気持ちですよ……」
「──リリ。私のお喋りは遺伝かなぁ……?」
「……どうでしょうねぇ」
「──リリ、またね」
「──ええ、また……」
「…………」
リリはいつまでもゾゾの手を握って寄り添っていた。
………………
…………
……