第7話【最強の力】
衝撃音と共に、敵の群れは次々と吹き飛び、粉砕された。ホールの奥から迫るモンスターすら、ギースの打撃にひれ伏すしかなかった。
「おお……!」
ライゼは素直に感嘆の声を上げた。眼前で繰り広げられる圧倒的な攻撃。研修生とは思えぬギースの戦いぶりに、ガービィも納得するように頷く。
「よし、研修続行だ! 自信のある奴はゴブリンを狙え! ただし、ゴブリンだけだぞ!」
『ギースに続け!』 『ギース君の役に立たなくちゃ』 『私もN.A.S.H.に……!』 『お、俺たちだって──!』
若きN.A.S.H.候補たちは次々と能力を発動させる。火、水、風……多種多様な能力が飛び交い、白いホールは一気に熱気と喧騒に包まれた。
「今期は……本当に頼もしいな」
ライゼの頬が緩む。彼らの成長が楽しみで仕方ない。
「あの……風の能力の──」
ガービィが指差した先では、ひとりの研修生が、さまざまな風の技を繰り出していた。中でもひときわ目立つ存在だ。
「トムはギースより技の種類が豊富っス。技の開発が上手いんスよ」
「……へぇ!」
ライゼが感心していると、ガービィは次に別の方向を指差した。
「あの緑のN.A.S.H.スーツのメカリは、治癒が使えます」
「──っ!それは凄いな……!希少な治癒能力者なんて、すぐにでもN.A.S.H.に迎えたいところだろ?」
「そりゃもう!今はギースとあの二人をチームにしてるんですが、N.A.S.H.になっても同じメンバーでホールに潜ってくれると嬉しいっスね」
ガービィは鼻を高くし、遠くを見るような目をしながら、誇らしげに胸を張った。
「嬉しそうだな」
「ええ。先生をやってるのも、この満足感があるからっス。あの子たちは、俺の誇りなんス」
「でも、その誇りに思ってる子どもたちを守るのが先決だ。計測、まだだろ?」
「っス……到着から焦っちゃって、忘れてました。すんません!」
ガービィは慌ててガンを取り出し、ホールの奥を計測する。そのころ、前線ではギースが異変に気付いていた。
「な……あれは……?」
巻き上げられた煙の向こう、うっすらと見えた巨影に、彼の表情がこわばる。
『あの七体だけ、動かない……』 『ま、真ん中の、あれ……!』
土煙が流れ、姿を現す七体の影。
『──っ! ワイバーンだ!!』
研修生の声は、ホールに響くほどの衝撃だった。
ドラゴンの頭に、コウモリの翼。ワシの脚に、禍々しいヘビの尾。その尾の先には鋭利なトゲが光る。明らかに、このホールのボス、ヘビを生み出す赤い個体だ。
そのワイバーンを守るかのように立ちはだかる六体の亡霊騎士──。鈍色に光る鎧、兜から不気味に光る目、それはまさに、各メディアの中継で見たN.A.S.H.でさえ苦戦する、怪物だった。
『無理だ……』
研修生たちの間に走る、絶望の気配。
そのとき、ガービィのガンが数値を弾き出す。
「パワー、8240……!」
数字を見た瞬間、ガービィの顔から血の気が引いた。
研修生に抗える相手じゃない──そう直感したその刹那、ガービィは怒鳴った。
「ギース! パワー約8000だ!! 下がれっ!!」
ライゼとガービィは即座に判断する。研修生たちを散開させ、通路へ退避させるのが最優先だ。
「ギース、研修は中止だ! 他の研修生と共に下がれ! あとはライゼさんが何とかする! ──ライゼさん、研修生の避難を!」
「任された!」
ライゼはすぐさまガンで研修生たちへ指示を飛ばし始める。しかし、ギースだけは動かない。
(退く? ここで退いてどうする……! 力を示すために来たんだ! ガービィさんにも、最強とやらにも、実力を見せつけてやるんだ!)
ギースは恐怖を抑え込み、叫びながら突っ込んだ。
「パワー……」
技を放とうと力を込めたが、ワイバーンが待ってくれるわけもなく──
口を開いたかと思うと、炎が咆哮と共に噴き出し、視界が真紅に染まった。
「ぐあああああぁっ!!」
肌が焼ける感覚。肺に熱が流れ込み、呼吸が止まる。
地面に叩きつけられた瞬間、骨が軋むような衝撃が全身を駆け巡った。
意識が薄れる──それでも、ギースは歯を食いしばった。
その様子を見ていたライゼとガービィは、即座に残る研修生たちを守るため前へ出た。
その後方では、ギースと同様に数人の研修生も吹き飛ばされていた。
「ガービィ、研修生を集めて通路へ!」
「っス、すんません!」
ガンを通して飛ぶライゼの声に、ガービィは即座に動く。治癒能力者の指示も飛び、負傷者の手当が始まる。
「ガービィさん、僕は……」
「言い訳はいい」
「でも、ライゼさん一人じゃ……!」
「いいんだ」
ギースたちの治癒が完了し、ガービィは再びガンを通じて叫んだ。
「ライゼさん! 避難と治療、完了っス!」
ホールの中央で立つライゼは、その声を聞いて静かに頷いた。
「何が“いい”んですか!? ライゼさん、今にも……!」
「よく見ておけ。なぜあの人が最強と言われてるのか。そして、これが終わった後の俺の言葉、笑うなよ」
ギースはガービィの言葉に促され、視線をホールに戻す。
そこにいたのは──
【雷】。
ライゼが持つ唯一無二の能力。
雷を操るのではない。彼自身が雷そのもの。
「【雷帝】……」
その声と同時に、青白い閃光が弾け、空気が裂けた。ライゼの体が雷へと変貌する。瞳は青光りし、長い髪は逆立ち、まさに放電する雷の存在がホールの中央に立っていた。
「グァアア!」
亡霊騎士が一斉に斬りかかる。しかし、雷の体には刃が届かない。切断したかに見えた瞬間、体が再構成され、無傷で立ち尽くす。
ワイバーンが口を開き、ギースが叫ぶ。
「危ないっ!!」
──だが、その声よりも速く、雷鳴が轟いた。
次の瞬間、腹の底を揺さぶるような雷撃音がホールに響き渡り、空間を一瞬で支配した。
突風が通路を吹き抜け、研修生たちは吹き飛ばされまいと互いを掴み合う。
そして、静寂。
ホールには、もうモンスターの姿はなかった。
ワイバーンも、亡霊騎士も、あの一撃で消し飛んだのだ。
ギースは呆然とその光景を見つめていた。
ガービィが彼に静かに語りかける。
「ギース、俺はな……あの人みたいになりたいんだ」
「──笑いませんよ。笑えるわけがない」
ギースの瞳には、今や疑いのない本物の──
最強のN.A.S.H.が映っていた。




