第61話【反省会】
その後全ての初戦が消化され、一番試合数が多い大会初日が終わった。
「いい加減にしないか皆んな!」
ミーティングを始めようと皆でソファに腰掛けた途端、マサムネの怒鳴り声が部屋中に響いた。
「そうだそうだ」
ヒーローはソファには座らず、皆の後ろから合いの手を入れ面白がって煽っている。
性格まで父に似てきたようだ。
「ヒーロー……。ライゼさんの名前を借りるよ」
「ああ」
「パワーでは誰にも負けないあのライゼさんだって負けたんだ。卑劣な手だが、それに負けたんじゃない。相手の用意周到な準備に、弱点を突く情報に、作戦遂行まで気づかせない能力に負けたんだ!」
三人はヒーローの合いの手に苛ついていたが、ちゃんと反省してばつが悪そうに黙って聞いていた。
「子どもがこん棒を持って考えなしに突っ込んでも、大人には勝てないぞ!あれがナイトなら全滅だ。ボクが君たちの能力、こん棒を上手く使う!相手チームに勝たせる!まずは信じてくれ!」
「……すまなかった。マサムネの言う通りだ」
セドが珍しく素直に謝っている。
今日の事だけではない、どこかマサムネを軽んじて話を聞かなかった自分がいる。
ちゃんとマサムネの言う事を聞いていればこんな事態にはならなかった、とセドはしっかり反省していた。
「ワタシも、最初から位置を確認してれば背中くらい合わせられたはず。ごめんマサムネ」
マリンも──
「俺が最初に突っ込んだからだ!悪い皆んな!!」
パンチも同じ気持ちだった。
しかしまたもヒーローが皆を煽って苛つかせる。
「そうだそうだ」
ドタドタドタドタッ!!
と皆の足音が響き渡る。
逃げるヒーローを怒った皆が追いかけるが、身体能力の高いヒーローは捕まえられない。
完全に遊ばれている。
「はぁっ、はぁっ、この際ヒーローはほっとこう。パンチ、なぜ技でドラゴンにならなかったんだ?」
マサムネは諦めてミーティングを続けた。
「ゼェ、ゼェ、じ、実は……技だとな、【竜】!」
パキッ…パキパキ、と変身途中のプラスチックが割れるような独特な音が鳴り、皆は終わるまで静観していた。
パンチが変身したのはまつ毛が長い、目がクリクリとした小さな竜。
可愛らしくパチパチとまばたきしている。
「か、かわいいーっ!!あの時のドラゴンだ!!」
マリンは懐かしさと可愛さで抱きついて喜んだ。
「へへ……。インプットすると、こんな風に姿が固定されて成長しないんだ。だから【変身】をインプットして想像してる。今日みたいに緊張するとたまに失敗するんだよ」
パンチは照れながらもマサムネへ一生懸命に説明しようとしている。
「上手くいった姿をインプットできないの?」
「インプットの時に上手くいかないかもしれないし、上手くできても俺のパワーは年々あがる。変身した後はパワーを込めても変身は変わらねぇんだ」
「そうか……。セドみたいな能力なら技にパワーを込めれば上がるけど、変身は固定が枷になるんだね。ふぅーっ、こういった事も含めて試合前にボクに言ってほしいんだよ」
マサムネはため息混じりにそう言いながらソファにもたれ掛かり、参った様子で目を閉じ、上を向いて目頭を押さえた。
オペレーターは小さな球体ドローンを操作して、戦闘を見ながら目の前にある端末に細かい状況を打ち込み、最適化された情報を受けとる。
その上で作戦を考え、指示を出しているのだ。
頭の中でいくつものタスクを同時に進行せねばならず、マサムネも今回ばかりは疲れてしまったようだ。
「ごめんなマサムネ」
パンチは心配になり、マサムネの肩を揉みながら謝った。
マサムネを休ませるように少し間を置いて、セドが話しかけた。
「ちょっといいかマサムネ」
「なんだい?」
「2人目のローグだが、なぜ後ろに来るとわかった?」
マサムネは目を開け、しっかりとセドに向き合って答える。
「セドは煙で相手の姿が見えなかった。けど相手も同じ条件だ。最初は位置を覚えられてたからパンチとマリンはやられたね?」
「ああ」
相手がセドを削れはしたが、倒せなかった事。
完璧な位置までは把握していなかった事。
タンクの前進。
相手のオペレーターは、確実にやるなら視界が開けた後だと考えたから攻撃が止まった事。
どう作戦を考え、どういった根拠だったのか、マサムネは丁寧に説明した。
「……なるほど、それをオレが指示を仰いだ一瞬で考えたのか?」
「一瞬……なんだけどただの消去法だよ。敵チームのやれる事をこちらができる事で潰していくだけだ」
(潰していくだけ、と簡単に言うがオレは焦ってしまうばかりで全く役に立たなかった……)
「──お前は凄いよ、マサムネ」
「ありがとう。今回はこっちが剣で相手はこん棒なのに負けかけた。これを学生たちに気づかせたかったんだ。大会は明らかに知性のある敵との複数戦を想定してる」
「想定だと?」
「学生を、対ナイト用に鍛えるのが大会の意図なんじゃないかな」
「マサムネは奴らがいつ現れると考えてる?」
「人間側に勝てる準備をするとなると、あと数年、いや……正直わからないな」
マリンは不安そうに皆を見ながら言った。
「こうしてる間にどんどん強くなってると考えめたら怖いね」
「そうだね……。でもあんな個体が今来られたら全滅だ。時間があるから予測して、対策ができる。ライゼさんがその時間をくれたんだ」
ヒーローは窓際に移動し、話を聞きながら伏し目がちに景色を見ていた。
マサムネたちが部屋でミーティングをやっていた頃、ギースとトムはホテルのバーにいた。
『カランッ』と氷がグラスにぶつかる心地よい音が響く。
トムがロックグラスを置くと、ギースはそれを見て喋り出す。
「今日は危なかったんじゃないのか?」
「だな」
「実際に戦ったらセドたちが負ける事はないだろうけどね」
「ああ、でもいい勉強になっただろうな。実際の戦闘もいつも通り戦える時なんて少ない。今日は相手に感謝だ」
「フッハ、ちゃんと先生だな」
「いつまでも部外者の感覚じゃ困る。もうギースも先生なんだぞ」
「そうだな……」
「メカリはどうしてる?」
「チームを解散したわけじゃないから、色々動いてもらってるよ」
「一緒にならないのか?」
「フッハ!こんな話をトムとするのか。色々が終わったら考えるよ」
「そうか」
「今の僕はヒーローの事が最優先だ。様子を見てくるよ」
ギースはトムの肩に手を置いて、バーテンに何かを耳打ちし、立ち去る。
「ミーティングの邪魔はするなよ」
ギースはわかっているとでも言うように手をヒラヒラと振り、そのままバーを出て行った。
「ヒーロー、か…」
トムがそう呟いて残り少ない酒を飲み干して、指でバツを示してチェックを伝えると、バーテンダーがおもむろに近づいて来た。
『お会計はこちらです』
バーテンがガンに表示した伝票には、しっかり二人分の金額が記載されていた。
「──あの野郎っ!!」