第60話【HEROバトル開幕】
【ヒーローは能力を使う気がない】
「早く行こうヒーロー!」
マリンが嬉しそうにヒーローの手を引いている。
【ライゼと同じ能力だと知られれば、ナイトはヒーローの親しい人を襲うかもしれない】
ヒーローは視界が揺れるくらいドクンと胸が高鳴るのを感じた。
アリーナ中央へ行く階段を上る五人。徐々に階段が明るくなっていく。
【しかし、ライゼ、ガービィ、エイリアス、サリー、イリオスの物語が創ったアイランドシティ・バトルアリーナは──】
一気にアリーナ中央へ駆け出す五人。
『ワァアアアアアアアアアアッッ!!』
と観客席から大地を揺らすような大歓声。
【再びヒーローに夢を魅せた】
──壮観だった。
ヒーローは頬に伝わるビリビリとした大歓声の振動を受け、ただ立ち尽くし、アリーナを見渡す。
パンチは思わず声が出た。
「う、わぁ……」
パンチを珍しく緊張させるほどの熱気、熱狂、狂騒。
先日、記者会見でヴェローチェが名指しで挙げた、アイランド学園一年生とはどんなものか。
観客席を埋め尽くす関係者、応援の学生、一般客の興味は一気に五人に寄せられる。
《さぁ、ワールドヒーローバトルシリーズ!続いての対戦は──》
アリーナ特有の煽り、低く美声なアナウンスが流れ始めた。
「あれ?」
何かに気づいたヒーローにマサムネが質問する。
「どうしたの?ヒーロー」
《なんとHERO育成校ではなく、HERO部を部長自らが立ち上げて参加し、見事勝ち上がった、ジローナ高等学校VS会見で注目を集めたアイランド学園一年生!オッズはこちら──》
「ほら、透明の防護壁が観客席だけじゃなくて階段とか天井にまで──」
中央にある広すぎるとも言えるバトルの闘技場以外を、全て防護壁が囲んでいる。
「ああ、三年前にナイトが現れたからだよ」
「ナイトと何の関係が?」
《学生の為、通常のバトルとは異なり、支給されたスーツの耐久値がなくなると退場になります!》
「万が一の時は避難場所に使われるんだ。政府が予算を出して全てを防護壁で囲んだんだよ。天井も救助で使う為に開くらしい」
「避難……。そうか、必要だよな」
三年前にいた生徒たち、そしてヒーローにとってもまだ辛い言葉だ。
「ヴィゴは対戦で被害を気にせずハリケーンアッパーを使えるから、余計に強くなったんだ。未だにチャンピオンだよ」
「そうなのか……」
《HEROバトルですので、バトルもオペレーションあり、3対3の複数戦!》
「最近、バトル見てなかったんだね。あんなに好きだったのに」
「ああ……。そして何故かここに立ってる」
《ここからはマイクが音声を拾ってアリーナ中に流れますので、学生の皆さんは会話に注意して下さい!特に個人情報や不適切な──》
サリー、エイリアスはオーナーシート、ガービィやヴィゴは観客席から、トム、ギースは関係者用に解放されたプラチナシートでそれぞれ試合を見守っていた。
「ギースッッ!!」
トムの怒鳴り声にギースはビクッと反応して、目が泳ぎだす。
「ギース、公務員は賭博禁止だ」
あろうことかギースはヒーローたちに大金を賭けようとしていた。
「でも僕はHEROでもあるし──」
「ダメだ!どこまで金にがめついんだ」
「……すまない」
しゅんとするギースに呆れるトム。
どうやらこの関係性も研修生の時から変わっていないようだ。
《それでは、オペレーターはプラチナシートからお願いします》
ルール、注意事項の説明も終わり、マサムネとヒーローはオペレータールームに見立てたプラチナシートへと移動。
《今!!ゴングです!!》
静寂、そして──
カァアンッ!!
とアリーナ中を反響してゴングが皆の耳に届くと、歓声とも、怒号とも、暴風とも聞こえる音がセドたちを通り抜けた。
〈いいかい皆んな。相手は【タンク】と【ローグ】二人だ。タンクが正面に──〉
パンチはインカムから聞こえるマサムネの指示を最後まで聞かずに突っ込んで行った。
「任せとけ!【変身】!!」
〈まだだよパンチ!そんな事したらローグが!!〉
よりによってパンチの変身は失敗。
大きく太ったドラゴンとなってマリンとセドの視界を塞いでしまった。
「パンチ!どけ!」
〈ダメだセド!パンチと背中を合わせ──〉
セドはたまらず左に行き、右手を前方に向け、いきなりファイアボールを打つ。
「ファイアボール!」
〈こんな至近距離じゃ……!〉
前方へ飛んで行く手の平大の炎が二つ、三つ、四つ、まだまだ爆発音は続き、煙で三人は敵チームを視認できなくなってしまった。
【ローグ】は音も立てずに近づき、近接戦闘が得意な能力で、特に【ハイド】と呼ばれる気配や姿が消える技が特徴的。
息を止めている間のみの、長続きしない技として有名だが、短期勝負では対処が難しく厄介な技だ。
そんな相手に視界を失った状態の三人。
〈三人とも今すぐ背中を合わせるんだ!〉
「そんな事言ったってどこにいるか……」
マリンがそう言って辺りを不安そうに見渡した瞬間──。
「キャアアアッ!!」
ビーッ!ビーッ!
と警告のような音が鳴りマリンがのスーツがロスト。
あっけなくスーツの耐久値を超えて退場になってしまう。
「もう終わり!?」
衝撃はあったが姿が見えない。
マリンの初戦は何をされたのかすらわからず、あっけなく終わった。
〈マリン、退場だ。パンチ!早く変身を解いて!〉
これではただの的だ。
マサムネが注意するも一足遅く──。
ビーッ!ビーッ!
とまたも警告音がなる。
「はぁ!?俺はまだ大丈夫だぞ!?」
パンチがスーツから出る音に文句を言う。
WHBSは大人のバトルと違ってダウンするまでは続けない。
学生を守る為だ。
あくまで試技の場、大会なのである。
〈パンチも退場だ!スーツの耐久がなくなったら終わりって言ったろ!?〉
マサムネは焦る。
これで二人を失った。
作戦どころではない。
「くっ!ファイア!!」
〈まだだよセド!!〉
焦って出したただのファイアがとんでもない威力と範囲だ。
さらに煙が上がってしまうが、たまたま当たったのか相手チームの警告音が鳴る。
運良く敵のローグ一人がロスト。
だがこの隙にセドはローグに削られていた。
耐久値は40%を切っている。
(削り切れなかった?相手も正確な位置までは把握していない。それなら──)
こんな事態でもマサムネは冷静に状況を分析していた。
相手のタンクがゆっくりと前進。
セドはまたも勝手に移動を始めようとする。
〈セド!!いい加減にしろ!言う事を聞くんだ!〉
「マサムネ……どうすればいい!?」
こうなればさすがにセドもマサムネの指示を仰ぐしかない。
〈タンクの正面からローグは来ない!2秒後、後ろにファイアウォールを!〉
(タンクの前進はオペの指示だろう。
確実にやるなら視界が開けた後だと考えたから攻撃が止まったんだ。
向こうからすればローグは唯一の攻撃役で、失いたくはないはずだ。
前から来る事は……ない!)
直前にセドのあんな範囲の技を見せられたら、なおさら前には立たないし、オペなら技の動線に入らせない。
姿が見えたら真っ先に後ろに回る。
だが先に技を打てば逃げられる。
マサムネはそう確信して指示を出したのだ。
2秒後、視界が開けてセドは後ろにファイアウォールを放つ。
「ファイアウォール!」
敵のローグは広範囲に渡る炎の壁に突っ込み、ロスト。
〈後はタンクだ!耐久は高いがセドなら大丈夫!範囲が広い技で!!〉
「ファイア!!」
セドが任せろと言わんばかりに火力を込めて辺りを焼き払う。
一対一なら負けるセドではない。
タンクもロストし、戦前予想の楽勝どころか何とか勝利を拾った初戦。
三人には何とも苦いデビュー戦となってしまった。
《勝利はアイランド学園!セド選手の奮闘で何とか勝利を掴み取りました!!》
アナウンスに反応して、このわかりやすい逆転劇にアリーナは大いに沸いていた。
この日一番の大歓声がセドへと送られた。