第6話【二重ホール】
研修生がライゼに目を輝かせながら言った。
『No.1と2は不動ですね』
「最近の子はお世辞が上手いなー。って、討伐に申請がいるのか?」
「聞いてたスか? ナンバーはいらないんスよ」
「申請ってどこですんの?」
「N.A.S.H.ギルドっス!」 『ギルドです!』
ガービィと研修生たちは、当然のように声を揃える。
「政府は民衆にわかりやすく、アニメや漫画で馴染みのある言葉──H.E.R.O.、ギルド、モンスターなんて単語を使ってるだけで、実際は法律でガチガチなんスよ。ライゼさんが特例なだけっス」
ガービィはライゼに向けるように話しながら、教え子たちにもしっかり聞かせるように説明した。
「そうか。結構優遇されてたんだな。ありがたいな」
ライゼがあっけらかんと笑うと、ガービィは少し肩をすくめながらも誇らしげに返した。
「普通のN.A.S.H.は大変なんス」
その時、研修生の一人がふと疑問を口にする。
『ガンも正式な名前ってあるんです?』
二人は一瞬顔を見合わせる。明らかに答えに詰まっている。思い出そうとするが、記憶の引き出しは開かない。
「……」
「……」
『……?』
結局思い出せず、二人は意味ありげな真剣な顔を作り、無視する事にした。
──
「長いな」
「妙っスね」
しばらく歩いても通路が終わらない。普通ならとっくにホールに着いているはずだ。二人の表情に緊張が走る。
「伏せろ!!」
ガービィが鋭く叫んだ。その直後、こん棒のようなものが猛スピードで飛んできた。
それは常識的なこん棒の威力ではなかった。壁に激突し、跳ね返って通路を駆け抜ける。
研修生たちは地に伏し、周囲を警戒する。
「チィッ、長さで気付くべきだった! 二重ホールだったか!」
通路の途中に隠されたホールへの入り口──隠されたそれを見抜けなかった。
ガービィは周囲を見渡し、すぐに判断を下す。
「みんな無事か!? 先へ走れ!」
通路での挟み撃ちは避けなければならない。
研修生は前方、パワーが計測済みのホールへ。未計測のホールで戦うより遥かに安全だ。
「ギギ……ギ」
不気味な歯軋りのような声が響き、ゴブリンの群れが姿を現す。肌は緑、耳は尖り、感情の読めない黒目のない目。
「ゴブリンっスね」
「俺がやろうか?」
「いえ、ライゼさんは研修生へ」
ガービィは、信頼するライゼに研修生を託す。
「任されたっ──」
二人はすれ違いざまに手を出し、指先で軽く音を立てた。ライゼは振り返ることなく、研修生たちと先を急ぐ。
「ここは通さん。ハァッ!」
ゴブリンの前に立ちはだかるガービィの体が、薄い光に包まれる。その巨体はさらに威圧感を増し、敵の群れを前にしても一歩も引かない。
【パワーアップ】
それは筋力の向上ではなく、パワーそのものを引き上げる能力。
水で火を消すことはできても、大火なら話は別だ。パワーこそがこの世界では何よりも重要な要素だ。
「パワーショット……」
ガービィは左手で右手首を掴み、拳に力をため、技の名前を呟くように一撃を放った。
通路全体に広がる衝撃波がゴブリンたちを吹き飛ばし、その体を構成する粒子が霧のように消えてヘビ本体へ戻っていく。
活動を停止したヘビが、数十体、床に転がった。
「ふぅ……」
一息つき、ガービィはガンを手に戻ってきた道をたどる。
そして、別のホールへの入り口を探し出し、迷わず足を踏み入れる。
到着した先は、四角く広々とした真っ白な部屋──体育館ほどの広さだ。
間違いなくホールだ。
だが、何かがおかしい。
敵がいない。
ホールに潜むはずの敵の気配が消えている。そんなことは本来あり得ない。再び通路へ戻り、倒したヘビの中から赤い個体を探す。
見つけた。赤いヘビだ。
赤い個体──それは通常の【ヘビ】とは一線を画す、いわば“種”だった。
一体の赤は、一定時間ののち、さらに二体だけ赤を生む。
そして生まれた二体は、本能のようにホールを離れ、それぞれ新たな“巣”を築く。
その巣でまた赤い個体が生まれ──。
まるで有機的な分裂。
地球を喰らい尽くすかのような、静かなる侵略。
その連鎖のすべてが、“ホール”という形で地上に現れる。
数百年経った今なお、ヘビを完全に殲滅できていない理由でもある。
「くっ! やはりか!」
ガービィは顔をしかめる。このホールこそが、計測されたパワー1500のホールだったのだ。
つまり、ライゼたちが向かった先は未計測。パワー不明のホールだ。強すぎるモンスターがいたら、研修どころではない。ライゼがいるとはいえ、任せきりにはできない。ホールの深さは浅い。今ならまだ間に合う。
ガービィはすぐさま走り出した──研修生たちのもとへ。
──
一方、ライゼたちは既に最深部へと到達していた。
そこはもはや体育館というより、白一色の、まるでコンサートホールのような巨大空間。
その奥から、蠢く気配──圧倒的な“何か”が近づいてくる。
ライゼは直感で危険を悟った。
「ここは……研修中止だ」
無数のゴブリン。そして奥には、見たこともない得体の知れぬモンスターの気配が渦巻いている。
「僕が行きますよ」
「待て、俺が──」
ギースはライゼの言葉を聞かず、前に進み出た。
「ライゼさん!」
焦った様子で、ようやくガービィが追いついた。
「ガービィ。先生として、止めなくていいのか?」
ライゼが問うと、ガービィは自信を込めて言った。
「ライゼさん、あいつは──」
ギースが走り出す。
「──俺と同じ能力っス」
そしてその手に力を込めた──
「パワー……ショット!!」




