第53話【残響】
ヒーローがパパの左腕に手を伸ばした──その刹那。
指先が触れた瞬間、左腕は弾けるように実体を失い、眩い雷光へと変わった。
「──ッ!?」
閃光は奔流となり、一直線にヒーローの胸元へと吸い込まれる。
全身を稲妻が駆け抜けた。
直後──
ヒーローの身体から、天を貫くように雷撃が放たれた。それはまるで、空そのものを引き裂く一閃。
轟く間もなく放電は収まり、風が頬を撫でて通り抜けていく。
ヒーローはその場に膝をつき、ゆっくりと瞼を閉じた。まるで眠るように、静かに意識が落ちていった。
「ヒーローッ!!」
駆け寄ったセドが、彼を抱き上げる。
「無事か……」
息はある。安堵の吐息と共に、あの瞬間を思い返す。
空を裂いた稲光。圧倒的すぎる力。
「あれは、ヒーローが……?」
呟くように言いながら、セドは空を仰いだ。
──
《我々は……取り返しのつかない過ちを犯したのかもしれません》
《ナイトと名乗る、かつてない脅威。そして、その敵に唯一抗える存在……。最強のN.A.S.H.を、自らの手で拘束してしまった──》
《その結果──》
《我々は、かけがえのない存在を……失いました》
街の大型モニター越しに流れるニュース。
キャスターの声に滲んだ悲壮感が、報道の枠を超えて人々の胸に重く響いていた。
──
ヒーローは、数時間後に目を覚ました。真っ暗な自室。窓の外はもう夜だった。
「……パパっ!」
飛び起きた勢いのまま、辺りを見回す。どこにも、あの姿はない。
──夢だったのか。そうであってほしい。
だが、扉を殴った拳の傷が疼き、泣き腫らした目が熱を帯びたまま、体に残る疲労がすべてを語っていた。
現実だ。
気力の尽きた体を引きずるように、リビングへ向かう。
確かめなければ。
そう思ってガンを握りしめ、ニュースをつけた。
《──を失ったショックは大きく、街では追悼の声が──》
画面に映る父の姿に、喉がひゅっと詰まり、視界が揺れた。
「夢じゃ、なかった……」
そのとき、微かに泣き声が聞こえた。
サリーだ。
寝室の奥で、嗚咽をこらえるように泣いている。
「ママ……?」
扉の前でノックしてみる。だが応答はない。ヒーローの目覚めにも気づいていないようだった。
沈黙が、やけに深く胸にしみる。
──お腹が鳴った。
何も口にしていなかったことを、ようやく思い出す。だが、それ以上に──心が空っぽだった。
キッチンへ向かい、戸棚を探る。出てきたのは、レトルトのライゼカレー。
レンジに入れて、温めボタンを押す。
ヴゥーン……。
こもった音が、静まり返った空間に響く。なぜだか、その音だけが今は救いだった。
《CMの後は引き続き、現場からの中継を──》
ふと視線を戸棚に戻す。じわりと視界が歪む。
──
『パパー、高すぎて届かないって』
『そうか? 背伸びしてみたら?』
『やっぱり無理……』
『ハハハッ、じゃあ下に入れ替えとくな? すぐに届くようになるんだろうなー』
──
チン──
レンジが軽く鳴り、現実に引き戻された。
ヒーローは、そっと取り出す。しばらく食べられなかった、あのカレー。意地を張って避けてきた味。
でも──今は食べたい。強くなりたい。
心が消えそうだったから。
一口、口に運ぶ。
メディアはここぞとばかりに、ライゼのCMを繰り返し流していた。
《──ライゼカレーを食べて、君も最強のN.A.S.H.になろう!》
ホログラムの中、父の笑顔が空に浮かび、軽快な音楽が明るく流れる。
それが胸を突いた。
次の瞬間、堰が切れたように大粒の涙が頬を伝った。
「ぐぅ……ぅうっ……!」
一口、また一口。涙が止まらない。
「……パパの、嘘つき。……全然……強くなれないじゃないか……ぅぅ……」
久しぶりに食べるライゼカレーは、しょっぱくて、あたたかくて、悲しかった。
──そして、長い長い一日が、ようやく終わった。
ヒーローは十三歳にして父を失い、世界はその日、最強のN.A.S.H.を失った。
──
時は流れ──。
玄関先。
ヒーローはシューズクローゼットから無言で靴を取り出し、背後のサリーに顔を向けることなく言葉を落とす。
「行ってきます、母さん」
「忘れ物は?」
「もう子供じゃない」
「……まだ子供よ」
返事はなかった。
ヒーローは勢いよく靴を履くと、そのまま振り返ることなく、静かに扉を開けて出ていった。
いつの間にか広く、逞しくなったその背中は、どこか遠く、寂しさを滲ませている。
ヒーローは、高等部へと進学していた。




