第53話【それぞれの喪失】
あれから三年。
世界はやっとライゼの喪失から立ち直りつつある。
アイランドシティも高くそびえるビル群が建ち並ぶ、立派な街になっていた。
世界の中心はバスカルからアイランドシティへと移り変わろうとしている。
ヒーローは能力の影響からか、髪が全て白くなっていた。
髪も伸ばし、ますますライゼと似てきている。
昔と違うのは、表情だ。
暗く、尖った、刺のある表情。
足早に登校するヒーローを学園前で見つけ、マリンは嬉しそうに声をかけた。
「おはよう、ヒーロー」
「ああ、おはよう」
顔はマリンへ向けるが、流し目でそっけない返事をするヒーロー。
「おい、ヒーロー」
セドが後ろからぶっきらぼうにヒーローを呼ぶが、顔も向けず、返事もしない。
「WHBSにメンバーとして出ろ」
用件を手短に伝えると、ヒーローは気だるそうにセドの顔を見た。
「何で俺が……。ファーストだけで出場したらいいじゃないか」
ワールドヒーローバトルシリーズ。
学生が個人、またはチームでバトルの世界一を競う大会である。
元々アイランド学園で開催し、近所のHERO育成校で競っていた対抗戦。
あの事件の後、規模が大きくなって世界中の育成校や一般の学校からも参加可能となり、今ではバトルアリーナで開催されている。
学生たちの本気とあって感動を呼び、今や本家のバトルシリーズに引けをとらない人気を博していた。
「補欠でかまわないから出ろ」
「俺は……HEROにはならない」
そう返答してヒーローはすぐにその場を立ち去った。
「……セド。無理よ、あれからヒーローは──」
マリンがそう言うとセドは大きな歯軋りをする。
「そんなわけはない!あいつがHEROの夢を捨てるなんてことは……!」
認めない、セドは認めるわけにはいかなかった。
「でも……」
「ここはHEROを育成する場所だ!諦めたならなぜ辞めない!?」
「私に怒鳴らないでよ」
「……フン、遅れるぞ」
セドは勝手に会話を終わらせて学園へ入って行った。
「なっ、自分が……もう!」
二人に振り回されてマリンは朝から不機嫌になってしまう。
あれからヒーローは能力を使わなかった。
ただの一度も。
ライゼの話題になると不機嫌にもなった。
学園の生徒も変わった。
ライゼの言葉もあり、能なしとバカにする生徒は少なくなった。
しかし三年が過ぎた今も、ヒーローの心は未だあの時に囚われたまま──
ガービィの崩した校舎もすっかり新しくなっていた。
政府は悪魔のような人型のモンスターを総称して【ナイト】と命名。
ナイトの宣言通り、戦力が整ったホールが可視化された。
可視化されたホールには必ず【ナイト】がいたが、あの時の喋る個体は見つからなかった。
各メディアはHEROたちがホールに潜る様子を放送したが、ナイトに勝てるのは上位ナンバーだけ。
一年も経つ頃には普通のHEROは挑戦すらしなくなり、まだ可視化されていないホールをガンでスキャンし、潜るという以前と変わらない活動に戻って行った。
たまにモンスターが街へ出現するが、増殖個体であるナイト自身がホールから出る事はなく、一応は平和な状況を取り戻したといった感じだ。
しかしいつ大挙して押し寄せて来てもおかしくない。
三年前のように──。
学園長は登壇してこれらを全生徒に再確認してもらう為に説明をしていた。
「ナイトという敵が残した言葉。この体は時間さえあれば作れると……。時間はまだあるのかもしれないし、ないのかもしれない」
ナイトを相手に戦うであろうこれからを担うHEROたちへ、少しでも伝えようとしているのがわかる演説だ。
「確実に言えるのは、その時ナイトたちに立ち向かうのは君たちです。是非、世界の希望になるHEROを目指して励んで下さい。えー、私からは以上です──」
新校舎で学園長の長い話が終わり、新任の教師が紹介された。
「我が学園にですね、なんとNo.1HEROが教師として赴任する事になりました。こちらへ」
登壇して来るHEROを見て、一気に生徒たちがざわつく。特に女生徒が騒がしくなった。
「この度アイランドシティ学園に赴任した、ギースです。主にバトル技能を教える事になると思います。これからよろしくお願いします」
『キャアアアアッ!!』『こっち見た!』
まさに黄色い声援。ギースはNo.1へと立派に成長し、教師として学園へと戻ってきたのだ。
(ヒーローはどこにいるんだ……?)
ギースは深くお辞儀をして壇上を後にした。
教室に戻ったヒーローたちは、ついにHEROスーツが配られる。
高等部まで待ちに待った、憧れのスーツだ。教室は一気に生徒たちの活気で溢れた。
HEROスーツはどんな服にも変異可能であり、はしゃいでいる生徒たちは家に帰ったら好きな服をダウンロードして遊ぶのだろう。
トムが全員の机の前にスーツを配り終える。が、何故かヒーローには配られなかった。
「進学の時、皆さんの親御さんが選んだスーツです。三年間大切に使うようにしましょう。スーツには自己修復機能がありますが、ケースに入れないと汚れまでは落とせませんからね」
そう言うとトムはヒーローの元へ歩いて行った。
トムが豪華な箱に入った真新しいスーツをヒーローの目の前に置く。
スーツの箱に書かれてある文字を見て、周囲の生徒が羨ましそうに話し出す。
『あのスーツ……!』『SHS.E400だ!!』『羨ましすぎる……』『うちのはSHS120だ』『あれ自己修復五秒らしいぜ』『初めて生で見た』『後で見せてくれよヒーロー!』
セルフ・ヒーリング・マテリアルを使ったHEROスーツの最高峰。
傷がついても自己修復がなんと五秒で完了する優れもの。
SHS・Eはナンバー御用達のスーツである。
その新作、最上位の品ともなれば豪邸が買えてしまうくらいの値段だ。
「ガービィさんがヒーローへ購入したスーツです」
「……どうも」
「ヒーロー……」
トムは言葉が続かない。
三年もの間ずっと探しているが、ヒーローにかける言葉が見つからないのだ。
(教師として、ヒーローを癒す言葉を送れたら。
いや、そんな言葉があるのだろうか……)
「何です?」
「いえ……皆さん!新しいスーツを着用して演習場へ!実戦形式で授業を行います!」
演習場へ向かう途中、ギースはふいにヒーローと再会する。
「……!!」
声をかけようとした瞬間、言葉が詰まってしまった。
(なんて事だ。
これがあのヒーローなのか……?
明るく、笑うと周囲にまで幸福を振り撒いていたヒーローが、こんな……)
ヒーローの暗く、悲壮感の漂う目。ギースは胸が張り裂けそうな思いだった。
「どうも」
ヒーローはそれだけ言うと再会など気にも留めず、事もなげに通りすぎた。
「ヒーロー……」
遅れて演習場に着いたギースは目の前の光景に目を疑った。
「エアカッター!」
トムはエアカッターを放ち、三つの風の刃が生徒を襲う。
『グァアア!!』
一つ目の刃はかろうじて避けたものの、残りの刃に当たって吹き飛ばされてしまった。
「トム!!」
ギースは驚き、急いでトムを止めに入る。
「ギースか、どうした?」
「いくらスーツを着てるとはいえ、厳しすぎだ!」
「優しいくらいだ。俺に負けるようでは話にならない」
「高等部と言ってもまだ16になったばかりのほんの子どもだぞ!?」
「──ギース、ここでのそれは優しさじゃない。この子たちを一人前にする事こそ優しさだ」
「怪我をしたらどうする!!」
「ではたった今ナイトが再び現れたらどうする?俺たちはあの強さを見たじゃないか」
「っ!!それは……」
「怪我どころではない。この子たちを失う事になるんだぞ」
「…………」
「俺たちには時間があるのかさえわからないんだ」
「……すまなかった。続けてくれ」
トムが実戦訓練へ戻ると、ギースは座っているヒーローの所へ向かった。
「ヒーロー、訓練はしないのか?」
「ギース…さん……」
「久しぶりだね、ヒーロー。こうしてちゃんと話すのはアリーナ以来かな」
「そう……かな」
「相手をしようか?」
「いや、いいよ。もうHEROになる気はないんだ」
「……そうか。ヒーロー、気持ちはわかるがそろそろ前に進んだらどうだ?ライゼさんも──」
「あっ、馬鹿──」
セドがライゼの名前に反応して止めに入ろうとするが遅かった。
ヒーローはギースの胸ぐらを掴み、前腕で首を押して壁に打ちつけた。
「ぐっ……!(なんだこの力は…!!)」
「ギースさん、俺にはわからないよ。どうしたらあんたたちみたいに父さんを忘れて前に進めるんだ!?」
悲しい。とても暗く、悲しい顔だった。
もう幾度聞いたであろう。
前に進め、元気を出せ、落ち込むな。
ヒーローはその度に胸が張り裂けそうな思いだった。
周囲が立ち直っていく様を見ると、大好きだった父を忘れられていく気がして、寂しかった。
「わ、忘れてなど……!!」
「俺は構ってほしいんじゃない。もう口を出してこないでくれ」
ヒーローはギースを投げるように離して立ち去った。
事態が飲み込めていないギースへセドが事情を説明する。
「ギースさんがあいつとどんな関係かは大体わかりますよ。でもダメなんだ。あいつはライゼさんの名前を出すと、この三年ずっとあんな調子で──」
「僕だって、完全に立ち直ったわけではないよ……」
「っ!!」
そっとセドの肩に手をやり、ギースはその場を後にした。
ギースもまだ深い悲しみの中にいた。
しかし責任感の強いギースは、若い時に誓った事を忘れてはいなかった。
ヒーローを守る。
【ギース、お前達の世代が俺の息子を守ってくれると信じてる。嫌味ではなく、本当に期待してるぞ】
ギースは研修の時にライゼから言われた言葉を思い出していた。
トムもいる。メカリも共にナンバーとなった。
本当にライゼさんの言葉を実現させてみせる。
ヒーローのあの姿を見て、改めてそう誓ったギースだった。
「今が、その時だ……!」