第5話【ホール】
「これが……」
ギースは興奮を抑えきれなかった。緊張すら凌駕する、自分自身への期待。この研修を終えれば、幼い頃から夢見てきたN.A.S.H.という舞台に立てるのだ。
他の研修生たちもまた、それぞれの思いを胸に高揚していた。その様子を見て、ガービィは彼らにホールの危険性を再確認させようと、静かに口を開いた。
「いいか、安全が第一だ。学科で習ったことを思い出せ。【ヘビ】が何に変異しているか、わからんぞ」
体長十センチほどの細長い鉱物のような【ヘビ】── それは単純なAIを搭載した機械であり、自己増殖が可能。
人間を攻撃するためだけに存在し、人間が本能的に恐れる存在へと変異する。創作物の怪物、伝承の魔物、神話のドラゴンさえも模倣することがあるのだ。
「奴らには感情も戦略もない。大きさも強さもバラバラだ。何に変異しているかは中に入るまでわからん。最近じゃドラゴンまで出現している」
研修生たちがざわつくが、ガービィは構わず続けた。
「このホールのパワー計測値は1500程度。研修生でも十分対処可能な数値だろう。ただし、一般成人男性の平均パワーは100程度。つまり、十五人に囲まれてると考えろ。気を抜くな」
少しでも伝わるよう、まだ幼さの残る研修生たちに向けて、ガービィは言葉を丁寧に選んでいた。
「“だろう”とは?」
ギースが低く問いかけた。質問というより呟きに近いその言葉にも、ガービィは真剣に応じた。
「外部からのパワー計測は誤差が出る。ヘビの変異種や数、大きさ次第では、実際の内部はまったく異なる環境になってるかもしれないからな。パニックを起こせば、それだけで死ぬ」
ガービィの言葉に、ライゼが軽く補足を加える。
「そのための“ガン”だ。強さに違和感を覚えたらすぐ計測するんだ。むやみに突っ込むなよ」
ガンはパワーを可視化する道具としても機能する。初歩的だが、命を守るための基本だ。
「わかりました」
ギースは短く返事をしたが、その声音には冷たさがあった。初対面の親バカぶりのせいか、それとも以前から何か思うところがあったのか。ライゼへの敬意は感じられない。
ライゼはガービィと目を合わせて、わずかに苦笑いを浮かべた。
「メディアがどれだけあなたを神格化しようと、ここで僕の方が優れていると証明してみせます」
背を向けながら放たれたギースの言葉に、ガービィが即座に反応する。
「ギース!ライゼさんに向かってなんて口を──」
怒号が響き、全員が一瞬で静まり返った。 だがその言葉を、ライゼが穏やかに制した。
「ガービィ」
「……っス」
ライゼの目に怒りはなかった。ギースの態度から、彼がただの無礼な若者ではなく、何か強い信念を持っていることを見抜いていた。
「ギース、お前たちの世代が、いつか俺の息子を守ってくれると信じてる。本気で期待してるよ」
「っ……!」
言い返されるものと思っていた自分に返された信頼の言葉。ギースは動揺を隠せなかった。
──
一行はホール内部へと進み始めた。足音が大理石を打つように反響する。照明はないが、空間全体が淡く発光しており、互いの姿ははっきりと見える。
『これを……全部ヘビが?』
白く舗装された人工的な通路。あまりの整然さに、研修生たちは戦慄と驚嘆を覚えた。
「ギース、なぜあんな態度をとったんだ」
ガービィが横に並び、歩きながら問いかける。
「……自分でもわかりません。あの軽薄な態度に、苛立ってしまって。ガービィさんがどんなにあの人を尊敬してようと、僕には、あなたの方が強く見えます」
「ガッハハ!筋肉だけはな。 ……ま、わからなくもない。普段もあんな感じで何考えてるんだか……」
「僕には、正直まだわかりません」
ガービィは笑ってギースの肩を軽く叩き、ライゼのいる後方へと戻った。
──
「さっきのギースの態度っスけど……」
「フォローはいい。わかってるよ」
「……っス」
「ギース、優秀なんだろ?」
「そりゃもう! 近い将来、俺を抜くかもしれないスよ」
「本当か? ……楽しみだな」
「でも、No.2は譲れねぇんスよ。ライゼさんを支えられるのは俺だけっスから!」
自信に満ちた口ぶり。 そんなガービィの声を背中に受けながら、ライゼは静かに笑った。
研修生の一人が素朴な疑問を口にした。
『なんで“ホール”って呼ぶんです? 学科では……』
「ああ、正式名称は『討伐拠点調査対象地域』だな。長いから現場の人間は“ホール”って呼んでるんだ」
『慣習なんですね。現場独特の』
「そういうことだ。ちなみに、N.A.S.H.の中でも【ナンバー】だけが申請なしで討伐できる。能力での移動も許可されてるしな。他にもライゼさんだけは特例がいくつかある。例えば──」
『ナンバーかぁ、いつかなれるのかな』 『なれたらいいな!』 『そしたら億万長者だーっ!』 『やましい動機だな、俺は犯罪者を捕まえるんだ』
「ちゃんと聞けよ……」
H.E.R.O.管理局によって数値化された“貢献度”と“パワー”を基準に選ばれる上位十名──【ナンバー】。その称号は、全ての若者の憧れだった。
この日、研修生たちは知る。
ナンバーの桁違いすぎるパワーを──。
大体2000~3000文字くらいで更新できればと考えています。
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