第4話【研修生】
「ああ、名前は──【ヒーロー】だ」
「ガッハ! “英雄”とは、また豪気な名っスね。……でも、能力なしって聞いたスけど?」
ライゼの息子に能力がない──そのニュースはすでに全世界へと広まっていた。
だが、ライゼは一切の悲観を見せず、きっぱりと応じた。
「心持ちの問題だよ。N.A.S.H.になるかどうかは、問題じゃない」
「……スね」
──
ロビーでは、研修生たちが姿勢を正したまま、整然と立っていた。
ライゼの姿を認めた瞬間、空気が波立つようにざわめきが走る。
『ら、ライゼだ……!』 『研修残っててよかった……!』 『あれが……No.1』 『本物だ!』 『サリーさんも!? カード買ったばっかり!』
──無理もない。
この時代、N.A.S.H.の中でもトップ層は、アイドル的な人気を誇っていた。特に十八歳──高等部を卒業したばかりの研修生たちにとって、ライゼはまさに“神格”に近い存在だ。
N.A.S.H.専用スーツは自己修復機能を備え、自在に服装を変化させるラバー状の素材で構成されている。胸部にはカメラが内蔵され、日々の活動はリアルタイムで中継される。
そんなヒーローたちの姿を見て育った彼らにとって、ライゼとサリーは憧れの象徴だった。
「待たせたな。今年の一位、前へ」
ガービィの号令に、ひとりの青年が前へと進み出る。
金髪に浅黒い肌、スラリとした体躯に研ぎ澄まされた視線──ギース。
彼こそが、N.A.S.H.候補生を育てる【アイランド学園】の首席だった。
この研修には、No.1N.A.S.H.であるライゼが同行し、No.2のガービィが教官として引率する。まさに特別な育成プロジェクト。その中で、ギースは例年を超える評価と期待を背負う存在だった。
「これから実地研修に入る。ギースを中心に行動してもらう。ライゼさん、一言お願いします」
その時だった──
「おぎゃああ!」
「はーいはーい、空気が汚いでちゅね〜、早く上に行こうね〜」
『……!?』
突如、赤ん坊をあやす“親バカモード”に突入したライゼの姿に、ロビーの空気が凍りつく。
「パパ……パパ! みんな見てる。すっごく見てるから、私があやすから、お願い、挨拶して」
「え? ああ……」
渋々子どもから引き剥がされたライゼは、この世の終わりのような顔でギースに向き直る。
「よろしくな、ギース」
「……はぁ」
ギースの目は、まるでライゼの功績すら疑っているようだった。
「……ええと、おはよう。皆、今日が初めての……ホール潜入だな」
ライゼはうわの空のまま、独り言のように言葉を続ける。
「マザーが生んだヘビが暴れ出して、早何百年……。初めては不安かもしれないけど、俺がついてるしんぱいしなくていい。いや、むしろおれがいかないほうが──」
声は次第にくぐもり、視線は宙をさまよう。研修生たちが戸惑い始める中、ガービィが小声で呟いた。
「……調子が狂うスよ、ホント。サリー、上に行っててくれ」
「わ、わかりました。ごめんなさいっ!」
サリーが慌てて頭を下げてエレベーターへ向かおうとする。が、それをライゼが止める。
「サリー。念のため、コピーしといてくれ」
「うん」
サリーの能力──【コピー】。
触れた相手の能力を再現する。ただし、同じ能力は一日に一度しか使えず、効果は三十分間。
だが、彼女はその限界すら戦力に変える。
複数の能力をストックし、状況に応じて瞬時に切り替える。近接戦闘、支援、防御、制圧──あらゆる局面に対し、常に最適な力を繰り出した。
一つの能力が切れても、次がある。
そして何より──切り札は、ライゼの能力。
パワーこそ本物に及ばないが、それでも他のN.A.S.H.を圧倒するほどの力。
彼女が戦場にいるだけで、戦況はがらりと変わる。
『うお……』 『今の、撮ってた?』 『生サリーすげぇ……!』
「よし、何かあったら、その力でヒーローを守ってくれ」
「うん。気をつけて、いってらっしゃい」
「おう!」
サリーがエレベーターに乗り、名残惜しげに見送るライゼも──乗ろうとした瞬間。
「コラコラコラコラ!」
鼻を垂らしながら、ガービィに襟首を持たれ、引きずられる最強の男。サリーは苦笑し、研修生たちはどよめきを飲み込んだ
ロビー前には、巨大なドローンが待機していた。
軍用車さながらの装甲を備え、超電導と反磁性によって空を浮かび、地上では巨大なタイヤであらゆる地形を踏み越える。
研修生二十名を乗せても余裕のある、まさに戦場への揺籃だった。
──
車内が静まり返る中、ガービィがようやく口を開く。
「……そうイジけられると、やりづらいスよ」
「ハハッ、悪かったな。お前にも立場があるだろうに」
ライゼが意外にも素直に謝罪する。
「そ、そんなつもりじゃ……いつものライゼさんであれば……」
──
ドローンはアイランドシティを発ち、山道を揺られながら北西へ約四十分。
人工物の影もない、ただの丘のような場所に到着した。
「よし、いつも通り俺は後ろに回る。ガービィ先生、頼むぞ」
ライゼから先生と呼ばれ、ガービィが気合いを込めるように地面を踏みしめて、研修生たちに声を張り上げた。
「着いたぞ! ここから先は演習じゃない、実戦だ!」
『はい!!』
「まずは──ガンでホールの入り口を探し出せ!」
ホールは光学迷彩で隠され、目視ではまったく発見できない。
ガンと呼ばれる拳銃型ツールは、黒く無骨なデザインで、後部に装着されたタブレットであらゆる機能を操作する。ホールの索敵、連絡、パワー測定、他のN.A.S.H.との連携──すべてを担う多機能デバイスだ。
今や市民すらこれを腰に提げている。
やがて、一人の研修生がガンを掲げて叫んだ。
「あぁっ!反応がありました!」
「よし、撃て!」
光学迷彩がはがれると同時に、目の前の大気がズン、と重くなる。 見えざる何かが、深く、底知れぬ闇の口を開けたようだった。
息を呑む研修生たち。
こうして、今年もまた──
N.A.S.H.候補生たちの最終試験が幕を開けた。




