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第33話【ガービィの過去】

 《決まったぁあああッ!! もうダメかと思われたその瞬間──起死回生の一撃ッ!! 現役チャンピオン・ヴィゴ、見事な勝利です!!》


 実況の声が裏腹に、アリーナは不気味なほど静まり返っていた。つい先ほどまで熱狂の渦に包まれていた観客たちが、今はただ沈黙している。


 ──誰の目にも明らかだった。そこにあったのは、決着ではなく“違和感”。


 圧倒的な実力差。理不尽な一撃。ガービィの崩れ落ちる姿。


 勝者とされたヴィゴですら、どこか困惑した表情を浮かべている。


 《やはり! やはりヴィゴの勝利! チャンピオン防衛成功です!!》


 その言葉に続くのは──まばらな拍手。戸惑いが、場内にじわりと染み込んでいく。


 違和感を覚えたエイリアスは闘技場のマイクを切る。


「ガービィ! ガービィ!!」


 ヒーローの叫びが、その静けさを切り裂いた。泣きながら何度も名前を呼び続ける。


 やがて防護壁が収納される。開放されるや否や、ヒーローはサリーと共にガービィへと駆け寄った。


「ガービィ!」 「ガービィさん!!」


 だが返事はない。

 倒れ伏したその身体には、腹部にぽっかりと穴が空いていた。


「どいて!!」


 次の瞬間、人混みの上空を跳ねるようにして、女性が飛び込んできた。


「メカリちゃん!?」


「サリーさん、後で話します! 今はコピーを! 技は──《リカバリー》!!」


「わかった!」


 サリーが即座にメカリをコピーし、二人でガービィの治療に取りかかる。


「スーツが自動修復を始めてる! 傷が見えない!」


「上を脱がせましょう!」


「「 リカバリー!! 」」


 二人は手早くスーツの上半身を脱がせ、同時に手をかざして再生の技を放つ。光が包み、開いた傷口がみるみる塞がっていく。


「もう少し……もう少しよ!!」


 


 ──そのころ、観客席を駆け抜けていたもう一人の姿があった。


 ギースだ。


 人の波を突き破るように、鋭い目つきで観客の隙間を抜けていく。逃げていく何者かの背中を、視線が正確に捉えていた。


「逃がしはしない!どいてくれ!」


 肩をぶつけながら叫び、駆け抜ける。


(先生……どうか、無事で……!)


 ガービィの傷は、すべて再生していた──はずだった。


「ガービィ! ガービィッ!?」


 ヒーローが何度も名を呼ぶ。

 だが、返ってくる声はない。


「どうして!? メカリちゃん、ガービィさんが……!」


 サリーが震える声で叫ぶ。

 その問いに、メカリは苦しげに顔を伏せた。


「ごめんなさい、サリーさん……。身体の再生はできても……死者を蘇らせることは、できないんです」


「そんな……そんなのって……」


 サリーが崩れ落ちそうになる。


「たぶん……私たちが到着した時には、もう──」


「うそだ!!」


 ヒーローが叫ぶ。信じられないという顔で首を振る。


「ガービィは死なない! 死ぬわけないんだ!!」


「ヒーロー……お願い、聞いて……」


 サリーがそっと手を伸ばす。


「嫌だ!!」


 ヒーローは叫びながら、両手でガービィの胸を必死に叩く。


 ──ドン! ドン! ドン!


 小さな拳に涙がこぼれ落ちる。


「ガービィさんは……もう……」


「ダメだッ!! 今日だって、一緒にご飯食べるんだ!!」


 ──諦めない。これだけは。


 些細なことなら、我慢できる。罵られても、負けても、譲っても、どうでもいい。


 けど──ガービィだけは諦めてたまるか……!


 まだ幼くて、うまく言葉にはできない。

 それでも、ヒーローの小さな拳が訴えていた。命を、呼び戻すように。


「っ……!」


 サリーはその姿に、言葉もなく──両手で顔を覆って泣き崩れた。


 ──


 ドン!ドン!ドン!


 ──


 ドン!ドン!ドン!


 ──


 ━━ 約二十年前 リーガの街 ━━


 ドン!ドン!ドン!!


 ──激しく、玄関を叩く音が響く。


 ドンドンドンドンドンッ!!


「……うるせぇな!」


 ガイザビィズは乱暴に寝床を抜け出し、苛立ちまじりにドアを開けた。その先に立っていたのは、見覚えのある若者。


「アニキ!」


「イリオスか……静かにしろよ。まだ朝だぞ」


 【イリオス】。肌は透けるように白く、どこか抜けた風貌ながら、ガービィに憧れて同じ髪型をしていた。


 その胡散臭い笑顔が、なぜか憎めない男。


 ガイザビィズ──後のガービィは、イリオスをまるで実の弟のように可愛がっていた。


「アニキ! いたっスよ!! リーガ広場に!」


 息を弾ませながらも、イリオスは確信を持って告げた。


「本当か!」


 二人は急ぎ足で広場へ向かう。ガイザビィズは焦れたように辺りを見回しながら、イリオスに尋ねる。


「どこだ!?」


「ほら、あれっス。ベンチの女の子に話しかけてる、あのハチ」


「……あれ、か?」


「本当にあれなんス……」


 ガイザビィズは目を細めた。広場のベンチのそば、着ぐるみの“ミツバチ王子”が女の子を笑わせていた。


「おい!!」


 怒鳴ったものの、あまりのシュールさにたじろぎ、隣のイリオスにもう一度聞く。


「本当に……あれか?」


「っス!」


「……ゴホン。おいっ!!」


 ミツバチ王子がつぶらな瞳でこちらを見つめる。


「お前がNo.1のライゼか!?」


「……違うバチよ。ミツバチ王子だ」


 ──クスクスッ。


 女の子が吹き出した。だがすぐにガイザビィズに気づいて背筋を正す。


「あ、あの! ガイザビィズさん!」


「ふざけんじゃねぇ! お前がライゼだろ!」


「あ、あのっ!」


「なんだ? 俺様に用か?」


「この子、アニキが用意したバラックの家に住んでるんスよ。なっ、サリー!」


「は、はい! サリーって言います! お家のこと、本当にありがとうございます!」


「そんなの気にすんな。好きなだけいりゃいい。それより──頼まれてくれねぇか?」


「はい! なんでも!」


「あそこの木にくっついてるミツバチ王子に、話がある」


「フフッ、兄ちゃん! 呼ばれてるよ!」


「お前の兄貴か?」


「いえ、最初に“お兄ちゃん”って呼んだからそのままで……。でも、ああ見えて本当にすごい人なんですよ!」


「ミーンミンミン」


「そりゃセミだろうが! 早く来いってんだ!……なんであれが“すごい人”なんだよ」


N.A.S.H.(ナッシュ)になるって言って、本当になっちゃったんです!しかもナンバーワンに!」


「っ……! やっぱり、あいつがライゼか……」


「ジジジジジジ」


「それもセミだ!! いい加減こっち来い! なめてんのか!!」


 ようやくライゼが「しょうがないな」と言いたげな顔でこちらへ歩いてきた。


「でかいな、何センチある?」


「2メートルちょっとだ。……チッ、いちいち調子の狂う奴だ」


「用は? 見ての通り忙しいんだ」


「大の大人がハチの着ぐるみで遊んでるのは“忙しい”とは言わねぇ!」


「ハハハッ、全部つっこむなぁ」


 ドクンッ──


 ガイザビィズの胸が強く脈打った。


(なんだ、今のは……)


「とにかく、俺様とバトルしろ」


「理由は?」


「リーガに“最強”は一人でいい」


「そんな事か、負けず嫌いなんだな」


 ドクン──


(……まただ。なんなんだこれは)


「イリオス!」


 目をやれば、イリオスはサリーとベンチで笑いながら談笑していた。


「その時アニキがさあ──」 「フフッ」


「イリオス!!」


「あっ、はいはい!」


「こいつに説明しろ」


「っス! ライゼさん、バトルアリーナはご存知スか?」


「ああ、最近話題らしいな」


「でっスね。こちらがその創設者であり、現チャンピオンの──ガイザビィズさんっス」


「なるほど。それで、バトルか」


「っス」


「観客はいらん。今すぐ俺様とやれ」


「……普段なら断る。が、いいだろう。受けるよ」


「ガッハ! 逃げねぇのは褒めてやるよ。さっきまで逃げ腰だったくせに、どういう心変わりだ?」


「最初からやるつもりだったさ。バラックにみんなが住める家を提供したのはガービィだろ?」


 ドクンッ──


 まただ。名を呼ばれた瞬間、全身が震えるような感覚が走った。


「……ガービィじゃねぇ。ガイザビィズだ!」


「名前、言いづらいんだよ」


「ちっ、バトルが終われば二度と会わねぇ。好きに呼べ。……確かに家は俺様が作ったが、それがどうした?」


「……その精神性が気に入ったんだ、ガービィ」


 ガービィ──そう呼ばれることに、不思議と嫌な気がしなかった。僅かな笑みを浮かべるほどに。


「ふん。イリオス、案内してやれ。サリー、お前も来るのか?」


「はいっ!」


「じゃあ、ついていけ。……俺様は寄るところがある」


 

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