第28話【強さとは】
ライゼは三つのホールを潰してから、ようやく家へ戻ってきた。
「ふぅ……ただいま」
玄関の音に、ヒーローの弾けるような足音が駆け寄ってくる。
「パパー!」
「ヒーロー……“おかえり”だろ? いつになったら覚えるんだ」
「パパおかえり!」
それを待っていたように、サリーが背後から飛びついてきた。今日はおんぶスタイルだ。
「ああ、ただいま」
「サリーにも注意した方がいいッスよ」
「ガービィ!? あっ……すまん、連絡忘れてた」
「ギースから聞きましたよ?」
「……やっぱり、律儀だな。で?ガービィは何でうちに」
「飯ッス!」
ライゼは呆れながらも笑った。
──
《カレー♪カレー♪ライゼカレー♪ ライゼカレーを食べて、君も最強のN.A.S.H.に──》
「ガッハハハッ、このCMも板についてきたっスね!」
「実は毎年撮り直してる。あれはレトルトだが、本物の味は──」
「──いらない」
ヒーローが珍しく言葉を遮った。食卓に並んだカレーには手をつけようとしない。
「ヒーロー?」
「能力もないのに、強くなれるの?」
「そりゃあこのカレーを食べれば──」
「ごまかさないでよ!」
静まり返る食卓。ガービィが慌てて口を開いた。
「ヒーロー、そんな風に言っちゃダメだぞ。高等部に行けば俺が──」
「カレーなんて、食べても意味ないよ!」
ガチャン、とスプーンが倒れる音。
ヒーローは立ち上がり、そのまま寝室へと駆け込んだ。すぐにサリーが後を追う。
「あっ、ヒーロー! 待ちなさい!」
ライゼは思わず目元を押さえた。
「これが反抗期……?」
「ライゼさんが泣いてどうするんスか。行ってやって下さいよ」
「……ああ、悪いな」
──
「サリー」
「寝室にこもっちゃった。私はガービィさんの相手を……。パパは……」
「ああ、任せろ」
ライゼは扉を二度ノックする。
「ヒーロー?」
「…………」
重い沈黙。ライゼは扉に額を当て、静かに語りかけた。
「ヒーロー。パパは……何か、間違えたかな?」
「……」
「パパ──ダメなパパだったか?」
ギィ……と、扉が静かに開いた。
そこに立っていたのは──
目に涙を溜め、唇を震わせたヒーローだった。
「パパが駄目なもんか……! ただ……つらいんだ……」
こらえきれず吐き出された言葉に、ライゼは即座に歩み寄り、そっとその小さな身体を抱きしめた。
「辛い──辛いなぁヒーロー。……能力のことか?」
腕の中で、ヒーローは小さく頷いた。
寄り添うように──けれど、それはまるで自分自身に言い聞かせるように、ライゼはぽつりと呟いた。
「……強くなりたいなぁ、ヒーロー」
「パパは、強いじゃん……」
「強さにもいろいろある。パワーだけじゃないんだ」
「……うん」
「もしここに、全く同じ力と体格の“ヒーローのコピー”がいたら──勝つのはどっちだと思う?」
「……引き分け?」
「違う。気持ちの強い方が勝つ。精神論は好きじゃないが……これだけは本当なんだ」
「なんとなく……わかる気がする」
「俺だって辛いことは沢山あった。最強って言われても、全部がうまくいくわけじゃない。ヘビも、まだいるしな……」
「パパでも……?」
「ああ。でもな、仮に俺が能力を失って、ヒーローのコピーになっても──俺はヒーローには負けない」
「……気持ちで?」
「そうだ。悩んで、乗り越えてきた“経験”と、“自信”が、俺を支えてくれてる。壁は高いだろうが、乗り越えたらヒーローを守る盾にもなるんだ」
「……乗り越えられるかな?」
「もちろん。──俺の子だ!」
胸の奥に、じんと熱いものが込み上げた。
この一言で、すべてが救われた気がした。
不安も、迷いも、まるで霧のように晴れていく。
ヒーローはそっとまぶたを伏せ、滲んだ熱を指先でぬぐった。
「うん!」
「な? 能力がなくても、強くなれるだろ?」
「パパも、同じだったんだね」
「そうさ。──一緒に、強くなろう。な、ヒーロー」
頷くかわりに、ヒーローはようやく笑ってみせた。
「笑え、ヒーロー。その笑顔は、みんなが幸せになれる笑顔だ。パパは、ヒーローの笑顔が大好きなんだ──」
「……うんっ!」
「なあヒーロー。どうして、そんなに強くなりたいんだ?」
「パパとママを守りたい。そして──一緒にN.A.S.H.になりたい!」
──パァアアアアアアアアアアッ!!
ライゼが光りすぎて、部屋中がまぶしさに包まれた。
「まぶしい!!」
「ハハハッ。一緒にN.A.S.H.かぁ……。パパも楽しみだ。
でもな、ヒーロー。“パワー”を得ることが目的じゃない。“守る”ための手段だ。わかるな?」
「うん!」
ふたりは親指を立て、拳を合わせた。
「でもカレー食べたくない気持ちはわかった。……違うの作ってやる!ママのところに行こう!」
「やったー!!」
──
食事後、ヒーローはサリーと寝室へ。サリーがリビングに戻ると、ライゼは落ち着かない様子で声をかけた。
「もう寝た?」
「まだゴソゴソしてる。寝かしつけてくるね。……ガービィさんはお願い」
「ガッハ! 俺は子どもか!?」
「ハハハッ……」
「──ヒーロー、年頃っスね」
「そうだな。ちゃんと、悩んでる」
「今日は高等部でバトルがあったんスよ」
「学園で?バトル?」
「対抗戦っス。他地区の育成学校とのバトルイベント。最近、盛り上がってんスよ。でも、能力なしで出場した子は一人も──」
「なるほど、それで……」
「想像以上に、世間は厳しいっス。抑え込まれる学園より、もっと自由に学べる場を──」
「伸び伸びだけが正解じゃない。あの子は明るい。能なしとして抑えつけられ、また抑えつけられ、それでも折れなかったあの子に残ったもの。それが個性なんじゃないか?」
「……ヒーローはそれが明るさ、ってことスか?……確かに。ヒーローの笑顔って、後光差してるっス」
ライゼは息を一つ、静かに吐いた。
「難しいな、子育ては」
「っスね。高等部になったら、なおさら──」
「で、ガービィの子育てはいつになる?」
「っ……人が気にしてることを! 今はヒーローが可愛いし、飯もうまいし、何も不満は──」
「……もしかして、それが原因じゃ?」
「……え?」「え?」
「──もう、うち来るの控えろ」
「そんな……!!」




