第27話【不吉な足音】
ギースの母は、蘇った記憶をたどるように言葉を紡いだ。
「青い……爆発……。あのとき、私……ギースに助けられて……」
ギースは泣きながら口を開いた。
「母さんを……僕が……?」
長年の重荷が、音を立てて崩れ落ちるようだった。ギースはそっと母を抱きしめる。
「ごめんね、こんなに大事な息子のことを、忘れてたなんて……」
「いいんだ、母さん。僕のほうこそ……遅くなったね」
そう言って、ギースは備え付けのテレビをつけた。
《──No.3、ギース! バスカル地区のホールをすべて踏破し、悠々と手を振っております! これはまさに大偉業──》
「母さん……僕、N.A.S.H.になったんだ」
母の瞳が潤み、一気に涙があふれ出した。
「すごい……すごいよ……。あんなに泣き虫だったのに、ナンバーに……」
ギースはそっと涙を拭い、振り返る。
「こちら、ライゼさんとガービィさん。二人は、もう僕の家族同然なんだ」
「事情は聞いてるわ。このお二人が、入院の手配から私との再会まで……ありがとう。本当にありがとう……。ギース、良い人たちに囲まれて、本当によかったね……」
母の微笑みに、ギースはまた涙ぐんだ。
「これ、バスカルのお土産。いろいろあるよ」
「まあ、こんなに?お医者さんたちにも配らないとね。……こんな気遣いができるようになるなんて……。あなたの成長を見逃してしまったなんて──」
「これから一緒に、思い出を作ればいい」
ガービィの温かな言葉に、母とギースは顔を見合わせてうなずいた。それを微笑ましく見ているライゼは──。
──パァアアアアアッ!!
空間が一瞬で白く染まる。雷鳴にも似た閃光の中心で、全身からまばゆい光を放っていた。鼻の下からは、やはり期待通りの一筋の鼻水。
「ライゼさん……この場を整えてくれた恩人に、こんなこと言うのもなんですが……」
ギースが顔をしかめながら呟く。
「感動、台無しです」
「ガッハハハッ!」
「ハハハッ……!」
場の空気が、ぱっと軽くなる。
“らしいな”──ギースは思う。
たとえ雷の名を背負い、世界を救う存在であっても──
やっぱり、この人はこうでなくては。
それがただ、妙にうれしかった。
──
帰り道。病院の玄関先で、ギースは二人を深く見送った。
「本当に、ありがとうございました」
「ガッハ! いい顔してるな!」
「これからは母さんと一緒に暮らすのか?」
「母は|Island Cityが気に入ったようなので、こちらに家を買ってあげようかと。僕のほうはまだチームと活動があるので、合流は……一年か、二年後くらいに」
二人は顔を見合わせ、意外そうに目を見開いた。
「……どうしたんですか?」
「いや、ギースが“家を買う”なんて言うからさ」
「なっ……!?僕だって、使うときは使いますよ!」
「ガッハハハッ!そうか、そうか! 俺は先に学園に戻る。ライゼさんの飯でもどうだ?」
「えっ!?それは是非!」
「おい、作るとは言ってないぞ」
ガービィは笑いながら手を振り、学園へと戻っていった。
──
「さて、俺も行くか」
「ライゼさん……ありがとうございました」
「……ああ、だが──お前も感じてるだろ?」
「はい。僕には、もっと頑張らなきゃならない理由ができました」
「……ヘビが、進化している」
「他の地区でも異常な強さの報告がありました」
「ヘビは本来、ローカルで動く。外部接続は一切ない。なのに強くなっている……」
「誰かが……直接、手を加えている……?」
「ああ。N.A.S.H.たちの目をかいくぐってな」
「つまり……次もまた、ホールで会うことになる」
「──その覚悟が必要だ」
そのとき、ギースのガンが警報音を鳴らした。
「メカリから緊急連絡です!チームと合流します!」
「了解。ガービィには俺から伝えとく」
「ありがとうございます!」
「行くぞ、雷帝」
バチバチッ!とライゼの全身が光に包まれる。
「ちょ、ちょっと待ってください!僕も技を!──【パワーアーマー】!!」
ギースの体を黄色い光が覆い、装甲が展開する。
「新技か?」
「はい……いや、その……ガービィさんの真似です」
「ハハッ、でもパワーがなきゃ真似もできないからな。凄いじゃないか」
「ありがとうございます!ワイバーンのブレスも耐えるこのアーマーなら!」
「よし、行くぞ!」
──ズドンッ!!
「いだだだだだだだだっ!!!」
──
━━【???地区 ホール内】━━
ヒタッ……ヒタッ……ヒタッ……
薄暗いホールの奥。赤い増殖個体の前に、一つの影が立っていた。
変異したヘビたちは、その人影をまるで仲間のように扱い、まったく襲う気配がない。
増殖個体が無音のうちに分裂を始め、新たな赤い個体を二体──
そのとき。
人影が無造作に片方を掴み、手早く何かを接続する。
静かに──確実に、アップデートが行われていた。
ヒタッ……ヒタッ……ヒタッ……




