第26話【記憶の鍵】
東の大陸で最も栄える都市・バスカル。近代的なビル群が立ち並び、熱気と喧噪に包まれたこの街に、ギースはライゼを呼び出していた。
「──これを」
カフェの奥まった個室。ギースはガンを差し出し、ホールでの記録映像を再生する。
「ゴーレムはわかります。問題はこの……氷の巨人。ありえない強さでした。ギルドに問い合わせてもデータなし、換金も通常通り」
「換金額のこと、ずいぶん根に持ってるな」
「当然です。割に合わなくて……。それはともかく、ライゼさんなら、この異常事態の背景を知ってるんじゃないですか?」
ライゼは一瞬、目を伏せるとカップを置いた。
「……ちょっと歩こうか」
──
カフェを出た二人は街を歩く。露店、広告、にぎわう人々。そのすべてを見回しながら、ライゼは感慨深げに呟いた。
「昔も栄えてたが、ずいぶん発展したな……」
「ここは人口も多いし、ヘビの加工産業が盛んですからね」
「……ちょっと土産を買おう」
露店で無造作に大量の土産物を買い込むライゼ。
「それ、誰にあげるつもりなんです?」
「お前だよ。行くぞ」
「えっ?」
──雷光が瞬いた次の瞬間、ギースの身体は強制的に宙へ。
「ちょ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
──
──|Island City |Central Medical Authority《中央医療庁》──
「……お土産が無事ということは、ダメージが出ない方法もあるんですよね?」
ギースは自身から出る煙を手で仰ぎながら、少し恨み節をぶつけた。
「ここに……お前のお母さんがいる」
「……え?」
にわかには信じ難いが、困惑しながらもライゼと病室前に向かった。
病室前には医師と共に懐かしい顔が立っていた。久しぶりに会えた嬉しさと、病室の向こうにある現実。複雑な表情のガービィがいた。
「先生……」
「ギース、大きくなったな」
「お久しぶりです。もっと強くなってから……と思ってました」
「お前の噂はここにも届いてる。立派になった」
ガービィの言葉に、ギースの胸が熱くなる。
「どうやって母を?僕も散々調べてましたが……」
「ライゼさんはH.E.R.O.管理局にも顔が利く。方々探して、ようやくな……」
混乱するギースに、ライゼが優しい口調で説明する。
「当時の彼女は重体で、体内のナノマシンが一時的に停止したらしい。新しい世代のナノマシンを投与した結果、型式が変わって探せなかったんだ」
「型式……。そんな事が……?何故今も病室に?どこか悪いんですか!?」
矢継ぎ早に質問するギースへ、医師が安心させるように声をかけた。
「どうも、担当医師のナカタニです。詳しい説明は私が。現状は検査入院ですので、安心して下さい」
「検査?」
「お母様は健康体で、既に通常の生活を送っていますが、その──記憶喪失でして」
「──なっ!?」
「幸い、ナノマシンが長年に渡り微細な修復を続け、脳の治療は完了しております。何か感情的な《鍵》となる刺激があれば、思い出す事は可能な状態です」
「……」
「あなたと会う事こそ、その鍵となる可能性が高いのです」
ガービィが狼狽えるギースの背中を押す。
「あの部屋だ。会ってやれ」
ギースの喉が鳴った。
「ほら、これ。ギースが買ったことにしろ」
ライゼは先程買った大量のお土産をギースへ押し付けた。
「それは……ライゼさんが……」
「親ってのは、周りに子どもの自慢がしたいもんなんだ」
「…………はい」
──
震える手でドアを開ける。
木漏れ日が差す病室のベッドに、母は静かに座っていた。
その姿は、記憶の中の面影と、確かに重なっていた──けれど、どこか遠い。
「……母さん……」
呼吸が浅くなった。声が震えていた。
それでも、たったひとこと、心の奥から絞り出す。
「あなたが……私の息子?」
「……はい。僕がギースです」
「こんなに立派な青年が……ごめんなさい……。こんな大きくなって……なのに、あなたのことを……思い出せなくて……」
母は肩を震わせ、顔を覆った。
ギースもまた、声を震わせながら答えた。
「謝らないで。……生きててくれて、それだけで……十分だよ」
手を重ねた瞬間、幼い頃の温もりがよみがえる。
記憶を思い出してくれなくても、この手の温かさが、すべてを語っていた。
「……よかったな、ギース」
ガービィの声が静かに響く。
その時──
──バチバチバチバチッ!!!
突然、室内に雷鳴のような轟音と閃光が走った。
いつもの顔だけでなく、雷を纏うライゼの全身がまばゆく発光する。
「まっ、まぶしっ!!」
誰もが目を覆う中──
その閃光が、母の網膜に焼き付いた“ある記憶”を呼び覚ます。
──
『ギース逃げて!』
『お父さんが!……お父さんがぁ!』
敵から放たれた青光りする爆発に、母はギースを庇って飛び込んだ──
『ギース!!』
爆発の寸前──ギースの能力が覚醒した。
吹き飛ばされながらも、彼は咄嗟に車を掴むと、爆弾と母の間へと投げ込む。
その直後、爆発。轟音と閃光があたりを包み、ギースと母は揃って吹き飛ばされた。
──
「──さんっ?……母さん!?」
母の瞳が大きく見開かれる。
遠くを見つめるようなその眼差しに、かすかに揺れる光が差し込んだ。
「思い……出した……っ!」
「「「今ので!?」」」




