第26話【記憶の扉】
東の大陸で一番栄えている街、バスカル。
ある日、ギースはここにライゼを呼び出していた。
「──これを」
カフェの一番奥にある個室で、ライゼにホール内の映像を見せる。
「ゴーレムはわかります。問題はこの……コレです。氷の巨大なモンスター。とんでもない強さでした。ギルドに問い合わせても記録はなく、ヘビの換金も通常の値段でした」
「換金の事、根に持ってるな?」
「そりゃそうですよ。 あの強さで通常の値段は割にあわないです。……そんな事より、このモンスターは何なんですか?いったい何が起きてるんです?」
「このモンスターは氷の巨人だ」
「──また冗談ではぐらかすんですか?」
「冗談とかじゃない、本当だ。昔々の神話に登場するんだ」
「なぜそれを知ってるかは置いておきます。知りたいのは、この異常なまでに新種が発見されている状況です。ライゼさんなら何か知ってるんじゃないですか?」
ライゼは少し考え込む様子を見せた。
「ギース、少し歩かないか?」
カフェから出て、街を歩き出す二人。
高いビル、デパート、様々な露店、そして通りすぎる人々。
ライゼは街を見回して感動している様子だった。
「昔も大きい街だったが、発展したなぁ」
「ここは人口が多いですし、ヘビの加工産業が盛んですからね」
「ちょっとそこで土産を買おう」
ライゼは適当に見繕い、大量の土産を包んでもらった。
「雷帝……」
バチバチッと音が鳴ったと思ったら、ギースは既に青い雷光に包まれている。
「へ?」
ギースが戸惑う隙さえ与えずに──
「行くぞ」
ドォオンッ!!と轟音を上げ、勢いよくギースを連れて飛び立った。
「いだだだだだだだだだだっ!!」
━━ アイランドシティホスピタル ━━
と書かれた看板の前に降り立った二人。
いきなりの事態で、ギースはさすがに言いたい事があるようだ。
「も、もうちょっと痛くない運び方ないですか……?」
「ギース、お前のお母さんがここにいる」
「…………え?」
「俺とガービィで探して、見つけたんだ」
「ちょ、ちょ、待ってください!いきなりで、理解が……」
さらなる急展開にもはや思考も追い付かない。
「ガービィはな、ずっと探してたんだ。ギースの事をずっと気にかけてたんだぞ」
「そんな……でも、僕も探して見つからなかったのに」
「落ち着いて聞け。お母さんには記憶がない」
「……」
「驚かないのか?」
「当時の被害者を探しましたが、母の遺体はなく、負傷者にも見当たらなかった。最近はその可能性を含め探していたところで、該当者が一人だけいました。ただ、当時の病院から退院した後は消息不明に」
「そこからは追えなかったのか。ギースも後少しで見つけていたんだな」
「はい」
「病院にいるのは検査入院の為だ。一応調べてもらったんだが、記憶喪失の原因が外傷性のものか、心的なものなのかは経年でわからないらしい。体はどこも悪くないから心配しなくていい」
「そう……ですか」
「お母さんにも説明してある。ギースに会いに行くとガービィに伝えた時、お前をここへ連れて来てほしいと言われてな。ガービィもいるぞ。久しぶりだろう」
「ええ、すごく……」
「ほら、お土産。お母さんに渡してやれ」
「この為に……?でもこれはライゼさんが!」
「ギースが買った事にしたらいい」
「っ!そんなウソは──」
「親孝行だよ。ギースが帰ったあと、お母さんはみんなに配るだろう。息子からですって、よくできた息子なんですってな」
「……」
「自慢させてやれ。親はな、子の自慢をしたいんだ」
「覚えてないのに、ですか?」
「一目見たらギースがいい青年だと誰もがわかる。お前は俺とガービィの、まさに自慢の家族だ」
素直に嬉しい言葉だ。ギースは溢れそうな涙を必死にこらえた。
「ほら、これはお前が買ったんだ。今度は自分の為じゃなく、他人の為に見栄を張れ」
ギースは研修での失態を思い出し、幼かった自分と決別する。
そして今はライゼの好意にちゃんと甘える事にした。
「………はい!」
病室前にはライゼから連絡を受けていたガービィがいる。ギースにとって師に会うのは何年ぶりか。
「先生……」
久しぶりの再開に右手を組み、抱き合うガービィとギース。
「久しぶりだな、ギース」
「お久しぶりです、先生。本当はもっと強くなるまで会わないつもりでしたが──」
先生には自分はどう見えているのだろう。
強そうに見えるのか、成長してないように見えるのか、ギースは少し不安になった。
「お前の噂はアイランドシティにまで聞こえてくる。強くなったんだな、ギース」
「……っ! 何から何まで、本当に何て言っていいのか」
「ありがとう、だ」
「ありがとうございます、先生。母はこの病室に?」
「ああ、お前に会うのを心待ちにしてたぞ」
ギースは不安そうな表情で病室の前に行く。
何を言おうか、どんな態度で...…色々な思いが交錯する。
病室の自動ドアが開き、木漏れ日越しに母の姿が見えた。
「母……さん?」
思い出の顔と全く一緒だ。
顔は全く変わっていない。
いや、すこしやつれたのか?
「母さん」
「あなたが、私の息子ね?」
「はい」
「私にはこんなに素敵で、立派な子が……!ご、ごめんなさい、ごめんなさい……。あなたの事を忘れてしまっているなんて──」
立派な……誰が見ても立派で素敵な青年。
こんな息子がずっと自分を探してくれていた。
思い出せない悔しさと、申し訳なさで、ギースの母は号泣してしまった。
ギースもこらえきれないでいる。
「何も…謝ることなんて……。生きていてくれてありがとう」
「っ!」
手を握り合う二人を、離れて見ているガービィが小さく呟く。
「よかったな、ギース」
ライゼは──
パァアアアアアアアアアアッッ!!
といつもの数倍光った。あまりの光にギースの母が叫んだ。
「まっ…まぶしっ!」
その瞬間、当時の光景と、最後に見た青い爆発がフラッシュバックした。
『ギース逃げて!』
『お父さんが!お父さんがぁ!』
得体の知れない敵が浮かんでいる。
そして手に持っていた丸い爆発物をギース達に向かって放った。
『ギース!!!』
母はギースを必死に突き飛ばした。
ギースにはスローモーションのように見える。
パワーが……自分の中から子どもとは思えないパワーが湧いてきた。
ギースが能力に目覚めた瞬間だった。
『くっ!』
飛ばされた先で素早く車を掴み、爆発物と母の間に投げた。空中で爆発し、吹き飛ばされる母とギース。ここで母は気を失い、フラッシュバックが終わった。
「──さん!?母さん!?」
はっ!と正気に戻る母。すべてを思い出していた。
「思い…出した……!」
「「「今ので!?」」」
あまりに馬鹿馬鹿し過ぎて三人は思わず声を揃えた。