第24話【ナイトの影】
「ファイアボール! 」
──こんなはずじゃなかった。
「はぁ、はぁ……」
セドは寮を抜け出し、かつての古巣ジローナにあるホールを見つけ、軽い気持ちで潜ってしまった。
今の自分なら通用する──そう思い込んでいた。
だがその慢心が、命を落とす一歩手前へと繋がっていた。
ホールに現れたのは、コカトリス。
雄鶏と蛇が融合したような異形の怪物。
巨体から放たれる一撃一撃に、いくら才能のあるセドでも成す術はない。
「ファイア!」
セドは必死に技を放った。だが威力が足りない。焦りがパワーを削いでいく。
炎の中から鋭い嘴が突き出され、セドは避けようとする──
が、遅い。
──ダメだ。終わった。
そう思った瞬間、地を揺るがすような轟音が響いた。
目も耳も焼かれるような閃光と、鼓膜が裂けそうな破裂音。
それはまるで──雷神の咆哮。
気がつけば、怪物は消えていた。
そして、そこに立っていたのは──
「子どもがホールで何をしてるんだ!」
雷光をまとった黒衣の男。ライゼだ。
あの時と同じく、だが今はより険しく、父親の顔でセドを叱り飛ばす。
「君は……あの時の……」
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい!」
あのとき助けられた、気弱な少年に──戻っていた。
「こんな場所はN.A.S.H.でさえ危険だ。ましてや子どもが──」
ライゼは咄嗟に声を感知して駆けつけたが、間に合わなければ間違いなく手遅れだった。
「こ、これ……」
セドは丁寧に保管していたカードを差し出す。ライゼがかつて渡したカードだ。
「これは俺があげた……」
「孤児院に置いてあって……取りに行った帰りに、ホールを見つけて。今なら勝てると思って……」
ライゼは深く息を吐き、頭を抱える。
「久しぶりだな」
「はい!」
「頑張ったんだな。パワー、随分上がってたぞ」
「ありがとう……ございます」
「でもな……もう二度と、こんなバカなことはするな」
「はい……」
「その制服……君、学園生なのか?」
「は、はい……。セドっていいます」
「──セド!? もしかして、ヒーローと同じクラスか?」
「はい!」
「よくも俺の可愛い可愛いヒーローを!!」
感情が先走り、セドの頭を拳でギュッと挟み込んでしまうライゼ。
「イタタタタタタ!」
ヒーローには任せると言ったばかりなのに、思わず手が出てしまうあたりが、実にライゼらしい。
──
ホールを出た後、二人は大きな木の根に腰を下ろし、肩で息をつきながら話を始めた。
「セド。ヒーローが嫌いか?」
「……自分でも理由がわからないんです。ライゼさんが、アリーナのヴィゴより弱いって言われても、あいつは何も言い返さない……」
「別にいいじゃないか、それぐらい」
「……オレには、許せない事なんです!」
「──そうか。まぁ、あるよな、そういうのは。誰だって一つくらいは」
ライゼの声が少し柔らかくなる。
「仲良くしろとは言わない。でも……ちょっとだけ、付き合い方を変えてやれないか」
「……」
「ヒーローは悪い奴じゃない。だろ?」
「……それは……わかってます」
「そっか、それならいい。ヒーローには内緒な!」
「はい……」
「にしても、やっぱり強いな。学園の中でも、セドは目立ってるだろ?」
「っ……!」
ライゼの何気ない一言に、セドの胸が高鳴る。
「あの時、一緒にN.A.S.H.をやりたいと言ってたな」
「はい!今でも、ずっと思ってます!」
「そうか。なら、無茶するな。申請もなくホールに入るのは違法だ。教わっただろ?」
「……はい」
「ルールや法は君を守る為にある。それに、もしセドに何かあったら──先生や孤児院の人たちが、責任を取らなきゃいけなくなるんだ。
──君は一人じゃない」
その言葉が、じわじわと胸に染み込んでいく。
誰かに繋がっているという感覚は、大人になってやっと理解されるものかもしれない。
でも、セドの中には確かな何かが芽生え始めていた。
「……もうしません」
ライゼは静かに微笑んだ。
それは、信じてもらえたという証だった。
「俺と、ヒーローと、セド。三人で一緒にN.A.S.H.か……。それは、最高に幸せだろうな……」
夜風に揺れる雷光の下、ライゼの横顔は穏やかで、どこか切なげだった。
その姿を、セドは黙って見つめる。
(絶対に、なるんだ。N.A.S.H.に──)
──
「さて、送ってくよ」
「え……あの、その前に……これに、サインを……!」
「なんだ、そんなことか」
慣れた手つきでカードにサインを書き込むライゼ。
セドの手には、世界で一番輝く宝物が残された。
「じゃあ行くぞ」
「え、もう……?」
「雷帝」
眩い青白い光がセドを包み、轟音と共に宙を駆け抜ける。
「イダダダダダダダダ!!」
ほんの数秒後、セドは学園寮の前にいた。
「ついたぞ」
「は、速い……」
「ギースに会うだろ?アイツもこの運び方が嫌いだったな」
「……そう言ってました。でも、なんか嬉しかったです。ありがとうございました!」
「ハハハ!ギースによろしくな!」
──
ライゼはそのまま家には戻らなかった。
彼が再び向かったのは、あのホール。
静かに天井を見上げ、呟く。
「……ここでもないか」
雷の名を背負う男は、まだ探している。
──誰にも知られず、ある何かを。




