第23話【おまじない】
──あれから三年の月日が流れた。
マリン、マサムネ、パンチ、そしてヒーロー。四人はいつも一緒にいて、笑い合い、支え合いながら日々を過ごしていた。
一方で、セドだけは今も一人でいる。
「……ファイアボール」
セドが静かに呟くと、右手から無数の火球が放たれた。障害物を避けながら人形めがけて飛び、次々と炸裂音を響かせる。
瞬く間に演習場が煙に包まれ、周囲の生徒たちは咳き込みながら手で顔を扇いだ。
『すげぇ……』 『煙たいよ、セド!』
トムは腕を組み、煙の向こうに立つセドの姿に目を細める。
「わずか三年で……。まさに天才ですねぇ」
感嘆の声を漏らすトムに対し、セドはふんと鼻を鳴らす。
「能なしに技は無縁だな、ヒーロー」
「セド……」
相変わらず敵意を剥き出しにするセドに、ヒーローは困ったように眉をひそめる。その瞬間──
バチンッ!
マリンの平手打ちが、演習場内に鋭く響いた。
『!?』
思わぬ展開にざわつく中、セドだけは冷静だった。まるで慣れているかのように、マリンを見返す。
「また子守りか」
「私たち、子どもでしょ!」
「くっ……」
正論とも強引とも取れる返しに、セドは言葉を失った。マリンはいつだって真っ直ぐで遠慮がない。素を見せることに躊躇するセドにとって、彼女は何より苦手な存在だった。
気まずい空気を察したヒーローが、間に割って入る。
「マリン、もういいよ。セドも……もうやめよう?」
「フン。女に守られてる方がお似合いだ」
「お、お似合い!? 恋愛? 結婚? ……夫婦!?」
マリンの反応は年齢相応で、やっぱり少しだけ面倒くさい。三年が経っても彼女の性格は変わっていなかった。いや──少しだけませていた。
ヒーローとセドは呆れたように視線を交わし、会話は自然と終わった。
──
その夜。
ヒーローはリビングのソファに座り、バトルモードのN.A.S.H.スーツを装着した父を見つめていた。
(こんな時間に出かけるのかな……)
「パパ、どこ行くの?」
「近くに気になるホールがあってな。ママはもう寝たのか?」
「うん」
いつになく真剣な表情のパパに、ヒーローはしばらく迷っていた。けれど──
「パパ……セドがね、色々言ってくるんだ」
「──セドが嫌いか?」
「やっぱり、いい気はしないよ」
言えた。今日はちゃんと、自分の気持ちを言葉にできた。
ライゼは優しくヒーローの頭を撫でた。
「パパはヒーローの味方だよ。でもな……これはパパが解決することじゃない。ヒーロー自身が向き合うことなんだ」
「……うん」
「ここでパパが優しい言葉をかけるのは簡単だ。でも、それじゃ本当の解決にはならない。今だけ気が晴れて、また同じことで悩むかもしれない」
ヒーローが黙ったまま頷くと、ライゼは隣に腰を下ろして語りかける。
「自転車と一緒さ。代わりに乗ってやってもいいが、それじゃヒーローは乗り方を覚えない」
「でも……難しいよ」
「ハハハッ、パパもそうだ」
「え、パパでも?」
最強のN.A.S.H.である父が悩むと聞いて、ヒーローは目を丸くした。
「ああ、人生は厳しいぞ。乗り方を間違えば──大事なものをあっさりと奪っていく」
その言葉に滲む哀しみと重み。ライゼの過去の痛みを、ヒーローはまだ理解できない。
「よくわかんないや」
「ならこう考えてみろ。悪い方へ積み重ねれば、悪い未来が来る。良い方へ積み重ねれば、きっと良い未来が来るんだ」
「それが、難しいんだよ……」
「セドに、ちょっとずつでも悪い積み重ねをしてこなかったか?」
「何もしてないよ……?」
「でもな、セドには親がいない。ヒーローはパパの話を、いつもしてるだろ? 家のこと、嬉しそうに話してないか?」
「……っ!」
「セドは、きっと寂しいんだ。親がいないってのは、子どもには辛いことだ」
ヒーローは俯いたまま、声を詰まらせた。
その様子に気づいたライゼは、わざとらしいほど大げさな仕草で、空気を軽くしようとする。
「──あっ、筋トレも一緒だ!パパが代わりに腹筋しても、ヒーローの腹筋はつかないだろ!?あとほら、料理だって──」
「もうたとえはいいよぉ!」
ライゼのたとえに思わず笑ってしまうヒーロー。
「よし、その笑顔だ。不安な時はコレだぞ!」
拳を握って親指を立てるライゼ。その手を、ヒーローが真似して差し出す。
二人の拳が、優しくコツンと重なった。
「おまじないだ。パパと二人で一つ!不安を吹き飛ばすんだ!」
ライゼが作った子どもじみたおまじない。でも──心が、すっと軽くなった。
──
パパが出かけた後、ヒーローは布団に入っても眠れず、セドのことを考えていた。
「パパとママがいない、か……」
想像しただけで、背筋がぞくりとした。怖かった。自分にそれが起きたら──耐えられる自信がない。
(パパのことばかり話してた。セドは……ずっと一人だったんだ)
嫌いだったはずのセドの姿が、少しだけ違って見えた。
「でも……あんなに酷いこと言われたんだぞ! 絶対謝らないからな!」
そう言いながら、ヒーローの胸にはほんの少しの尊敬と、やり場のない戸惑いが残っていた。
──ちょっぴり大人になって、それでもやっぱり子どもなヒーローだった。




