表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/28

第23話【おまじない】

 ──あれから三年の月日が流れた。


 マリン、マサムネ、パンチ、そしてヒーロー。四人はいつも一緒にいて、笑い合い、支え合いながら日々を過ごしていた。


 一方で、セドだけは今も一人でいる。


「……ファイアボール」


 セドが静かに呟くと、右手から無数の火球が放たれた。障害物を避けながら人形めがけて飛び、次々と炸裂音を響かせる。

 瞬く間に演習場が煙に包まれ、周囲の生徒たちは咳き込みながら手で顔を扇いだ。


『すげぇ……』 『煙たいよ、セド!』


 トムは腕を組み、煙の向こうに立つセドの姿に目を細める。


「わずか三年で……。まさに天才ですねぇ」


 感嘆の声を漏らすトムに対し、セドはふんと鼻を鳴らす。


「能なしに技は無縁だな、ヒーロー」


「セド……」


 相変わらず敵意を剥き出しにするセドに、ヒーローは困ったように眉をひそめる。その瞬間──


 バチンッ!


 マリンの平手打ちが、演習場内に鋭く響いた。


『!?』


 思わぬ展開にざわつく中、セドだけは冷静だった。まるで慣れているかのように、マリンを見返す。


「また子守りか」


「私たち、子どもでしょ!」


「くっ……」


 正論とも強引とも取れる返しに、セドは言葉を失った。マリンはいつだって真っ直ぐで遠慮がない。素を見せることに躊躇するセドにとって、彼女は何より苦手な存在だった。


 気まずい空気を察したヒーローが、間に割って入る。


「マリン、もういいよ。セドも……もうやめよう?」


「フン。女に守られてる方がお似合いだ」


「お、お似合い!? 恋愛? 結婚? ……夫婦!?」


 マリンの反応は年齢相応で、やっぱり少しだけ面倒くさい。三年が経っても彼女の性格は変わっていなかった。いや──少しだけませていた。


 ヒーローとセドは呆れたように視線を交わし、会話は自然と終わった。


 ──


 その夜。


 ヒーローはリビングのソファに座り、バトルモードのN.A.S.H.(ナッシュ)スーツを装着した父を見つめていた。


(こんな時間に出かけるのかな……)


「パパ、どこ行くの?」


「近くに気になるホールがあってな。ママはもう寝たのか?」


「うん」


 いつになく真剣な表情のパパに、ヒーローはしばらく迷っていた。けれど──


「パパ……セドがね、色々言ってくるんだ」


「──セドが嫌いか?」


「やっぱり、いい気はしないよ」


 言えた。今日はちゃんと、自分の気持ちを言葉にできた。


 ライゼは優しくヒーローの頭を撫でた。


「パパはヒーローの味方だよ。でもな……これはパパが解決することじゃない。ヒーロー自身が向き合うことなんだ」


「……うん」


「ここでパパが優しい言葉をかけるのは簡単だ。でも、それじゃ本当の解決にはならない。今だけ気が晴れて、また同じことで悩むかもしれない」


 ヒーローが黙ったまま頷くと、ライゼは隣に腰を下ろして語りかける。


「自転車と一緒さ。代わりに乗ってやってもいいが、それじゃヒーローは乗り方を覚えない」


「でも……難しいよ」


「ハハハッ、パパもそうだ」


「え、パパでも?」


 最強のN.A.S.H.(ナッシュ)である父が悩むと聞いて、ヒーローは目を丸くした。


「ああ、人生は厳しいぞ。乗り方を間違えば──大事なものをあっさりと奪っていく」


 その言葉に滲む哀しみと重み。ライゼの過去の痛みを、ヒーローはまだ理解できない。


「よくわかんないや」


「ならこう考えてみろ。悪い方へ積み重ねれば、悪い未来が来る。良い方へ積み重ねれば、きっと良い未来が来るんだ」


「それが、難しいんだよ……」


「セドに、ちょっとずつでも悪い積み重ねをしてこなかったか?」


「何もしてないよ……?」


「でもな、セドには親がいない。ヒーローはパパの話を、いつもしてるだろ? 家のこと、嬉しそうに話してないか?」


「……っ!」


「セドは、きっと寂しいんだ。親がいないってのは、子どもには辛いことだ」


 ヒーローは俯いたまま、声を詰まらせた。


 その様子に気づいたライゼは、わざとらしいほど大げさな仕草で、空気を軽くしようとする。


「──あっ、筋トレも一緒だ!パパが代わりに腹筋しても、ヒーローの腹筋はつかないだろ!?あとほら、料理だって──」


「もうたとえはいいよぉ!」


 ライゼのたとえに思わず笑ってしまうヒーロー。


「よし、その笑顔だ。不安な時はコレだぞ!」


 拳を握って親指を立てるライゼ。その手を、ヒーローが真似して差し出す。


 二人の拳が、優しくコツンと重なった。


「おまじないだ。パパと二人で一つ!不安を吹き飛ばすんだ!」


 ライゼが作った子どもじみたおまじない。でも──心が、すっと軽くなった。


 ──


 パパが出かけた後、ヒーローは布団に入っても眠れず、セドのことを考えていた。


「パパとママがいない、か……」


 想像しただけで、背筋がぞくりとした。怖かった。自分にそれが起きたら──耐えられる自信がない。


(パパのことばかり話してた。セドは……ずっと一人だったんだ)


 嫌いだったはずのセドの姿が、少しだけ違って見えた。


「でも……あんなに酷いこと言われたんだぞ! 絶対謝らないからな!」


 そう言いながら、ヒーローの胸にはほんの少しの尊敬と、やり場のない戸惑いが残っていた。


 ──ちょっぴり大人になって、それでもやっぱり子どもなヒーローだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ