表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/26

22話【技のインプット】

 入学から約一ヶ月。この日の生徒たちは、演習場に集まり、皆が一様に目を輝かせていた。


「この授業では皆さんに、【技】の覚え方を教えます」


 トムのその言葉に、生徒たちから歓声が上がる。


 戦闘が有利になる、だけではない。N.A.S.H.(ナッシュ)としての技は、それぞれの誇りであり憧れだった。幼い頃から憧れてきた「技を放つ瞬間」が、いま目の前にある。


「いいですか、技を使うには、それに耐えうる身体能力と、ある程度のパワーが必要です。そして最も重要なのが【インプット】。これは、技の名前を体に覚え込ませる儀式のようなものです」


 トムは地面からモンスターの人形を出現させ、準備を整える。


「ではマリンさん、さっき練習していた技をこちらにお願いします」


「は、はい!」


 マリンは緊張しながら前に出ると、目を閉じて集中し、右手を開いて人形へ意識を向けた。


「はぁっ!」


 小さな氷の刺が三つ、人形へと突き刺さる。


「よくできました。では、それに名前をつけてみましょう。技の名前を言いながらもう一度出して下さい」


「えーっと……氷柱アイシクル!」


 静まり返る空間。だが今度は、何も出なかった。


「名前を口にしながらイメージするのは難しいものです。もう一度、落ち着いて」


「──氷柱アイシクル


 再び、氷の刺が三つ、的に突き刺さる。


「出ましたね。これが【インプット】です。初回だけはイメージを強く持ち、名前を唱える必要があります。次は、イメージせず名前だけで撃ってみましょう」


「はいっ」


 マリンは手をかざし、思い切って叫んだ。


氷柱アイシクル!」


 先程よりも鋭く、氷の柱が一直線に人形へ突き刺さる。


『おおお!』 『ちゃんと技になってる!』


「──すごい!! すごいすごい! ヒーロー!」


 歓喜するマリンが、遠くにいるヒーローに向かって手を振る。ヒーローも、驚きとともに照れながら手を振り返す。


(すごいな……ちゃんと出せるんだ……)


 自分には能力がない。でも焦りよりも、不思議と嬉しさがあった。仲間が夢に一歩近づく姿は、どこか誇らしく見えたのだ。


「いいでしょう。技の名前はスイッチになります。一度ナノマシンに覚えさせれば、イメージなしでも技が発動し、集中しなくてよいので、当然威力も上がります」


「本当に、何も考えずに出ました……!」


「素晴らしいですよ。パワーを込めなければ、つい口にしても何も出ません。安心して下さいね」


 マリンは興奮して跳ねるように喜んでいた。


「逆に最大限パワーを込めれば、より強力な技になるでしょう。そして──セド君。あなたは複数の技を持っていますね?」


「……はい」


「この年齢で、ですか。まさに天才だ」


「──っ!」


 セドが驚いてトムを見た。


「あなたは、どこか人と比べてしまう。自信がないように見える時もある。けれど、あなたの技は確かです。誇っていい」


「……」


「焦る気持ちはわかります。しかし学園では競いますが、卒業したら皆、仲間です。だから、仲良く──」


「学園では競うんでしょ? 卒業したら、考えます」


「……ふふ、皮肉なようで筋は通ってますね。では皆さん、イメージして技に名前をつけてくださーい!」


『はい!』


「一度インプットした名前以外では技は出ませんよ。先生の同級生は安直な名前をつけて後悔してました。気をつけてねー!」


 場の空気がピリッと引き締まる。名前一つで一生が決まるとなれば、誰だって慎重になる。


「なるほど、うっかり口にしても技が出ないのはそういう仕組みなんだな」


 マサムネは黙々とノートを取っていた。


「マサムネ、何してるの?」


「ボクは技術者や研究者になりたいんだ。能力はないけど、みんなの力になれるように、全部覚えておきたいんだ」


「す、すごいや!」


 同い年なのに、目指すものがはっきりしている。マサムネがやけに大人びて見えた。


 そこへ、笑顔のマリンが駆け寄ってきた。


「ヒーロー!見てくれた!? すごかったでしょ!?」


「マ、マリン……ちゃん。すごかったよ!」


「マリンでいいって何回も言ってるのにぃ……。ぐすっ……」


「──なっ!?わかったから泣かないで……!」


 マリンは年相応に面倒くさく、でも愛嬌のある性格だった。


「マっ、マ、マ、マリンちゃん……!」


 緊張でどもりながら、大柄な少年がやってくる。だが、不思議と威圧感はない。


「ぐすっ……なぁに?」


「さ、さっきのすごかったよ! 俺、パンチ!」


「ありがとう。こちらはマサムネ、こっちはヒーロー」


「よろしくな! 二人とも! で、マ、マ、マリンちゃん……よかったら、わ、技のコツを教えて!?」


 丸わかりの好意を隠そうともせず、パンチは距離を詰めてくる。


「いいけど……ヒーローとマサムネも一緒ね!」


「あ、ああ」


 がっくり肩を落としたパンチが、人形の前に立つ。


「コツもなにも……イメージしながら名前を言うだけだよ?」


 戸惑うマリン。パンチはいい所を見せようと、人形目掛けて拳を振りかぶった。


「パ──」


 グゥウウゥッ! お腹の盛大な鳴り声。


「──パーンチ!」


 ドゴォ! と響く打撃音。威力はある。


 が、この男──先生の注意をまるで聞いていなかったのかと、三人は思った。


 あまりにも安直な名付け。

 そして、その口から飛び出したのは──


「これでインプットできたかな!?」


 マサムネが苦笑交じりに返答する。


「えっと……さっき“パ、パンチ”って言ってなかった?」


「…………」


 変な汗をかき、パンチは無言のまま拳を構える。再び渾身の力で叫ぶ。


「パ、パーンチ!!」


 さきほどより強烈な音が響き、人形は大きくのけぞった。


 マサムネ、マリン、ヒーローが顔を見合わせる。


 こうして──


 パンチの記念すべき初技は、【パ、パンチ】に決まってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ