22話【技のインプット】
入学から約一ヶ月。この日の生徒たちは、演習場に集まり、皆が一様に目を輝かせていた。
「この授業では皆さんに、【技】の覚え方を教えます」
トムのその言葉に、生徒たちから歓声が上がる。
戦闘が有利になる、だけではない。N.A.S.H.としての技は、それぞれの誇りであり憧れだった。幼い頃から憧れてきた「技を放つ瞬間」が、いま目の前にある。
「いいですか、技を使うには、それに耐えうる身体能力と、ある程度のパワーが必要です。そして最も重要なのが【インプット】。これは、技の名前を体に覚え込ませる儀式のようなものです」
トムは地面からモンスターの人形を出現させ、準備を整える。
「ではマリンさん、さっき練習していた技をこちらにお願いします」
「は、はい!」
マリンは緊張しながら前に出ると、目を閉じて集中し、右手を開いて人形へ意識を向けた。
「はぁっ!」
小さな氷の刺が三つ、人形へと突き刺さる。
「よくできました。では、それに名前をつけてみましょう。技の名前を言いながらもう一度出して下さい」
「えーっと……氷柱!」
静まり返る空間。だが今度は、何も出なかった。
「名前を口にしながらイメージするのは難しいものです。もう一度、落ち着いて」
「──氷柱」
再び、氷の刺が三つ、的に突き刺さる。
「出ましたね。これが【インプット】です。初回だけはイメージを強く持ち、名前を唱える必要があります。次は、イメージせず名前だけで撃ってみましょう」
「はいっ」
マリンは手をかざし、思い切って叫んだ。
「氷柱!」
先程よりも鋭く、氷の柱が一直線に人形へ突き刺さる。
『おおお!』 『ちゃんと技になってる!』
「──すごい!! すごいすごい! ヒーロー!」
歓喜するマリンが、遠くにいるヒーローに向かって手を振る。ヒーローも、驚きとともに照れながら手を振り返す。
(すごいな……ちゃんと出せるんだ……)
自分には能力がない。でも焦りよりも、不思議と嬉しさがあった。仲間が夢に一歩近づく姿は、どこか誇らしく見えたのだ。
「いいでしょう。技の名前はスイッチになります。一度ナノマシンに覚えさせれば、イメージなしでも技が発動し、集中しなくてよいので、当然威力も上がります」
「本当に、何も考えずに出ました……!」
「素晴らしいですよ。パワーを込めなければ、つい口にしても何も出ません。安心して下さいね」
マリンは興奮して跳ねるように喜んでいた。
「逆に最大限パワーを込めれば、より強力な技になるでしょう。そして──セド君。あなたは複数の技を持っていますね?」
「……はい」
「この年齢で、ですか。まさに天才だ」
「──っ!」
セドが驚いてトムを見た。
「あなたは、どこか人と比べてしまう。自信がないように見える時もある。けれど、あなたの技は確かです。誇っていい」
「……」
「焦る気持ちはわかります。しかし学園では競いますが、卒業したら皆、仲間です。だから、仲良く──」
「学園では競うんでしょ? 卒業したら、考えます」
「……ふふ、皮肉なようで筋は通ってますね。では皆さん、イメージして技に名前をつけてくださーい!」
『はい!』
「一度インプットした名前以外では技は出ませんよ。先生の同級生は安直な名前をつけて後悔してました。気をつけてねー!」
場の空気がピリッと引き締まる。名前一つで一生が決まるとなれば、誰だって慎重になる。
「なるほど、うっかり口にしても技が出ないのはそういう仕組みなんだな」
マサムネは黙々とノートを取っていた。
「マサムネ、何してるの?」
「ボクは技術者や研究者になりたいんだ。能力はないけど、みんなの力になれるように、全部覚えておきたいんだ」
「す、すごいや!」
同い年なのに、目指すものがはっきりしている。マサムネがやけに大人びて見えた。
そこへ、笑顔のマリンが駆け寄ってきた。
「ヒーロー!見てくれた!? すごかったでしょ!?」
「マ、マリン……ちゃん。すごかったよ!」
「マリンでいいって何回も言ってるのにぃ……。ぐすっ……」
「──なっ!?わかったから泣かないで……!」
マリンは年相応に面倒くさく、でも愛嬌のある性格だった。
「マっ、マ、マ、マリンちゃん……!」
緊張でどもりながら、大柄な少年がやってくる。だが、不思議と威圧感はない。
「ぐすっ……なぁに?」
「さ、さっきのすごかったよ! 俺、パンチ!」
「ありがとう。こちらはマサムネ、こっちはヒーロー」
「よろしくな! 二人とも! で、マ、マ、マリンちゃん……よかったら、わ、技のコツを教えて!?」
丸わかりの好意を隠そうともせず、パンチは距離を詰めてくる。
「いいけど……ヒーローとマサムネも一緒ね!」
「あ、ああ」
がっくり肩を落としたパンチが、人形の前に立つ。
「コツもなにも……イメージしながら名前を言うだけだよ?」
戸惑うマリン。パンチはいい所を見せようと、人形目掛けて拳を振りかぶった。
「パ──」
グゥウウゥッ! お腹の盛大な鳴り声。
「──パーンチ!」
ドゴォ! と響く打撃音。威力はある。
が、この男──先生の注意をまるで聞いていなかったのかと、三人は思った。
あまりにも安直な名付け。
そして、その口から飛び出したのは──
「これでインプットできたかな!?」
マサムネが苦笑交じりに返答する。
「えっと……さっき“パ、パンチ”って言ってなかった?」
「…………」
変な汗をかき、パンチは無言のまま拳を構える。再び渾身の力で叫ぶ。
「パ、パーンチ!!」
さきほどより強烈な音が響き、人形は大きくのけぞった。
マサムネ、マリン、ヒーローが顔を見合わせる。
こうして──
パンチの記念すべき初技は、【パ、パンチ】に決まってしまった。




