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第21話【異常な身体能力】

 トムは生徒を連れて大型のエレベーターに乗り、学園の地下深くにある演習場へと降り立った。


 そこはただただ広大で、壁も床も真っ白な空間。どこか既視感があるその様子は、ホールを再現したものだったが、新入生たちは当然そのことを知らない。


「ここが演習場です。この空間はホールを模して造られています。今日はここで、皆さんの能力を実際に使って学んでいきましょう」


『はい!』


「では、セド君。前へ」


 呼ばれたセドは無言で前に出る。眉間に皺を寄せ、やる気を感じさせない表情。


「実際のホールも、ここも、能力を使ったところで傷ひとつつきません。思いきりやって構いません。というわけで──」


 トムがガンを操作すると、地面からモンスターの形を模した人形がせり上がってきた。

 可愛げな見た目に反して、強度は調整可能な高機能の訓練装置だ。


「可愛いでしょう?この人形は、最もポピュラーな敵『ゴブリン』相当の耐久力に設定しています。セド君、壊してみてください」


 セドは右手をかざし、うんざりしたように低く呟く。


「……ファイア」


 淡々とした言葉とは裏腹に、発動した炎は凄まじい勢いで人形を焼き尽くす。たちまち黒焦げになり、場内にざわめきが起きた。


「一年もすれば、実戦でゴブリンを倒せるでしょう。いまのパワーは1240です」


『すごい……』 『もうそんなに』 『大人みたいだなあ』


「ええ、大人と同程度の出力です。次は単純な身体能力を見てみましょう」


 そう言うと、トムは分厚い石板をセドの前に置いた。


「これ、割れますか?」


 セドは何の感情も見せず拳を振り下ろし、見事に割ってのけた。


『おおっ!』


「ありがとう、セド君。皆さん、ナノマシンはもはや身体の一部です。身体能力が上がれば、能力も比例して上がります。だからこそ、日々のトレーニングが重要なんです」


『はい!』


「セド君も、きっと努力を重ねてきたのでしょう」


 その一言で、セドの肩がわずかに震えた。

 拳を握ったまま目を伏せた彼の横顔は、誇りと戸惑いが交差しているようだった。


「では次。それぞれ自分の能力で的を狙ってください。セカンドの皆さんは、直接的なトレーニングをしましょう」


 ファーストの席から、ささやき声が漏れる。


『セカンドって能力ないんでしょ?』 『キャハハ、ただ殴ってるだけだし』


「こら。先生は昨日、何て言いましたか? 人を笑う時間があれば、自分を鍛えなさい」


『……はい、ごめんなさい』


 (子どもがすでに差別を。家庭か、ネットか、社会か……どこにでも根がある。問題は深いな)


 演習場の奥から、大きな打撃音が響いた。驚いて振り向くと、まだ人形がぐらついている。

 トムは咄嗟に、近くにいた大柄な少年に目をやる。


「君は……えーっと、名前を失念してしまって」


「パンチ!能力はパワーアップだよ!」


「パンチ君、素晴らしい名ですね。もう忘れませんよ。しかしNo.2やNo.3の能力とは。今年は当たり年ですね」


 その瞬間、さらにとんでもない轟音が響いた。

 トムが再び振り返ると、別の人形が粉々になっている。

 ヒーローの前にあったはずの人形だ。


『え……』 『能なしなのに……?』


 トムは走ってヒーローの元へ駆け寄った。


「ヒーロー君、君の能力は……?」


 ありえない、粉々になるなど聞いたことがない。ガンでこっそりスキャンをかけるが、やはり数値は出ない。


「能力はないです。でも……パパとガービィと、毎日いっぱい遊んだから!」


 子どもらしい純粋な言葉。

 能力がなくても、身体能力だけであの人形を破壊した。

 トムは思わず脱力した。


「……すごいですね。これからも、努力を続けてください」


「はい!」


 セドの胸中では、嫉妬と劣等感が渦巻いていた。


(オレのほうが上だ。オレだって技を使えば……)


 ライゼを神のように崇めてきた自分と違い、ヒーローはその子だ。

 恵まれた環境、特別扱い。

 その存在自体が、セドには癪に障った。


 ──


「可愛いですね、マリンさん」


 トムが声をかけたのは、青い髪の少女が放った小さな氷柱が的に突き刺さったのを見たからだった。


「馬鹿にしないで!技さえ出れば……!」


「いえ、馬鹿になどしていません。マリンさんは、将来きっとファーストになりますよ。期待しています」


「……信じますよ?」


 目を細めて詰め寄るようなマリンに、トムは驚きつつも感心していた。


「最近の子は、肝が据わってますね……」


 ──


 昼休み。トムは真っ先にガービィのもとへ向かった。

 二時間目のあの一件。ヒーローの身体能力は常識を超えている。


「……あの子、本当に能力なしですか? ガンの数値もゼロでしたが、どう見ても……」


「研修の時、ライゼさんのパワーを見ただろ? その子どもだぞ?不思議じゃないさ。ガッハハ!」


「真面目に!」


「……俺にもさっぱりわからん。ヒーローが倒れて以来、ライゼさんと一緒に鍛えたんだよ」


「倒れた……?」


「いつ何が起きてもいいように備えてきた。ヒーローの為にな」


 トムは沈黙した。

 パワー1500相当の人形を破壊したヒーロー。

 それが、単なる鍛錬の結果だとしたら──。


「それでも素手で壊すなど……。ライゼさんと、いったいどんな訓練を?」


 ガービィはそっとトムの耳元に口を寄せ、訓練内容を囁いた。

 トムの表情が、言葉と共に引きつっていく。


「……よく生きてますね。ヒーロー君」


「ガッハハハハハ!さすがライゼさんの息子だ!」


「……あの身体能力に、もし能力が宿ったら?」


「さぁな。俺にとってヒーローは──自分の子のように可愛い。それだけだ」


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