第20話【最初の授業】
「えー、高度な人工知能、マザーがヘビを生み出し……このとき人類は一度滅びかけます。悪い奴ですねぇ。くぁあ……」
朝の教室にトムのあくび混じりの声が響く。生徒たちのタブレットには、ホログラムで立体的な解説映像が映し出されていた。マザーから放たれた無数のヘビが人々を模した人形を次々になぎ倒していく様子は、子どもにもわかりやすく構成されている。
『それはいつのことなんですか?』
「2030年代後半から40年代前半といわれてますが、正確な時期は不明です。人類がバタバタしてたのでね。その辺は高学年で勉強しましょう」
『なんでわからないの?』
「んー、そういう時代だったんです。で、何やかんやあって人類は盛り返し、50年ほど前からようやく落ち着きました。現在の人口は約20億人です」
場面は切り替わり、ヘビによって壊滅していく都市の様子から、人類が復興していく様子へと移行する。
『そんなにやられてたのに、どうやって盛り返したんですか?』
「オホン! いい質問です」
胸を張るトムは、演説者のような調子で言葉を続けた。
「当時の技術ではホールを特定できなかった。ジャミングと呼ばれる技術で、ヘビがホールの存在を隠していたんです」
『へぇー!』
「だからミサイルがあっても意味がなかった。ホールが見つからないし、街中にも突然モンスターが現れる。そこで人類は考えた!小さなナノマシンで人間を強化しようと!」
『それがN.A.S.H.なんですね!』
「その通り。でも当時のN.A.S.H.はまだ弱かった。ナノマシンの適合率も低く、人間の基礎能力も今ほどじゃなかった」
『でも、うちのママ強いよ?』
「そこです! 世代を重ねるごとに、ナノマシンは遺伝子と融合し、人間の一部のようになっていった。寿命も延び、能力も格段に強くなったんですよ!」
『むずかしいよー。で、どうなったの?』
「おっと、すみません。えー、最強の能力といえば?」
『雷!!』
「そう、雷です! ヘビは機械由来の存在。だから雷は天敵なんですね。でも──」
トムの声が低くなる。
「雷を放つ……それだけのパワーでは、本体まで届かない。そこに現れたのが──」
『ライゼ!!』 「パパだ!」
教室が湧く。壇上のトムは滑りそうになるほどの勢いで顔をしかめた。
「ちがーう!約500年前ですよ!?ライゼさんと同じ、雷へと変身できる能力者が現れた。その力でヘビの侵攻は一時的に食い止められたんです」
『それをどうやったのか知りたいんだよー』
「皆さんも読んだことあるでしょう? 絵本や童話、アニメや劇。雷の化身が人類を救う英雄譚。そのモデルがこの能力者です」
人々の中で、雷のN.A.S.H.が神格化されていった背景だ。ライゼ自身はその扱いを快く思っていないが、希望が必要な時代だからと受け入れていた。
『へぇー!』 『ぼく、絵本もってる!』
「でも、その時代にはホールを見つける手段がなく、ヘビは増殖を繰り返していた。人類は膠着状態に陥ってしまったんですね」
『でも50年前に平和になったんでしょー?』
「そこで登場するのが──ガンです!」
トムは手に持ったガンを掲げ、液晶部分を取り外して見せた。
「この携帯機能も、つい最近実装されたものです。このガンの登場でホールの位置が特定できるようになり、ここまで平和が訪れたんですよ」
一転して、映像にはモンスターによる破壊の爪痕が映し出された。
場の空気が沈黙に包まれる。
400年以上の争乱。その記憶は、いまだ生々しく親世代に刻まれている。
「ガンの発明者はいまだ不明ですが、それによってギルドが再編され、N.A.S.H.とセカンドたちが連携できるようになった。セカンドは皆さんを支える大切な存在です」
『ぼく、オペレーターになりたい!』
「素晴らしい目標です。通信部、研究開発、戦闘支援──すべてセカンドの手によって支えられているんですよ」
『はい!!』 「……フン」
セドだけが不満げに鼻を鳴らす。トムはその反応に、説得の道のりは長そうだとため息をついた。
「最後に一つ。技術開発には制限があります。マザーを再び生まないために、ね。では、次は能力の実践授業です。十分間、休憩しましょう」
休憩時間に入るや否や、セドが左側のファースト席から右側のセカンドの席へと向かう。彼を避けて道を開ける子どもたち。その先にヒーローがいた。
「能なしに実技が必要か?」
「セドくん」
またか、という雰囲気が周囲に広がる。それでもヒーローは明るく笑っていたが、罵声は止まない。
「やめろよ。わざわざ言いに来るなよ!」
「そうよ! セカンドだって大事なんだから!」
仲裁に入ったのはセカンドの生徒たち。だがセドは鼻で笑い、不機嫌そうに立ち去っていった。
「気にしないで、ヒーローくん」
「うん、気にしてないよ。ありがとう!」
ヒーローの笑顔に、二人の頬が赤くなる。 この頃のヒーローは、ライゼとサリーの両方によく似て、どこか人を惹きつける雰囲気を持っていた。
「ボクも能力ないんだ。マサムネって言うんだ。よろしくね!」
小柄でおとなしそうな少年。黒髪に静かな瞳が印象的だった。
そして──
「私はマリン。氷の能力だよ。よろしく、ヒーローくん」
肩まである青い髪に透き通るような白い肌。マリンは、珍しくはない氷能力者だが、その生成速度は規格外だった。
セカンド所属ながら、すでに学園からの期待も大きい。
ナノマシンの進化が進んだこの時代、人間とナノマシンの融合率が高い“進化個体”、NEOの登場すら噂されている。マリンはその可能性を背負った存在だった。
能力がなくとも、毅然と立ち向かうマサムネ。
仲間を守るように寄り添うマリン。
──ヒーローは嬉しかった。
ここまでまっすぐに接してくれる同世代はいなかった。
そして、セドに対しても、彼なりの理由があるのではと、ヒーローは直感していた。
「俺もヒーローでいいよ!二人ともよろしく!」
「うん!」 「あっ、先生来たよ!」
「皆さん、演習場へ移動します。ついて来てくださーい」




