第19話【崇拝】
セドは孤児院ではなく、学園にある寮での生活を始めた。
ベッドに寝転び、窓の外に浮かぶ月を仰ぎながら、今日の出来事を思い返している。
「……フン。お坊っちゃんどもが。なんでオレが、セカンドと、しかもあの能なしと」
苛立ちを隠せずに呟く。
最初から弱いものとは相容れない──そう決めつけ、心に高い壁を作っていた。
「ヒーロー……」
険しい顔つきのまま、セドは歯を食いしばる。
ギリ、と小さく響いた歯軋りの音が、彼の内に渦巻く怒りと焦燥を物語っていた。
──
━━ セド、四歳 ━━
《今日もNo.1N.A.S.H.、ライゼが今まさに街の──》
「ハァッ、ハァッ……!」
「グルァアア!!」
巨大なオーガが街を破壊しながら、幼いセドを執拗に追っていた。
「クソッ!……ファイア!」
【炎】
火の上位に位置するこの能力は、非常に強力な技を使える反面、制御が難しい。
だがセドは、わずか四歳にしてそれを独学で習得していた。
だが──
「グルアッ!」
立ち込める煙の中から再び姿を現したオーガが、小さなセドに拳を振り下ろす。
セドは、もうダメだと目を閉じた。
その瞬間、雷鳴が轟く。雷帝と化したライゼが間一髪でオーガの攻撃を受け止め、稲妻を放つ。
眩い閃光と共に、オーガは一瞬で消し飛んだ。
「あ、ああ……」
《素晴らしい活躍!! 小さな男の子をオーガから救い──》
──テレビで何度も観たあの人が、目の前にいた。
「強いな、君は」
「え……?」
「何歳になる?」
「ぼ、ボク、四歳……」
この声、この顔、間違いない。
いつも孤児院で遊んでくれる“お兄ちゃん”がいつも自慢していたN.A.S.H.、ライゼだった。
「四歳か!驚いたな。俺の息子と同じ歳だ。名前はヒーローって言ってな、可愛いんだ!」
「う、うん……」
「それにしてもすごいぞ。自分の力でオーガに立ち向かったなんて」
「ボ、ボク、これ……」
セドは、ボロボロになったN.A.S.H.カードを差し出した。
孤児院のお兄ちゃんがくれた、お小遣いのないセドにとって大切なカード。
「これは……俺か!? カードになってるのか!」
「うん、あそこにも……」
指差した先、200メートルほど先にあるカードショップの窓には、ライゼのレアカードがずらりと並んでいた。
「俺がいっぱい飾ってあるな! ちょっと待ってろ!」
バチッ!と雷鳴を残し、ライゼは一瞬でその場を離れた。
ライゼはカード屋の店先に立ったものの、どれを選べばいいのか見当もつかなかった。
棚に並ぶ無数のパックに目をやり、しばし逡巡した末──
彼は無言で商品棚に歩み寄ると、カードパックを片っ端からボックスごと抱え上げ、そのままレジへと山のように積み上げる。
さらに、店内に飾られた額付きのコレクターズアイテムに視線を向け、指差した。
「これ、全部くれ」
店主の表情が引きつる。
「ぃいっ!?あ、あんた……本物かい!?」
まさかのNo.1 N.A.S.H.、ライゼの突然の来店。
目を見開いた店主が、あわててサインを求めてくると、ライゼは笑みを浮かべて快く応じた。
そうして大量の品を丁寧に包んでもらい、外に出た彼を、雷鳴が出迎える。
袋を提げたまま、ライゼはセドのもとへと戻っていった。
──
「ほら!」
両手に抱えきれないほどのカードと、立派なカードホルダーを携えて戻ってきたライゼが、誇らしげにそれらをセドに手渡す。
「い、いいの……!?」
「ハハハッ。店主も驚いてたよ」
袋の中を覗き込んだセドは、思わず目を見開いた。
「こ、これ……! レアカード!雷帝バージョンの……!」
ずっとガラス越しに眺めていた。希少な初期ロットで、ライゼの瞳が青く輝く雷帝仕様の超レアカード。
セドの小さな胸が、歓喜で膨れ上がる。
ライゼはそんなセドの表情を、少しだけ安心したように見つめていた。
(こんなに小さな子が、なんであんな危険な目に──)
「やっと子どもっぽくなったな。オドオドしてるより、今のほうがずっといいぞ」
「……うん!」
「これはな、君の報酬だ。オーガを弱らせてくれたおかげで倒せたんだ。自信を持て、君はすごく強い。将来、俺と一緒にN.A.S.H.をやってたりしてな!」
その言葉は、セドの胸の奥深くに届いた。
小さな瞳に、光が宿る。
「ボク……なるよ! 強くなって、一緒にN.A.S.H.やりたい!」
「俺の息子と、君と、三人でか……。本当にそうなったら、嬉しいなぁ」
ライゼは思わず空を見上げる。
心に描いた希望の未来が、目の前の少年にも見えているような気がした。
「は、鼻水……」
「ハハハッ、気にするな!いつもだ!……あ!ご飯作らないと!」
雷鳴を残して飛び立つライゼ。
セドは、去り行くその背中に叫んだ。
「ありがとう!! これ、一生大事にする!!」
「おう! N.A.S.H.として、また会おうな!」
セドは立ち尽くしたまま、震える声で呟いた。
「ボク……いや、オレは……オレは、N.A.S.H.になるんだ……!」
この日を境に、セドの人生は決まった。
あの日の言葉、あの日の光景。
ライゼはセドにとって、神に等しい存在となった──
──
そして、現在──
「ヒーロー……。あんな能なし、オレの方が強いんだ……!」




