第18話【セカンド】
式も無事に終わり、先生は騒がしい新入生たちを教室へと案内する。
「朝、クラス分けした順で、席についてくださーい」
『わぁっ!』
初めて見る教室に、新入生たちは目を輝かせた。
教室は半円形で、奥に向かって一段ずつ高くなっている階段状の造り。中央の教壇から全員の顔が見渡せるようになっていた。
新入生たちは、朝のクラス分け通りに席へと向かいながらも、緊張と期待、好奇心で口数が多くなる。
騒がしさを抑えるように、先生が柔らかな口調で促す。
『はいっ、静かにしてくださーい』
先生が手元のタブレットを操作すると、教室正面の巨大スクリーンに名前が映し出された。
その文字を指し示しながら、朗らかに話す。
「皆さんこちらのスクリーンを見てくださーい。先生の名前は、トムと言いまーす。皆さんが初等部の間、よろしくお願いします」
背は180cmほど、筋肉質な細身。赤い髪を七三に分け、横は刈り上げられた真面目そうな青年だった。
子どもたちの前では終始穏やかな笑みを浮かべていたが──
「先生、セカンドと同じ教室なんですか?」
一人の少年が手を挙げて問う。少年は鋭い目を向けている。
「えー、君は、【セド】君だね。そうか、君があの……」
トムが言葉を探す。
セドはギースと同じ孤児院出身で、3歳の頃から能力を使いこなし、初等部入学時点ですでにパワーは1200を超えている。
教師陣の間でも噂が広がっていた。
「ギースの推薦で、あの天才が来るらしい」と。
「そうだよー。ファーストとセカンドは一緒に勉強する方がいいと学園は考えてるんだよ」
しかしその説明に、セドは納得できない様子だった。
「セカンドと一緒にやる意味はあるんですか?」
その問いに、トムの口調がやや低くなる。
「何か不都合が──まずい事でもあるのかい?」
「不都合くらいわかります。オレが嫌なだけです。意味がないと思っているので」
「意味はあるんだよー。セカンドはね、そのほとんどが研究や技術者になっていく。つまり役に立つ──」
「普通に話して下さい。いちいち噛み砕かなくて大丈夫です」
トムの笑みが一瞬だけ消えた。次の瞬間には口調が鋭く変わる。
「君は賢いんだねー。でも先生はここにいるみんなにわかるように説明してるんだ。何でも自分中心の人間は嫌われるぞ。もう少しだけ賢くなろうね」
「──っ!」
次第に強まる語気。空気が一気に変わった。
「戦闘の勉強をしないと、戦闘用の道具は作れないよね? それを使いこなすには、戦闘だけじゃダメだよね? 一緒に学ぶ意味は、そこにあるんだ。わかったら座れ」
セドも、他の新入生も、その気迫に押されて言葉を失う。
「ここは普通の学園じゃない。ここにいる皆さんは、このままN.A.S.H.になれば──ほとんどが死ぬ」
涙ぐむ子もいた。けれど、トムはその現実から目を背けさせなかった。
この学園での学び方が、生死を分けるのだから。
「セカンドが生き残る確率を上げる機械を作ってくれたら? ファーストがホールを一回潜るより、よほど価値がある」
「オレが強くなってヘビを全滅させれば──」
「いい加減にしなさい。あのライゼさんでも、できていないんですよ?」
セドの顔が引きつった。
「セカンドにも役割がある。君が賢いつもりなら、他人を見下すより、自分が強くなる方法を考えなさい。時間の無駄だ」
トムの言葉には、芯があった。
「では、明日より本格的に授業に入ります。皆さん気をつけて帰ってくださーい」
──
『ヒーローくんのパパ、すごい人なんでしょ!?』
「えへへ。そうだよ!パパは世界一凄いんだ!」
『へー。なんでセカンドなの?』
ヒーローが答える前に、後ろを通っていたセドが
ドンッ!
とわざとぶつかって来た。
「いたた……」
「なんでセカンドか、だと。能なしだからに決まってるだろう」
静まり返る周囲。
『……え』 『お父さんすごいのにね』
ヒーローは少し笑って見せる。
「セドくんはすごいんだって!? おとなのみんなが話して──」
その明るさが、逆にセドの苛立ちを刺激した。セドは無言で去っていった。
──
「パパは?」
帰宅したヒーローは、嬉しそうに家中を探し回る。
サリーはテレビを指差した。
「パパはね〜、フフッ」
《おおっと!?今日は苦戦しているぞ! サイキュロプスの激しい攻撃! あぁっ!?》
ライゼはテレビの中で、巨大な一つ目の魔物・サイキュロプスと戦っていた。
「危ない! パパ! がんばれぇ!!」
「フフッ」
わざと劣勢を演じるライゼの姿に、ヒーローは全力で応援を送る。
その姿があまりに可愛くて、サリーはまた笑ってしまう。
「ママ! 笑ってないで 応援してよ!」
「はいはい。パパ頑張れ!」
──
夕方、ライゼとガービィが帰宅。
「パパー!!」
「おかえり、だろ? ヒーロー」
「ガッハ、まだおかえりが言えないのかヒーロー!」
サリーもすぐに「パパおかえりーっ!」と走りながらライゼへ飛びつく。
「サリーも飛びつくのやめたらどうだ」
「いくらガービィさんでもそれだけは聞けません!!」
「お、おう……すまん」
──
夕食後、ライゼたちはヒーローから入学式の感想を聞いていた。
「どうだった!? 楽しかったか!?」
「うん!」
「トム先生は?」
「厳しそうな人だったよ」
「どんな人なの? ガービィさん」
「悪い奴じゃない。けど、特に子どもには厳しいんだ……」
「厳しすぎたらパパに言うんだぞ!? ヒーロー!」
「う、うん……」
「今日のヒーロー、格好良かったよ! 動画撮ったからね!」
「見せてくれサリー!」
「俺もだ!」
画面に夢中になる三人を見て、ヒーローはそっと呟いた。
「セドくんがさ……」
「うん?」
「セドくんがすごい強いんだって!」
本当はもっと話したかった。でも、優しく聞いてくれるライゼの顔を見て、ヒーローはそれ以上言えなかった。
「そうか! ヒーローも負けるなよ!」
「うん!」
──
「ヒーローは寝たか?」
「今寝たとこ」
ライゼとガービィは、再びセドについて話し始める。
「ギースと同じ孤児院だろ?」
「ええ、ギースより天才だって噂されてたっス」
「当たりが強いのは?」
「トムが言うにはプライドが高いとか。でも俺は……ギースに似てる気がするっス」
「なるほどな」
「いや、生い立ちからしてもっと尖ってるかもしれないっスね」
「──色々ありそうな話だな」
「セドは3歳から孤児院で問題ばかり起こしてたそうっス。それを見かねたギースが面倒見てたらしいっスけど……」
「まだほんの子どもだからな」
「何だってヒーローに噛みつくのか、調べてみるっスか?」
「いや。こればかりは、子ども同士で解決しないとな……」
僅かに揺れた感情を、深く沈めるように息をついた。父親として、踏み込まぬ強さも必要だと覚悟した。




