第17話【入学式】
ホールを飛び立ってから間もなく、爆音と共にアイランド学園に到着した。
プスプスと黒煙を上げながら、焦げたギースが地面に転がっている。その姿はもはや先ほどよりも瀕死に近かった。
「ナンナンデスカコレハ……」
呆然としながら呻くギースを引き連れ、ライゼは校門前の待ち合わせ場所で顔を左右に振ってサリーを探す。
「おっ、いたいた! サリー!」
「ヒーローが入場するよ! 早く中に入ろうよ!」
サリーがライゼを急かして手を掴もうとした瞬間、後ろの黒焦げの影に気づいた。
「えっ!? その黒いのは……ギース君!?」
「あっち行ったらやられててな、式は?」
あくまで自分のせいではないと、ライゼはあっさり答えた。
「先にクラス分けだったし、ガービィさんの保護者への注意と挨拶が異常に長くて、新入生は今から会場入りよ」
「あいつ……」
意図的に式を長引かせてくれたのだろう。二人は、ガービィのさりげない優しさに感謝した。
ギースは黒焦げの事実をどうしても訂正したかった。
「サリーさん、これはライゼさんにやられ──」
「早く行こう! まだ間に合う!」
が、綺麗に無視されてしまった。
三人は何とか式に間に合い、音楽と共に新入生たちの入場を待つ。
「まだかな……」
「シッ!」
『おお!』
場内がざわついた。会場全体が、ある一人に目を奪われる。
ヒーローだった。
ギースから贈られたスクールバッグを背負い、胸を張って堂々と歩くその姿に、誰もが息を飲む。わずか六歳の子どもとは思えないほど、気品と自信に満ちていた。
その一挙手一投足に、ライゼ、サリー、ガービィ、そしてギースも目を潤ませる。ヒーローと過ごした日々が一瞬でよみがえった。
ライゼは堪えきれず、泣きそうになりながら微笑んだ。
学園長の挨拶が始まり、窓から差し込む光が新入生たちを照らす。まるで祝福のように、会場は静かに輝いていた──が。
「えー、普通の学園とは違い、あー、N.A.S.H.になるべく……N.A.S.H.に………まっ、眩しっ!!」
突然、学園長が目を覆う。光の発生源は──
「パパ! パパ!」
ヒーローが手を振った先、サリーの隣でライゼも祝福するように光り始めていた。
反応は早かった。
『カレーのお兄ちゃんだ!!』
会場の子どもたちが一斉に反応した。CMの影響で、すっかり“カレーの人”として認識されているらしい。
「俺って今、そんな認識なの!?」
自分が“カレーのお兄ちゃん”と呼ばれることに、まんざらでもない様子のライゼ。とはいえ、目立ちすぎる。
「ヒーロー! カッコいいぞ!!」
ライゼが手を振ると、ステージ上のヒーローも満面の笑みで手を振り返す。誇らしげに、自分の存在を伝えている。
当然、保護者席はざわめき、ガービィも困惑気味に眉をひそめる。
『ライゼだ! N.A.S.H.のライゼがいるぞ!』
騒ぎの拡大を恐れて、ギースがライゼを引きずるようにして席を立った。
「ライゼさん! 一旦出ましょう!!」
校舎脇の人気のない場所に避難した三人。だが、サリーは納得していない。
「だから光っちゃダメだってば……!」
「す、すまん……嬉しくて漏れちゃった……」
「フッハハハッ、光るのは相変わらずですねライゼさん」
「あら、ギース君の笑い方。ガービィさんに似てきてる!」
「えっ、そうですか?」
照れるギース。だがサリーは、さらに懐かしそうに微笑んだ。
「……先生も元気そうでしたね」
「会って行かないのか?」
「今会えば、帰りたくなってしまうので……。ヒーローは、凛々しい顔になりましたね! あの髪ですぐにわかりましたよ!」
「そうだろう! 眉毛もママ似だしな!」
「愛する綺麗なママに似てる!? パパ……!」
サリーはすっかり誤解してうっとりしている。ギースは目を伏せて笑った。
「サリーさんも相変わらずで何よりです。ヒーローはちゃんとどちらにも似てきてます。バッグも似合ってましたよ」
「ありがとう、ギース君。ヒーロー、前の日からずっとバッグを背負ってたの。本当にお気に入りみたい」
「そんな! たいした事じゃ──」
「三十万もしたらしいぞ」
「ライゼさん!!」
「……な、何があったの……ギース君……」
「……はぁ。もうその反応にも慣れましたよ……。そろそろ式が終わっちゃいますよ?」
「ギースは戻らないのか?」
「目に焼き付けました。あとはガービィさんに任せます」
「そうか……じゃあ送ってくよ」
「いえいえ、N.A.S.H.ギルドに報告もありますし」
ギースは苦笑いしながら手を振る。ライゼはそれを見送った。
「ハハハッ……またな、ギース」
「またね、ギース君」
「ええ! 僕はもうガービィさんの公式パワーを超えましたよ! すぐにナンバーも追い抜いて帰ってきます!」
「おう!」
軽快に走り去る背中を、二人はしばらく目で追った。
「……サリー」
「なぁに?」
「ガービィの本当のパワー、教えた方がいいかな?」
「……ギース君、泣いちゃうよ」




