第15話【献身】
二人はやっとの思いで囲みから抜け出し、サリーたちと合流した。ライゼの顔には疲労の色が濃くにじんでいる。
「サリー、こっちだ……」
「ガンに緊急連絡が入ったから、何事かと思って──」
「パパー!」
その瞬間、ヒーローが勢いよく走ってきてライゼに抱きついた。ライゼの腕がすぐに我が子を受け止める。その瞬間、表情から重たいものがすっと消えていく。
「ヒーロー!ちゃんと一人でトイレできたか!?」
「うん!」
「よーし、このあと『うみねこ屋』に連れてってやる」
「やったー!クレープだ!」
ガービィが優しく頭を撫でる。ヒーローは嬉しそうに笑った。
「それにしても早いなぁ。もう来年から学園か」
「うん!パパみたいな、世界一のN.A.S.H.になる!」
「ヒーロー?学園では、N.A.S.H.だけじゃなく、ガンを作ったり、オペで支える仕事もあるんだぞ?」
ライゼが、どこか不安げに言葉を添える。
N.A.S.H.は栄光ある存在だ。だが同時に、その道は過酷で危険でもある。命を賭ける仕事を我が子に歩ませたい親など、どこにもいない。
親心は、どうしても最前線を避けたくなる。
だからこそ、N.A.S.H.育成の学園には、いまだ希望者が少ないのだ。
だが、ヒーローの目は真っ直ぐだった。
「ううん!N.A.S.H.がいい!」
「でもなぁ……」
「パパみたいになる!」
──パァアアアアッ!!
ライゼの顔が、眩しく発光する。
「ヒーロー!!一緒にN.A.S.H.かぁ……うん、うん。そうなったらいいなぁ……!」
幸せそうに微笑むライゼの頬がさらに輝きを放つ。ヒーローも同じ夢を見て、瞳を輝かせていた。
「ガッハハハ、眩しいな!」
「それか、バトルアリーナ!」
──ピキッ。
その瞬間、ライゼの動きが完全に止まった。静止したその様子はまるで彫刻のよう。
「サリー、また新しいやつだ。これはなんだ?」
「喜びから絶望への急降下……落差に耐えきれずフリーズしちゃったんでしょうね、多分」
ヒーローが小さな拳で固まったライゼを軽くノックする。
「パパ、銅像みたーい!」
「ガッハハハ!」
三人は腹を抱えて笑い、街の空気は穏やかに流れていた。
ふと、大型モニターに目を向けると、そこにはモンスターと戦うギースの姿が映っていた──。
──
数日後、自宅で夕食を囲むはずの時間。
いつもはお腹を空かせて真っ先に席に着くガービィの姿が、今日は見当たらなかった。
「ガービィが飯時にいないなんて、珍しいな?」
「入学や卒業とかの準備で忙しいんじゃない?」
「もうすぐ四月か。その後は研修だしな……。ヒーローは、学園でちゃんとやっていけるかな」
「いつまでも付きっきりってわけにもいかないし。私たちも、変わらなきゃ」
子どもが親離れするように、親も子離れしなければならない。ライゼはわかっているはずなのに、どこか寂しげだった。
「なんだか……嬉しいやら、寂しいやら」
視線の先には、フィギュアを振り回して遊ぶヒーローの姿がある。
「ぶーん! ブンブン!」
「──っ!! ヒーロー! なんだそれは!?」
「エアカッターってわざだよ!」
「違う! フィギュアの話だ! それ……」
「アリーナのチャンピオン! むてきの~ハリケーン、ヴィゴさまだぁあ!」
バタン!
とライゼがその場で倒れ込んだ。
「「パパ!? パパー!?」」
──ヒーロー、7歳。
入学式の朝は、雲ひとつない快晴だった。
それなのに、ライゼはソワソワと落ち着かない様子で家の中を歩き回っていた。
「ああああ、緊張する……」
「どうして行く気になったの?今までこういう行事は、全部避けてたのに。私としては嬉しいけど」
「今まではさ、俺が行ったら騒ぎになるかなって思って……。でも、ヒーローも寂しがってたし。それに今はバトルのほうが人気だしな!」
「フフッ、いじけちゃって。ガービィさんが初等部を見てくれるって聞いたわよ?」
「いつもじゃないらしいけどな。高等部は研修までガービィが見てる。まあ、見たい時に見に行けるってやつだ。職権乱用だけどな」
「ヒーローはセカンド組だもんね」
「ファーストより色々言われないさ、多分な」
ライゼはヒーローの部屋の前で仁王立ちし、そわそわと待っている。やがて、待ちきれなくなってドアを叩いた。
「用意できたか!? ヒーロー!」
扉が開く。
真新しいブレザー、深緑の縁取りと高級感ある革製のスクールバッグ。新品の香りとともに、ヒーローが誇らしげに立っていた。
「──おお!」
「似合ってる?パパ!」
「似合ってるぞ……うぅっ」
「ママーっ!またパパが鼻水垂らしてるよー!」
「やめて!服につけないでよ!」
慌ててリビングから飛んできたサリーが、ヒーローを見て目を細めて微笑む。
「ヒーロー……。よく似合ってる。成長したね……」
サリーは、入院していた頃のヒーローを思い出し、涙ぐんだ。
「へへー!ここに筆箱がはいってね!」
誇らしげにリュックの中身を説明するヒーロー。その姿にサリーの頬が緩む。
「このバッグ、ギースからなんだ」
「え……ギースくんが?あのギースくんが?」
サリーは驚いた。あのケチと評されるギースが、こんな高価な品を贈るとは。
「ハハッ、そうなるよな。でもギースは、ヒーローには甘いからな」
「誰からもらったの?誰ー?」
「ヒーローが小さかった頃だから、覚えてないかな……。パパの、大切な家族だ。そのお兄ちゃんからの贈り物だよ」
「入学式には来ないの?」
「連絡はしたんだけどな。きっと、忙しいんだろう──」
──
「みんな退けぇ!!」
「ギースも下がって!」
「メカリ、倒れたみんなを外へ!治療を!僕は後から行く!」
「必ず追いついてねっ!」
仲間たちを逃がすため、ギースはホールに立ち塞がった。
アイランドシティとバスカルシティの中間に発見された小さなホール。規模からして危険性は低いはずだった。
だが、そこにいたのは──
データにも存在しないモンスター。
既にチームは壊滅。ギースは覚悟を決め、技を放った。
「パワー……ショッ!? ッ!カハッ!!」
技を出すより早く、首をつかまれる。
だが、ギースの目が闘志を燃やす。
「やっと近づいたな──パワーナックル!!」
拳にパワーを纏い、モンスターを強打。壁に激突した敵は赤いヘビへと戻った。
ギースは痛む首を押さえながら、倒れたヘビを確認する。
「はぁ、はぁ……ギリギリだった。赤い増殖個体……これで終わりだ」
それが赤い増殖個体だと知り、胸を撫で下ろした──だが、その刹那。
ドォン!!
背後から衝撃が襲いかかる。
ギースの身体は壁へと叩きつけられ、鈍い音が響いた。
呻きながらも、彼はすぐに立ち上がる。
ガンを構え、敵を計測。左目は血で塞がり、身体はすでに満身創痍だった。
「パワー……19000!?まさか、二重ホール──」
現れたのは、人型のモンスター。赤い肌、二本の角、鋭い牙。巨大な鉄塊を手に持ち、まるで意志を持つかのようにギースを見下ろしていた。
ヒタヒタと不気味な足音で、ゆっくりとこちらに歩いて来たかに見えたが。
「──なっ!?」
気づけば目の前。
鉄塊が振り抜かれる。ギースは間一髪で避け、跳躍。だが空中で逃げ道はなく、迫る拳を体を回転させて受け流す。
「──とっておきだ!!」
回転の勢いをそのまま脚へ込め、頭部に一撃。
「パワー・キィィイイイイック!!」
咆哮とともに繰り出された技が敵を撃ち抜き、ヘビへと還す。
「我ながら、カッコ悪い技の名前だ……な」
ギースの体が、地に崩れる。
「メカリ……無事、逃げてくれてれば……」
そして──
ヒタッ、ヒタッ……
素足でホールを歩く不気味な足音。赤い人型の怪物たちが、数十体、静かにギースへと歩み寄っていた。
ギースは、自分の中に芽生えた感情に、戸惑いを覚えていた。
死を目前にしてなお、人のことを思える。そんな自分が誇らしくもあり──。
ヒタッ、ヒタッ…………




