第14話【変遷】
── ヒーロー3才 ──
「ギース、本当に行くのか?」
「ええ、最近バスカルにホールが集中してるので。あれから
ヒーローに何事もなくてよかったですね」
「お前のおかげだ」
ガービィにそう言われたものの、「いえ、そんなことは」などとは返さない。今やギースは、誰よりも真っ直ぐに人生を見据えていた。
更なる成長を目指して── アイランドシティから東へ遠く離れたバスカルシティへと旅立っていく。
「メカリちゃんとはどうなんだ? 一緒に行くんだろ? で、一緒になっちゃったりしてな」
ガービィは寂しさ紛れに冗談を飛ばす。本当は、伝えたいことは山ほどあるというのに。
「……ちゃんとおっさんになってきましたね、先生。遊びに行くんじゃないんですよ」
ギースが荷物を肩にかけると、ライゼの方を向いた。言葉を選ぼうとするたびに思い出がよぎって、うまく出てこない。 するとライゼが、ぽつりと声をかける。
「じゃあな……今生の別れじゃない」
ギースは、堪えていたものが決壊しそうになるのを必死でこらえた。旅立ちの先に何があるのか、それは誰にもわからない。
だからこそ──言葉の重みが沁みた。
「ここでの生活が楽しかったのも、ライゼさんのおかげです。研修の時から、ライゼさんの言葉があったからここまで来れました……お世話になりました」
「もう家族だ……。美味いご飯を作って待ってるからな」
ギースは小さく頷き、ライゼと抱き合う。
「またね、メカリちゃんと仲良くね」
サリーはいつもと変わらない口調で言った。この性格に、ギースは何度救われただろうか。彼もまた、いつも通りに返す。
「ライゼさんといつまでも仲良く。嫉妬はほどほどにしてください」
「フフッ」
今なら理解できる。それは、“聞いてないフリ”の笑みだった。
サリーと握手を交わしながら、ギースは思う──家族って、きっとこういう「かたち」なんだろうな、と。
「ギースギース」
レトルトのライゼカレーを差し出すヒーローを、ギースはそっと抱き上げた。
「ヒーロー……」
ヒーローの成長を見守ってきた三年間。その時間の重みが胸に込み上げる。
ギースはヒーローをサリーに預ける。
自分の番だとばかりに、黙って近づいてきたガービィが強く抱きしめてくれた。
「いつでもお前が心配だ……心配だった。でも、もうお前なら大丈夫だ」
それは、教え子への卒業証書のような言葉だった。ギースはもう我慢できなかった。
「……っ、ずるいですよ……ぐっ、今言うなんて……。兄がいたら、父がいたら、こんな感じかなと……ずっと……思ってました!」
「ギース……」
二人とも、大粒の涙をこぼしていた。が──
「俺たちより泣いてる人がいるぞ。ガッハ」
「フハハハ!」
ライゼが恥ずかしそうに背中を向け、黙って手を振る。
ガービィはこっそり耳打ちし、ギースに言わせた。
「ライゼさん!ライゼさんの料理、世界一美味かったです!」
──パァアアアアッ!!
「ガッハハハハハハ!」 「フハハハッ!」
「遊ぶな!」
二人に沈黙が訪れ、ガービィは無言で頷く。
それだけで、今の気持ちは伝わると信じて。
ギースも力強く頷き、無言で自分の道を歩き出した。
── 4才 ──
《今日もNo.1N.A.S.H.、ライゼが今まさに街の──》
「あ!ヒーロー!パパだよ!」
テレビから流れる中継映像に、サリーの声が弾む。ヒーローは勢いよく走ってきて、画面に釘付けになる。
《素晴らしい活躍!!小さな男の子をオーガから救い──》
「パパだ!つよい!みんなもパパはつよいって!」
「幼稚園でもパパの話になるの?」
「うん!ママー?」
「なぁに?」
「のうなしってなぁに?」
「……っ!!」
── 5才 ──
ライゼは今日もエプロン姿で、キッチンに立っていた。
「ヒーロー!今日は何食べたい!?」
「カレー!!」
「またか……。サリーは?」
「カレー♪カレー♪」
「……」
「カレーッ!!カレーッ!!」
「いつ来たガービィ」
── 6才 ──
アイランドシティのショッピングモール。
入学準備のため、家族で買い物に来ていた。サリーに手を引かれるヒーローと、付き添いでやって来たガービィ。
「すまないな、ガービィ。買い物に付き合ってもらって」
「ガッハ、好きで来てんスよ。この辺も段々と街っぽくなってきたっスね」
ヒーローはもう6才。最近は特に活発で、サリーも手を焼いている。
「ほら、お口拭いて」
口元を拭かれていたヒーローが、ふと何かを見つけ、駆けだした。
「パパ、見て見てー。パパがいる!」
「ブーッ!!」
ガービィが盛大にライゼの顔へ吹き出す。
「あのなぁ……」
「す、すいません! しかしなんスかありゃあ!?」
そこには、シティがライゼのために建てた銅像があった。 高さ5メートルほど。指を差すポーズは、今にも誰かを救いに行きそうな勢いだった。
「ふっふっふ」
「う、嬉しいんスか?」
「見ろ、ヒーローが喜んでる」
「すごいよパパ!パパ!見て!」
「どうだヒーロー!?パパは凄いだろう!!」
「うん!世界一のパパだよ!」
ヒーローは銅像のまわりをぐるぐる回って、大はしゃぎ。
「ハハハッ、ほらな?」
「まぁっスね」
「本当は断ってたんだが、自慢のパパになりたくてな」
「あっ!あれスね!最近ヒーローがバトルアリーナのチャンピオンに夢中だから!」
「……そうだ。はぁああああっ」
「ガッハ! そんな落ち込むことないスよ。人気が凄いっスからね、あれは」
バトルアリーナは、アイランドシティ中心部からやや北に位置している。
試合のルールは極めてシンプル──どちらが勝つか、それだけだ。だからこそ分かりやすく、賭けの規模も大きい。
そのわかりやすさと迫力から、今や世界中に中継される一大イベントとなり、子どもから大人まで楽しめる世界一の娯楽となっていた。
職業としてのN.A.S.H.には興味がないが、戦う力を持つ者たち。
そんな能力者たちが目指す舞台としても、このアリーナは機能している。
「最近はN.A.S.H.より、アリーナの選手になりたい能力者が増えてるんだって?」
「まぁ、危険はあるっスけど、バトルスーツでだいぶ安全になったっスから。怪我しても自己責任っスけどね」
「それにしても……昔は野蛮って言われてたのにな」
「今じゃ、ナンバーとチャンピオンが並んで語られる時代っスよ」
「……そっちに転職したらどうだ?」
「俺は、N.A.S.H.がいいんス」
「でも、あれは元々ガービィが──」
「だぁーっ! ヒーローが聞いてるっスよ!」
「えっ、まずいのか?」
「そろそろ学園入りっスから。余計な目で見られたくないっス! 絶対俺が卒業まで担当するんス!」
「お前高等部担当だろ……職権乱用だぞ」
「それを言うなら、学園長にビビらせに行ったライゼさんス」
「俺はただ挨拶に──」
──
《学園長、ヒーローに何かあったら……》
バチバチッ!!
《ひぃい!!》
──
「ガッハ!あれが挨拶っスか!?」
「ヒーロー!危ないよ! パパ、ヒーローのトイレに行って来るね?」
銅像に登ろうとするヒーローに、サリーが駆け寄る。
「俺が連れて行こうか?」
「大丈夫!」
ヒーローの手を引いてトイレに向かうサリーを、ライゼは微笑ましく見送っていた──
その直後。
『握手お願いします!』 『一緒に写真いいですか!?』
突然、周囲が騒がしくなり、ライゼとガービィはあっという間に囲まれてしまう。
「うわっ、なんで急に──」
「家族といたから遠慮してたんスよ! だから変装しましょうって言ったじゃないスか!?」
「ガービィがデカいから意味ないって!」




