第13話【もう一つの光】
アイランドシティ中央医療庁
━━ Island City Central Medical Authority ━━
機械音だけが規則正しく鳴り響く、無機質な病室。
その静寂の中、眠るように横たわる──ヒーロー。無数のコードが小さな体に繋がれ、その一つひとつが命綱のように思えた。
ライゼはベッドの傍らで拳を握りしめていた。最強のN.A.S.H.──その自分が、何もできない。目の前の息子一人、守れない。
──代われるものなら、代わってやりたい。それはこの状況下なら、誰もが一度は願う思いだ。
けれど現実は、そんな願いすら踏みにじっていく。
サリーもまた、疲れ切った顔でヒーローの小さな手を握り続けている。二人の間に、重たい沈黙だけが流れていた。
ヒーローが倒れてから、三時間が経っていた。
静寂を破るように、病室のドアが開いた。
現れたのは、息を切らしながら駆け込んできたガービィだった。
「医者は……何て言ってたんスか!?」
ライゼは一瞬だけガービィを見て、かすれた声で答えた。
「……能力はないが、体に“パワーの片鱗”があるらしい。それに反応する形で、“ガン”が過敏に反応して……」
「な……っ」
「……まだ詳しい事は分かっていない。ただ──意識は……」
普段あれほど快活なガービィが、何も言えなくなった。
ただ、黙ってライゼの肩に手を置く。それしか、できることがなかった。
さらにドアが開く。息を切らせたギースが、少女を連れて飛び込んできた。
「遅くなってすみません……!」
その少女──メカリは、成長していた。
二つに結んだ緑の髪、うっすらとした化粧。研修の頃の少女の面影を残しながらも、大人の女性の雰囲気を纏っている。
「ギース……その子は?」
「No.6の治癒能力者、メカリです。かつて僕が研修で同じチームだった子で……今、一番頼れると思いまして」
「治癒……っ!」
サリーは初対面の相手に、どこか戸惑いの色を浮かべたまま視線を向けた。
そんな彼女に、メカリは黙って深く頭を下げた。
「ライゼさん。ギースから事情は聞いています。私の力で何とかできるかは分かりません……でも、やれるだけのことは、やらせてください!」
真剣な眼差しで訴えるメカリに、ライゼは一拍置いて、頷いた。
「──君は、研修の時の……。
こちらからも、頼む」
ライゼの言葉に、メカリは静かに頷き、ヒーローのもとへ歩を進めた──
「待て!」
その瞬間、ガービィが鋭い声を上げ、腕を伸ばしてメカリの前に立ちはだかった。
「これは戦闘の傷じゃない!治癒能力で下手に刺激をしてしまったら──」
だが、メカリの瞳は揺れなかった。
その奥には、決意と焦燥が入り混じった光が灯っている。
「……この子の、生気が弱っているんです。時間がありません。今の私に、できる限りのことをさせてください!」
「メカリ、頼む!」
ギースの声が、背を押した。
メカリの手に淡い光が宿り、ヒーローの身体を静かに包み込む。
「……何かある……けど……これは……ッ!」
その瞬間、光が歪んだ。
次の刹那──
「キャアアア!!」
メカリの体が弾き飛ばされ、扉へと叩きつけられる。鈍い衝突音が響き渡った。
「メカリ!!」
ギースが駆け寄り、肩を支える。
肩で荒く息をしながらも、メカリは苦しげに声を絞り出す。
「とんでもない……何かが……! 私の治癒じゃ、抑えきれない……!
このままじゃ、この子の体が──耐えきれない……!」
その言葉が終わらぬうちに、メカリが叫ぶ。
「せめてもう一人……治癒能力者がいれば──!」
「ここにいるわ!」
サリーの声が空気を裂く。
次の瞬間、サリーの体が光に包まれた。
メカリと同じ力──治癒の力を、彼女はその身に写し取ったのだ。
視線を交わし、無言で頷く二人。
再び、ヒーローのもとへと駆け寄る。
二人の手が重なると、強く、大きな光がほとばしった。
「く……っ……!」
「まだ……まだです……!」
その光は、ヒーローの体から何かを引き剥がすように渦巻き、
二人の体からエネルギーを容赦なく奪っていく。
苦痛に顔を歪めながらも、彼女たちは治癒をやめなかった。
──突如、病室のモニターが一斉に赤く点滅を始めた。
バチバチと火花を散らして管が外れ、
医療機器が悲鳴のような警告音を発する。
「二人……がかりなのに……っ!」
「……まだです!!もう少しで抑え──」
だが──
ついに、その“限界”が訪れる。
光が爆ぜ、サリーとメカリの体が宙を舞い、壁に激しく叩きつけられた。
凄まじい衝撃音が、病室中に響き渡る。
その直後──病室の扉が勢いよく開き、数人の医師が駆け込んできた。
「何があった!? ……っ──!」
一人の医師が、ベッドの上を見て息を呑む。
その視線の先で、ヒーローの顔色がみるみるうちに赤みを取り戻していく。
淡い光がふっと消え──。
静寂が訪れる。
──そして。
ヒーローのまぶたが、かすかに震え──
ゆっくりと開いた。
「マ……マ……がっこは……?」
その声は、か細く、かすれていた。
けれど、確かに生きていた。
──あのとき、倒れる直前の、続きの言葉だった。
「っ……くふっ……!!」
サリーは、その場に崩れ落ち、肩を震わせて泣き出した。
長く、果てしなく感じた時間。
けれど、ヒーローにとっては──
ほんの一瞬の、続きを紡いだだけだったのだ。
その奇跡に、誰もが言葉を失った。
涙が溢れた。
声も出せず、抱きしめることもできず、
その命のぬくもりに──ただ、泣いた。
Island City Central Medical Authority
【アイランドシティ中央医療庁】
中央医療庁は、医療行政を担う省庁であり、その傘下に各都市の施設が存在する。アイランドシティはその中核施設を有する都市である。




