第12話【光】
━━ ヒーロー1才 ━━
「ぷぁぷぁっ!」
ヒーローが生まれて初めて「パパ」と発した瞬間──
パァアアアアッ!!
ライゼの顔が眩く光り輝いた。比喩ではない。感情が昂ぶり、能力が漏れ出たのだ。
「サリー! 今、パパって言ったぞ!!」
「ああっ! 鼻水がヒーローに!」
その輝きと同時に吹き出た鼻水が、ヒーローの頬を濡らす。そこへ無遠慮なチャイムが鳴り響いた。
「誰だ、こんな時に……!」
画面には、にこやかに手を振るガービィとギース。ライゼは仕方なさそうにオートロックを解除した。
「また来たぞ、あの二人」
「フフッ。毎日毎日、よく飽きないねぇ」
扉を開けると、ギースが開口一番に驚く。
「うわっ! また鼻水ですか!?」
「ガッハハハ! こないだヒーローが立ち上がった時も、同じ反応だったスよね!」
「そんなことはどうでもいい! 聞け! ヒーローがな──」
興奮ぎみにヒーローを指差すライゼ。ガービィとギースも目を輝かせて耳を澄ます。
「ぷぁぷぁっ!」
「ぉおお……。僕たちまで幸せになりますね……」
「だな……」
──パァアアアアッ!!
またしてもライゼの顔が閃光を放つ。
「っ!!」 「っぶ!!」
ギースとガービィは吹き出し、堪えきれず笑い転げた。
「ガッハハハハハハ! 何スか、その電球みたいなのは!?」
「はっ、鼻水じゃない! 新しいですね、これは! フハハハハッ!」
「帰るか? お前ら」
「 あ〜苦しい……」
ギースがさらに追い打ちをかける。
「でも初めての言葉がママじゃなくて、パパなんですね」
──パァアアアアッ!!
「フハハハハハ!!」 「ガッハハハハハハハ!!」
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━━ ヒーロー2才 ━━
「お前ら、毎日俺の光る顔見に来てんのか?」
「はい」 「ええ」
「帰れ」
ソファでくつろぐガービィとギースに、ライゼが悪態をついていた。見かねたサリーが口を挟む。
「そんな意地悪言ってると、ヒーローが真似するでしょ」
「ママ、がっこ」
「はいはい、だっこね〜」
歩き出したヒーローが、サリーの足元にまとわりつく。ギースは心配そうに尋ねた。
「こんなに歩くと、目が離せなくて大変ですね」
「まぁな。毎日四人分の飯を作る大変さもわかってほしいけどな?」
ライゼの皮肉に、ギースはわずかに眉をひそめ、気まずさを隠すように話題をすり替えた。
「毎日アイランドシティに通ってるのも、けっこう大変なんですよ!?」
「好きで来てるんだろうが……」
ギースはふぅ、とため息をついた。
「もっと便利な乗り物があればいいのに……」
「能力移動は罰金だからな。もうギースもナンバーだろ、申請してみたらどうだ?」
そのやりとりを聞いていたガービィが、ふと遠い目をする。
「マザーがいなけりゃ、あんなAIなんてなきゃ……平和だったんスかねぇ」
ライゼは言葉を選ぶように黙り込んだ。
「……さぁな」
「でも今は、便利より安全を選んだってことですよね。納得はしてます。けど、やっぱり不便です」
ガービィが、ギースの質問に対して教師らしい声で語る。
「政府がマザー以前の技術に制限したのは、二度とヘビみたいな怪物を生まないためだ」
「……ですね」
「でも、必要な技術は残してる。ヘビがいなけりゃ、人類はいまだに国家間で争ってただろうし、エネルギーも枯渇してた。ある意味良い面も──」
ガービィの顔に、はっとした色が浮かぶ。ギースの両親が、ヘビによって亡くなったことを思い出したのだ。
「……悪かった、ギース」
「え? いや、僕はもう気にしてませんよ」
空気を変えるように、ライゼが話を切り替えた。
「ギースは今年No.4だったか?研修の時から、良く頑張ったな」
「ありがとうございます! まだまだお二人には敵いませんが、正直……嬉しいです」
「よし、今日はギースの好きな料理を作ってやる!」
「ホントですか!? あの……ワショク? の、茄子の油煮が……」
「私もあれ好きーっ!」
「任せろ」
ライゼがキッチンへ向かうと、ガービィが低く呟く。
「……無茶しすぎんなよ。最近、危険なホールばかり行ってるって聞いたが」
「昔みたいな無茶はしてませんよ。ただ──」
ギースは少しだけ目を細めて言った。
「研修の時、ライゼさんに言われたんです。“ギースたちの世代が、ヒーローを守ると信じてる”って。あの言葉が、ずっと胸に……」
ガービィは静かに頷いた。
「守ってみせます……!僕だけじゃなく、あの頃の仲間と!」
「お前を治療してたメカリは、もうNo.6らしいな」
「ええ。僕らのチームで潜ってます。今はまだ、オペレーターがいなくて。ソロ討伐の許可なんてライゼさんしか──」
ヒーローは小さな足取りで歩み寄ると、まっすぐギースを指差した。
「ぎーしゅ、かれー」
「フハハッ、カレーのお兄ちゃんだよ、ヒーロー」
「ガッハ、ここでカレーばっか食ってるからだ」
ギースはヒーローの背を見送りながら、ぽつりと漏らした。
小さな足でよちよちと歩くヒーローが、くるりと振り返って、無垢な笑顔を向ける。
その一瞬に、ギースは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……今もなお、世間は能力のない者には厳しい。だからこそ、僕はホールに潜るんです。僕の働きが、少しでもこの世界を変える一歩になるなら──
僕にとっても、ヒーローは未来への光なんです」
「……まだ、両親のこと気にしてるのか?」
「わかりません。ただ、ヒーローを守れた時──何かが変わる気がして」
「両親の事件を……聞いてもいいか?」
「ええ、ただ……記憶は曖昧です。父が倒れるのを見たあの瞬間──僕は、まだその手を握っていました。母は……どうなったか、思い出せないんです」
「記録は?」
「孤児院でも見つかりませんでした」
「役所でも調べてみたらどうだ?真実を知ることで、消化できる気持ちもあるはずだ」
「……ありがとうございます」
ガービィもまた、ヒーローの無垢な笑顔に目を細めた。
だがその優しい眼差しは、すぐに翳りを帯びる。
「現実として差別はある……。もしヒーローが──」
「能力がなくても、僕たちが守ります」
「ギース……」
そのとき、テレビからにぎやかなCMが流れ出した。
《カレー♪カレー♪ライゼカレー♪》
エプロン姿のライゼが笑顔で踊っている。
《──ライゼカレーを食べて、君も最強のN.A.S.H.になろう!》
「ブーッ!!」
ギースは盛大に吹き出し、顔を真っ赤にして笑った。
「な、何ですかこれ!? 先生、知ってました!?」
「……昨日、初めて見た。大人気らしい」
「フフッ、いっぱいあるよ!」
サリーが嬉しそうに、テーブルにレトルトパックを並べる。
「おお、家で食べるからちょっとくれ!」
「ズルいですよ先生、僕にも……ん?」
ヒーローがふらりと近づいてくる。その足取りは、どこか頼りない。
「ママ、がっこ……」
声がかすれていた。目の焦点も合っていない。
次の瞬間、音もなく、崩れるように──
小さな体が床に倒れた。
『ヒーローッッ!!』




