第11話【クッキングライゼ】
「ただいま──」
玄関を開けたライゼに、サリーが全力でダイブした。
「っぶ!!」
「寂しかった寂しかった寂しかった! ご飯! ご飯! ご飯!」
「……おい、サリー。後ろに客がいるぞ」
ガービィの低い声に、サリーは飛びついたまま凍りついた。
「──っ!? す、すみません! 見苦しいところを!」
赤面しながらも、なぜかしがみついたまま離れようとしない。
「そう思うなら降りろよ……?」
ガービィがぼやくが、サリーは聞こえないふりをして頑なにしがみついたまま。
ギースはやや緊張した面持ちで、真っすぐサリーに向き直る。
「あ、朝はどうも! 改めまして、ギースです! お邪魔させていただきます!」
「降りろって……」
「首席の! 初めまして、サリーです! さあ上がって、テーブルへどうぞ!」
ライゼはサリーに抱きつかれたまま、我が子の姿を探し始める。慣れた様子で、もはや気にもしていない。
「俺の可愛い可愛いヒーローたんはどこだ~!」
「今寝たとこ!」
「いや、だから降りろって……。絵面がすごいぞ、サリー……」
ギースはリビングへと通され、部屋の中にある大きなシェルターの前で足を止めた。
「この……大きなシェルターは?」
「子どもが寝てるの。大変だった……」
「まさか……べ、ベビーベッド!?」
戦車のように頑強な構造物。赤ん坊が寝るにはどう考えても過剰な装備だった。
(……さっきのドローンより丈夫そうじゃないか)
ギースは思わず朝乗ってきたドローンと比較してしまう。
「サリーもお疲れ様だったな。ありがとうな」
「パパもお疲れ様!」
「ああ、癒される……」
ライゼはまるで神殿の扉を開くように、慎重にシェルターを開け、愛おしげに我が子を覗き込んだ。ギースも後ろから覗き込み、その姿を見て微笑む。
「あ! 可愛いですね! 女の子ですか?」
「可愛いだろう! ……で、女の子なら何だ? まさかうちの子が年頃になったら──」
「男の子! 男の子だから! さ、パパはこっち!」
サリーが嫌な予感を察し、強引にライゼをキッチンへ引っ張っていく。
目を据わらせて悪態をつくライゼに、ギースは思わず呟く。
「さ、さっきと同一人物とは思えないですね……」
「ガッハ、本当にな!」
「……すみません。うちのパパ、親バカの兆しが──」
サリーが言い終える前に、ギースが口を挟んだ。
「兆しの意味、分かってます……?」
「ガッハハハ!」
サリーはギースに一度目をやり、笑うガービィに尋ねる。
「パパが研修生を家に呼ぶなんて、珍しいですね」
「なあ、よっぽど気に入ったんだろ。あの人、手のかかる奴ほど可愛がるからな」
「研修で何かあったんですね。フフッ」
ギースの変化を察し、サリーが柔らかく微笑む。
「手の、かかる……三人……」
まずは自分、それからサリーとガービィを見て、ギースはなにかを察した。思わずつぶやいたその言葉に、ガービィは満面の笑みで返した。
「ガッハハハ、言うじゃないかギース! まあその通りだ!」
ギースは焦って話題を切り替える。
「さ、サリーさんって、No.4ですよね?」
「今は産休中だから、来年は違うと思うけどね」
サリーはチームでの戦闘を思い出したのか、ふと寂しげな表情を浮かべる。
「サリーさんとガービィさんって、前から知り合いだったんですか?」
「ああ、ギースの五期前……いや四だったか? 俺の教え子だ。それ以前から知ってるがな」
「っ……!! ど、どうりでお若いと!」
「惚れたか」
「ち、違いますよ! た、ただ……こんな綺麗な人は見たことがなかっただけで!」
その言葉に、キッチンからライゼが飛び出してくる。
「ダメだぞ! 俺の大切な妻だ!」
すぐさまキッチンに戻っていくが、その姿にギースは目を見開いた。
「エプロン……!?」
先ほどまで泥棒のような格好をしていた男が、今は清潔なエプロン姿になっている。
ギースは視線でガービィに問いかけた。
「ガッハハハ! 今のギースと同じ顔、俺も昔したぞ!」
ガービィは背を仰け反らせて笑い、昔を懐かしんだ。
「あれはいったい……」
「あれはな、“クッキングライゼさん”だ!」
「冗談が聞きたいわけじゃ──」
「冗談じゃない、そのままの意味だ。サリーはな、料理ができないんだ」
顔を赤らめ、うつむくサリー。それを見たギースは少し驚きつつも、理解を示す。
「別におかしいことじゃ……。ケータリングや外食もありますし。なぜライゼさんが?」
「サリーはな、ライゼさんの料理しか食べないんだよ」
その言葉にサリーはさらに赤面し、耳まで真っ赤になる。
「そ、そんな親鳥と雛みたいな……。何か理由が?」
「あるとも! ライゼさんの料理が、世界一うまいからだ!!」
サリーはガービィが言い終わる前に、リビング中に響き渡る声で「そうなんです!!」と目を輝かせている。
「……はあ」
ギースは二人の熱量に押されて、脱力気味に息を漏らした。
──
テーブルに移動した三人の前に、スパイスの香りが漂い始めた。クミン、カルダモン、ターメリック……その複雑な香りが、空腹を刺激する。
「今日は……ライゼカレーだな」
ガービィが香りを嗅ぎ、一呼吸置いて料理名を言い当てた。さすがの付き合いの長さだ。
「カレー♪ カレー♪」
サリーも嬉しそうに歌いながらはしゃいでいる。
「らいぜ……かれー……?」
聞き慣れない単語に困惑し、ギースはガービィに助けを求めるような視線を向けた。
「昔はな、国々が一つじゃなかったんだ」
「ええ、愚かですよね。ヘビの出現で滅びかけるまで、人類が一つになれないとは」
「カレー♪カレー♪」
「サリー、今大事な話しをしてんだ! 約五百年前の話だ。当時はいろんな国があってな、それぞれ独自の文化や食があったんだ」
「へぇ、興味深いですね。でも学科ではここ五十年で食材の再現は──」
「カレー♪カレー♪」
「……食材はな。レシピは、ほとんど失われてたんだよ。戦争続きだった時代は食糧確保が優先で、寒冷地でも育つものばかり育ててた。食文化より生存が優先だったから、調理法はほとんど失われたんだ」
「それじゃあ、なぜライゼさんが調理法を?」
「さぁな、歴史好きだからじゃないか? サムライとか好きだし。サリーに料理を作るのが生き甲斐だと言ってたしな」
「カレー♪か……今の話、詳しく聞かせてもらえます? 特にサリーを愛し過ぎての部分から」
「先生として心配になってくるぞサリー。耳鼻科に行きなさい」
──
お待ちかねとばかりに、ライゼが大鍋を抱えて現れた。
「できたぞ!! さぁ食べてくれ!」
「──っ!!」
一口食べたギースは、衝撃でスプーンを止めることも忘れ、夢中でカレーをかき込んだ。
「ガッハ、美味いだろう!」
「何ですかコレは!? 美味すぎます! こっ、コレがライゼカレー!!」
鍋を置いた瞬間から、異様な食欲の嵐が巻き起こる。そして雷の気配が──。
「雷帝」
サリーが朝にストックしていた能力を発動。食卓に雷が鳴り響き、食事のスピードが異常な域に達する。
「俺の能力は速く食べるためにあるんじゃないぞ?」
「ばっべ、ばぐばる」
「なっ!?」
鍋の中身は三分の一にまで減少。ギースもガービィも一心不乱に食べ続け、おかわりしている。
三人の貪欲な食欲に、ライゼはついに諦めの表情を浮かべた。
「俺が作ったのに、俺の分が──」
「これ売れますよ!!」
「ガッハ、本当にな!」
「お腹いっぱい……」




