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第10話【初めてのギルド】

 アイランドシティ西側にあるギルド施設内。研修生たちが疲れた様子で登録を済ませている。


 番号札に電光掲示板、床には色分けされた誘導線。まるで役所のような雰囲気に、研修生たちは少し戸惑っていた。


『もっとこう、ギルドって泥臭いようなイメージだったな』 『わかるわかる! 意外と、っていうか綺麗で驚いたよ』 『トイレは……こっちか』


 疲れているはずなのに、誰の目から見ても浮かれている研修生たち。彼らにとっては初めてのギルド内、何もかもが新鮮だった。


 熟練のN.A.S.H.(ナッシュ)たちが、慣れた手つきでガンに記入した書類をデータで提出し、すれ違いざまにライゼやガービィに親しげな挨拶をする。


 その様子を見て、研修生たちは胸を張るような誇らしさを感じていた。


 これからは、ここが自分たちの仕事場になる。


「これでN.A.S.H.(ナッシュ)登録は終了です。ファースト四名、計測値5000未満のセカンド十六名、計二十名ですね。正式なガンを支給しますので、研修用のガンはこちらにご返却ください」


 受付の女性の事務的な言葉すら、研修生たちには祝辞のように聞こえた。


 一人ひとりに手渡される真新しいガン。それを見つめる目は、誇りと憧れに満ちていた。


 黒いガン──。


 一般市民はこの黒いガンの所持を禁じられている。にもかかわらず、通話やホールの識別、パワー測定といった多機能性から、「ガン」は今や広く普及している。


 だからこそ、この黒いガンはN.A.S.H.(ナッシュ)の証。街の雑踏に黒いガンを携え歩くことが、彼らにとって夢の象徴だった。


 誰もが息を呑むように、黒いガンをそっと手にした。宝物を包むように、大切に、大切に。


『黒いガンだ!!』 『俺たち……なんとかここまで残れたな』『やっとN.A.S.H.(ナッシュ)だ……』


 ──アイランド学園の門は広く開かれている。希望さえすれば、授業料を払うことで誰でも入学が可能だ。


 他のN.A.S.H.(ナッシュ)育成校も、基本的には同じ方針をとっている。


 たとえ特別な能力がなくても、セカンドとしてオペレーターや研究機関のサポート職として働く道はある。だが、それでもN.A.S.H.(ナッシュ)を志す者は決して多くはない。


 億万長者も夢じゃない──そんな華やかな話もあるが、現実は甘くない。そこまで稼げるのは、他の職業と同じくほんの一握りだ。しかも相手は、命を奪う怪物ヘビ


 本物の死が、すぐそばにある。


 だからこそ、卒業までたどり着き、さらにその先の研修課程へ進む者はごくわずか。  その道は、思っているよりもはるかに狭い。


 ギースはそっと目を閉じ、その重みを確かめるようにガンを握った。


「僕が……N.A.S.H.(ナッシュ)に……」


「以上になります。お疲れ様でした。N.A.S.H.(ナッシュ)就任、おめでとうございます。換金受付はあちらです」


 長かった研修が、ようやく終わりを告げた瞬間だった。その実感が、一斉に疲労となって押し寄せる。


『書類ばかりだったな……』 「記入が多過ぎてさすがに疲れたよ」 『先生はよく毎年付き合ってるね』


「ガッハ、俺の苦労をわかってくれたか?」


「換金はこちらになります。ガンから必要事項を記入の上、提出して下さい」


 再び事務的な声が響き、新たなN.A.S.H.(ナッシュ)たちは早くも社会の厳しさを知る。


『マタ……』 「……」


 ギースたちはもはや言葉にならない。


 ──


 換金を待つあいだ、ロビーのソファに腰を下ろしたガービィにも、研修の気疲れがにじみ出ていた。


 身体の重みをソファに預けたまま、ガービィは深く目を閉じた。研修の気疲れがどっと押し寄せ、呼吸の音さえ遠くに感じられた。


 その静けさの中で、壁に掛けられたテレビの音がぼんやりと耳に届いた。内容は頭に入ってこないが、断続的に流れるニュースの声が、妙に心地よい。


 《今年のバトルアリーナの優勝者は──》


   《植樹による花粉の問題が懸念されており──》


 《かつて人工知能マザーが遺したヘビは、いまだ根絶に至らず──》


 《ヴィゴが対応するも、台風2号の猛威は依然として──》


 情報の断片が、まるで夢の中の声のように遠ざかっていく。


 そして、ふと──。


「今年も……お前みたいに手のかかる生徒ばかりだ、イリオス」


 誰にともなく、あるいは過去に語りかけるように。


 ガービィは小さく、そう呟いた。


 ──


「お待たせしました。銅が六十二体、合計一千八百万ゴールドです。ご確認ください」


『う、ぉおおっ!』 『二十人で割ると……!?』


 歓声があがる中で、ギースだけは妙に冷静だった。


「僕の取り分は……七割とすると──」


『いい加減にしてよギース!』 『ギースは無視しろ、均等だ均等!』


 次に呼ばれたのは、ガービィだった。


「赤が二体で七千万、銀が六体で四千二百万。合計で、一億一千二百万ゴールドです」


「書類通り、半分はライゼさんのガンに。……ありがとう」


 慣れた口調と迷いのない手続きに、研修生たちの視線が一斉に集まる。


『……桁が違う』


「ぐ、ぐぉおおおっし!!」


  『ギース!?』


「だ、大丈夫だ……。僕も……いつか……あのくらい稼げると思うと……っ!」


 興奮で震えるギースに、トムが小さくため息をついた。


『……せめて口に出すなよ』


 かつて学生だった頃の彼らは、互いに張り合い、ぶつかり合うライバルだった。


 それが今では、肩を並べて笑い合っている──そんな穏やかな空気に、ガービィはそっと胸を撫で下ろす。


 教え子たちの未来を思いながら、心に浮かんだ想いを言葉に乗せた。


「これからは皆、N.A.S.H.(ナッシュ)だ。お前たちなら、きっと大丈夫。学園や研修で……その……学んだことを……」


 ガービィは言いかけて、ふっと言葉を詰まらせる。込み上げる寂しさを隠しきれず、目を伏せた。


『先生、打ち上げ行こうよ!』 『みんな疲れてるし、後日な。幹事は……ギース以外で』


 研修生たちからの提案で、ガービィの顔が明るくなった。


「ガッハ! 俺が出してやる!  好きな店にしろ!」


「ごちそうになります!」


『ギース……』


 笑い声はまだ絶えない。だが、どこかに別れの寂しさが混ざっていた。楽しかったぶんだけ、名残惜しさが増していく。誰一人として、解散の一言を口にできずにいた。


 それでも時間は流れていく。やがて、皆はしぶしぶ立ち上がり、名残惜しそうにそれぞれの日常へと戻っていった。


 ──ただ一人、ギースだけは違った。最後までその場に残り、ギルドの前でガービィと肩を並べていた。


「そういえば、ライゼさんはどこです?」


「必要書類を提出したあと、スーパーに行ったよ。戻るって言ってたんだが、遅いな」


「……スーパー?」


 No.1が自分でスーパー?  しかも一億超の報酬を得た直後に?  ギースは小さく首をかしげた。思考が追いつかず、脳内で疑問符が渋滞していた。


「あ、来た来た」


 視線の先に現れたのは、顔を深く隠したフード姿──まるで泥棒のような変装をしたライゼだった。両手いっぱいに買い物袋を抱えて、足早に近づいてくる。


「すっかり遅くなってすまないな、ガービィ!  能力は目立つし、ちょうど帰りのラッシュに──」


「もうみんな帰ったっスよ。打ち上げは後日らしいんで──」


「俺も行くよ。ちゃんと、別れの挨拶ができなかったからな」


「あ、あの……」


 ギースがためらいがちに声をかけた瞬間、ライゼの視線が彼の腰にある黒いガンに留まった。次の瞬間、ライゼはパッと頬を緩めた。


「ギース! ガンが似合ってるぞ!」


「ありがとうございますっ!」


「ギースもうちに寄るか?  これから飯なんだ」


「いいんですか!? お邪魔します!」


「よかったなギース! 早く行きましょう、ライゼさん。もう腹減って限界っスよ」


「俺だって早く子どもに会いたいよ」


 肩を並べて歩く三人の姿は、まるで家族のようだった。夕暮れの街を、ささやかな笑い声が包んでいた。



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