第66話~第67話 幕間2 ステラの神託
ベルンがギルドの一室でうんうん唸っている頃、アイリーン達もまた、オリヴィアから話を聞いている所だった。
この場にはアイリーンの他に、レーヴェの大統領であるメイと冒険者ギルドのマスター、ハンナの姿もある。
「ステラ教国とアカラ帝国の小競り合い、ね」
「小競り合いと言うより、アカラ帝国側が侵略しているって感じだねぇ」
オリヴィアの話によると、エルフ達はステラ教国とアカラ帝国の国境付近で生活していたらしい。
それが、アカラ帝国の侵略によって戦火に晒され、慌てて逃げ出したのだとか。
そして、逃げ出した先でカメオ達に出会い、捕まったと言う。
「アカラ帝国も亜人を奴隷にしているんだったかしら?」
今まで集めた情報では、アカラ帝国は亜人を捕まえ、奴隷にしていると言う話であった。
だが、それに対してオリヴィアは首を振る。
「いいえ。亜人に限らず、捕まえた相手は全て奴隷にされています」
「…わざわざ亜人を狙っている訳では無いって事?」
オリヴィアが言うには、アカラ帝国が侵略を行っているのは確かであるらしい。
元々、アカラ帝国周辺では亜人達が集落を作り、同じ種族同士で生活していた。
そう言った少数の集団が侵略に合い、まとめて奴隷にされている。
結果、亜人の奴隷ばかりになった、と言う事らしい。
「アカラ帝国には亜人の将軍もいますし、王国やネリエルほどの扱いは受けません。奴隷にしても、あくまで労働力ですので命を奪う事まではしていないようです」
「…でも、奴隷なんでしょ?」
そうアイリーンが聞けば、オリヴィアは目を伏せる。
「自由は奪われるようですし、強制労働もありますが、最低限死なないようには配慮されていると…」
そう『聞いている』…その言葉は飲み込まれた。
伝聞に過ぎないと言うのはオリヴィア自身も解っているのだ。
本当はどんな扱いを受けているかなど、実際に見てみなければ解らない。
「…とにかく、アカラ帝国は亜人を優先して狙っている訳ではないのね?」
「重労働用に力の強い種族は狙われるかもしれませんが、人間だから見逃されると言う訳ではありませんでしたね」
メイはオリヴィアの様子をじっと見つめながら、そっとアイリーンに目配せした。
「…ねぇ、オリヴィアさん。私達を見て驚かないのね?」
「驚く、ですか?」
「私達を見てもなんとも思わない?」
オリヴィアの目の前に居るのは、天使族、ドワーフ族、鬼族…オリヴィアを救ったレイ達は人間だし、一緒に居たギアはエルフ。
様々な種族が一つの国で生活しているのに、オリヴィアはそれに驚いた様子は無い。
いや、驚いてはいるが……なんと言うか、比較的冷静なのだ。
「人間と亜人が一緒に生活しているのってステラ教国だけなんでしょ?」
そこまで聞き、オリヴィアもようやく何を言われているのかを理解した。
「一つ訂正すると、先ほども言った通りアカラ帝国も共存しています。あの国は元々、ステラ教国から分裂した国ですから」
「そうなの?」
「はい。分裂後は、ステラの神託の力を狙い、ステラ教国を取り込もうとしているのです」
アカラ帝国が、クラウン王国や神の国ネリエルを後回しにしてでもステラを狙う理由。
それが神託の力なのだと言う。
「神託?」
「ステラ教国には遠見の水晶と呼ばれる秘宝があり、それを介してステラ様から神託が下される事があるのです」
それを狙い、アカラ帝国はステラ教国へ侵略を仕掛けているらしい。
アカラ帝国はステラ教国から分裂したものの、ステラ神を信仰している事に変わりは無い。
分裂の理由は、神の国ネリエルへの対応の違い。
アカラ帝国は徹底抗戦派、ステラ教国は融和派であったと言う。
その考えの違いから内乱に発展し、国が二つに割れた。
アカラ帝国の狙いは全ての存在をステラ神の元に統一する事。
その狙いに正当性を持たせる為にも、遠見の水晶の奪取は急務であると言う。
戦いは長く続き、ステラ教国は大陸の端にまで追いやられ、四国の中でも一番規模が小さい国になってしまったそうだ。
「…じゃあ、アカラ帝国が亜人を奴隷にしているって話は、あくまで結果論なのね」
「はい。亜人に対する差別がある訳ではありません」
ステラ教国側も亜人が多い国だ。
特に、前線に出て来る兵士は身体能力の優れた亜人である事が多いのだと言う。
そうなると当然、捕まるのは亜人が多い。
そう言った事情が重なり、亜人の奴隷が殆どを占め、亜人を奴隷にしていると言う噂に繋がったと言う話だった。
「つまり、他にも亜人と共存している国があるから、私達を見ても驚かなかったって事かい?」
メイが改めて元の質問に戻せば、オリヴィアは少しだけ考えてから口を開いた。
「それもありますが…。三か月以上前になるでしょうか。ステラ教国で神託が下されたと噂になったんです」
「神託?」
アイリーンとしては半信半疑だった神託と言う言葉。
しかし、それが実際に下されていると言うのなら、ステラ神が存在している証拠となる。
…それは同時に、自分達を召喚した最有力容疑者とも言えるだろう。
オリヴィアは服のポケットから紙切れを取り出す。
生憎、そこに書かれているのは見知らぬ言葉で、アイリーン達には読めなかったが。
「アジトを調べると言っていた冒険者の方に取り戻して貰ったんです」
「ごめんなさい、私達じゃ読めないのよ」
こちらの世界と『EW』の世界。
使われている文字は別の物だ。
…勿論、地球の物とも違う。
「失礼しました。読み上げますね。『異世界より救世主来たる。現れるのは北の雪山、南の地、南の島、空の大地。世の混沌を振り払う存在になり得る、心清き者達也』」
救世主と言う言葉に、メイとハンナがアイリーンを見る。
『ジュエル持ち』は、メフィーリアで救世主と呼ばれているのである。
「―――……場所は順に、オーメル、レーヴェ、メフィーリア、ロクトかしらね」
すでにそれぞれの国の位置は解っている。
オーメルだけは推測でしか無かったが、今の言葉を信じるのならば確定と言っていいだろう。
神託が眉唾物と思っていたアイリーンにも、本当かもしれないと思わせるには十分だった。
ロクトのような特殊な環境を言い当てている辺り、信憑性は高い。
「ステラ様は救世主の召喚によって大半の力を使い、半年ほどは眠りに付くとも言われていたそうです」
「召喚って事は原因そいつじゃん!」
「っていうか今寝てんの!?」
「二人とも落ち着きなさい。オリヴィアちゃんが驚いてるわよ」
テーブルに手を付いて立ち上がった二人を見て、正面に居たオリヴィアがオロオロと二人を見比べている。
その様子を後目に、ハンナは優雅に茶など啜っているが。
「ではやはり、貴女達が救世主様なのですね!」
「いや…それは解んないけど…」
指を胸の前で組み、オリヴィアがキラキラとした目でアイリーン達を見つめる。
純粋無垢な瞳をぶつけられ、アイリーンの方がたじろいでしまうほどだ。
「北はアカラ帝国に塞がれ、南に抜ければ救世主様に出会えるのではないかと長く逃げ回って来たのです。盗賊共に捕まっても、南へ逃げられればなんとかなると……っ!」
顔を抑え、泣き出してしまったオリヴィアに、アイリーンはアワアワと慌てるばかり。
そんな様子を見て、メイとハンナは小さく笑った。
『EW』の人間からしても、オリヴィアの気持ちは良く解ると言うものだった。
メイ達もまた、『ジュエル持ち』の出現を心待ちにしていた一人だ。
異世界から『ジュエル持ち』が現れたと聞いた時、どれほど歓喜した事か。
彼等が現れた事で、どれほどの被害が食い止められた事か。
「…と言う事は、私達を見ても驚かなかったのは神託があったからなんだね?」
「はい…。盗賊達を一瞬で倒した時、この人達が救世主なんだと直感しました。驚くより、安心の方が勝ってしまって…」
救世主に出会えば救われる。
そう信じてここまで逃げて来たのだ。
例え盗賊に捕まろうが、一縷の望みに懸けて脱走した。
素直に従わなければ殺される可能性はあったし、奴隷の枷をされた状態で魔物に出会えば生き残れる保証など無い。
それでも、たった一つの救いに縋ったのだ。
それこそ、命懸けで。
「救世主様、どうか我等を…ステラ教国をお救い下さい」
「えぅ…」
オリヴィアが深々と頭を下げるのを見て、アイリーンは言葉を詰まらせる。
色々説明をしなければならない。
そもそも救世主とやらが二万人ぐらい居るとか、オーメルだけ遠いとか、ステラへの道を開拓中だとか、邪神の宝玉とネリエルへの疑惑、魔法についても聞きたいとか。
一番重要なのは、ステラ教国とステラ神の事。
協力出来る国なのか調べてからでないと頷けない。
ステラ神が自分達を召喚したのなら、その意図を確認しない限り全面協力は難しい。
少なくとも、アイリーン達を勝手に呼び出し、その後何も言わず寝てしまう神である。
いきなり信用しろと言われても無理な話だろう。
事前説明があったならともかく、事後でさえ説明が無いのだ。
この段階でちょっとアヤシイ神と思われても仕方のない事をしている。
だが。
「や、やれる事はやるわよ。だから顔を上げて!」
目の前に居るのは、『心清き者』…あるいは『お人好し』だった。
その神の人を見る目に関してだけは、狂いのない物であるだろう。




