第66話 リグレイドの領主
一通り街を見て歩いた次の日、俺達はリグレイドの領主の元へ訪れていた。
声を掛ければすぐに会えると言うのだから、ロッシュの影響力は俺達が思うより大きいのかもしれない。
屋敷はそれほど大きい訳ではないが、所々に豪華そうな装飾品があり、この地が栄えているのは間違いなさそうだ。
財力を誇示するような下品さは感じさせない、いい装飾だと思う。
俺達はロッシュの護衛に徹するつもりで、ロッシュが座るソファの後ろ側に並ぶ。
その正面に座って居るのがキース子爵。
思ったより若く、歳は三十ほどだろうか。
金色の髪に、グレーの瞳。中々の男前だ。
彼の後ろには、執事と護衛が二人並んでいる。
ロッシュが護衛を六人も引き連れているのに、そんな警備でいいのだろうか。
まぁ、警戒されないよう、こちらは武器も鎧も装備してないけど。
「お久しぶりでございますな、キース子爵」
ロッシュの言葉に一瞬眉を顰めると、キース子爵は注がれた茶で喉を潤す。
カップに口を付けたままロッシュに視線をやると、思わぬ言葉を吐いた。
「余計な挨拶などいい。用件はなんだ?」
…随分と冷たい対応だ。
仲が悪いのかと一瞬心配になったが、ロッシュは声を上げて笑い始めた。
「相変わらずですな」
「お前が来る時は何時だって商売の話だろうが。こちらにも利益があるなら乗ってやる。話して見ろ」
これは逆に仲がいいパターンか。
それか、商売の話しかしに来ないロッシュが悪いかだな。
「勿論、商売の話もありますが、少々気になった事があったのでお話を伺いに参ったのですよ」
「気になる事? お前が、私にか?」
「ええ、ここ最近は忙しく、少し耳が遠くなっておりまして」
楽しそうに言うロッシュに向かい、キース子爵は胡散臭そうな顔を隠しもしない。
キース子爵がロッシュをどう評価しているか、よく解る反応だ。
「見知らぬ護衛を連れ、急にこんな辺境に訪れて、か? 何やらカリーシャ商会の方もバタバタしているようだな? 今度は一体何を企んでいる?」
貴族的な腹の探り合いなどありはしない。
思ったままを口にしている。
理由は俺にも解る。
弁舌でロッシュと戦う気が無いんだ。
多分、すでに痛い目を見た事があるんだろう。
「飛び切りの大仕事をしておりましてな。この件はまた後ほどと致しましょうか」
キース子爵の眉間の皺が、どんどん深くなっていく。
「実はわたくし、ドレアス側からこちらへ来ましてな。途中で盗賊を捕まえたのです」
「…盗賊? ドレアス側の街道か?」
「ええ。何かご存知で?」
ロッシュの質問に、少しだけ考える素振りを見せたキース子爵。
だが、ロッシュの目を見てゆっくりと首を振った。
「知らんな。私が知るのはアルテシア側の街道に盗賊が出ると言う話だ」
「ほう、アルテシア側ですか」
アルテシアって、この街の次に向かう場所だったかな。
そこは亜人排除派の貴族が居るって聞いてるけど。
「アルテシア領内に入った所で襲われるらしくてな。アルテシア側に対応を願っている。だが、かくれんぼの上手いねずみらしくてな、今のところ捕まったと言う話は聞かん」
「それが、ドレアス側に流れて来たと?」
「そうかもしれんな。しかし、捕まえたのだろう? 優秀な護衛らしいな?」
キース子爵の視線が、俺達に向く。
上から下まで眺め、その後、睨み付けるようにしてロッシュを見る。
「どう見ても戦いに向いた人間とは思えんがな」
……まぁ、ノノやケインみたいな子供も居るしね。
子爵の後ろに居る、ゴッツイお兄さんに比べればなんとも頼りないだろう。
「人は見た目で判断出来ませんよ。わたくしも今回は痛感しております」
「お前が痛感したか。愉快な話だ」
愉快とは言いながらも、ふん、と鼻で笑うだけだ。
嘘か冗談だと思っているのかもしれない。
「その盗賊達は?」
「ドレアス側で襲われたので、向こうに引き渡しましたよ」
正確には、ドレアスの更に向こう側だけどね。
「聞けば、盗賊の件…無視出来ないほどの被害が出ているとか?」
「この街の売り上げは全て作物によるものだ。積み荷が奪われれば金にはならんよ」
「…積み荷?」
ふと声を洩らしたのはユーク。
なんでお前は静かにしてられないんだ。
「失礼」
「構わん。何か疑問があれば聞くがいい。答えられる範囲で答えよう」
…口は悪いけど、意外といい人かもしれない。
ロッシュ以外に向ける目は、決して厳しいものではない。
…ロッシュ、君は一体、この人に何をしてこんな対応をされてるんだ。
「盗賊のアジトを叩きましたが、食料を溜め込んでいるようには見えませんでしたので」
慌てて取り繕ったにしてはいい言い訳だ。
とは言え、勿論嘘は言っていない。
アジトを調べたのは俺達ではなく、後から来た『ジュエル持ち』だけどね。
中を調べた人の話じゃ、特に何も無かったと言っていた。
カメオの様子から考えても、自分の痕跡を残さないように立ち回っていたんだろう。
「どこかへ横流ししているようでな。襲った直後でもなければ、アジトに溜め込んではおるまいよ」
この口振りだと、どこへ横流しされているかもなんとなく解っていそうだ。
その上で対策が取れないとなれば、おのずと話も見えて来る。
「このまま指を咥えて見ているおつもりで?」
「馬鹿を言うな。出来る範囲での事はしている」
「ほう、具体的には?」
「随分興味がありそうだな?」
嫌味を口にしながらも、キース子爵は今置かれている現状を教えてくれた。
まず、盗賊の被害は数か月前からあったらしい。
元々は散発的、軽微な被害で済んでいたのが、一月ほど前から大きな被害を受けるようになったそうだ。
リグレイドでは魔物の被害は少なく、元々警備用の戦力しか抱えていない。
冒険者も少なく、対処出来る人員がいないそうで、効果的な対策は立てられていないらしい。
ただ、冒険者ギルドは存在しており、そこを通じて冒険者を集めるよう連絡を取って貰っているそうだ。
それが集まれば、盗賊の被害を抑える事も出来るだろうと締めくくった。
「領の兵力は温存ですかな?」
ここまでの話を聞くに、全て冒険者ギルドに委ねていると言ってもいい。
自分達で戦力を確保しようとする動きが無い。
俺が聞いていて気付くぐらいなのだから、ロッシュを誤魔化すのは無理だろう。
「解っていてそれを聞くか?」
「はて、何の事やら。是非、わたくし『ども』にお聞かせ願いたいですな」
キース子爵の目が、俺達へ向いた。
何か察したのだろう、興味深そうな目で俺達を見ている。
ただそれも少しの時間であり、再びロッシュに向けた顔は、なんとも言えない嫌そうな表情であった。
「ただでさえ、我が領地は作物の栽培に力を入れているのだ。それこそ国の食糧庫と呼ばれるほどにな。国の生命線を握っているのに、その上戦力まで整えたとなれば王家から睨まれる。…例え盗賊共に好き勝手されようが、これ以上の戦力は抱えられん」
「でしょうな」
しれっと答えるロッシュに、キース子爵の眉がピクリと動く。
子爵の言う通り、解っていて聞いたらしい。
俺達に聞かせたかったって事なんだろうけど、聞いた本人がそんな受け答えすれば、相手だってイラっとするだろう。
まぁ、要するに戦力を抱えると上が煩いから出来ないって事か。
だから盗賊への対応が遅れる、戦力が足りないって事態が起きている。
カメオ達も、さぞ憂い無く動き回れた事だろう。
リグレイドに討伐隊を出すほどの力なんて無いんだから。
「それに、襲われるのは我が領地の外での話だ。そちらの貴族が協力しないのなら、こちらから手を出す方法が無い」
そこで出て来るのがアルテシア側……確か、モリスン伯爵だったか。
亜人排除派の貴族で、亜人庇護派のキース子爵とはあまり仲がよろしくないのかもしれない。
「…ここまで話したのだ。ロッシュ、お前の思惑がどうあれ、私に協力して貰うぞ」
「ほう、一体何をです?」
キース子爵は指を組み、ロッシュ、そして俺達を順番に見つめる。
「お前達が捕まえた盗賊が何者か、知っているなら話せ。どうせどこかの回し者だ。庇う素振りを見せる貴族も居る事だしな」
キース子爵はモリスン伯爵の事を疑っているようだ。
今聞いている情報では、確かに怪しい人物だろう。
「それと武器や防具を優先的に買い取りたい。人を集められない以上、精鋭化するしかないのでな。……それと、本当に当てがあるのであれば、優秀な護衛を紹介願いたいものだが」
微妙に信じてない感じがヒシヒシと。
ロッシュがニコニコとした顔で、こちらを振り返る。
…俺達が答えろって事か。
信用出来るか出来ないか、俺達の感想が聞きたいようだ。
とは言え、信用するには重要な確認が済んでいない。
俺にも質問させてくれるようだし、まずはそこを確認させて貰おう。
「…盗賊達は、亜人を捕まえて奴隷にしていたようですよ。奴隷商人と繋がりがありました」
「亜人だと?」
思わぬ話が出て来たようで、キース子爵は目を細めた。
やっぱり、亜人については知らなかったみたいだな。
「奴隷の中には人間も混じっていました」
「見境無しか。人間はどこの領民だ?」
「そこまではまだ。これから事情を聞く予定です」
盗賊達に関しては、強制的に喋らされるだけだが。
「……ロッシュ、一体何が起こっている? お前は何か掴んでいるんじゃないのか?」
「いいえ。ただ、話を聞く限り、モリスン伯爵は何か知っていそうですな」
子爵が考え込み、場が沈黙する。
その間、ロッシュは静かに茶を啜っている。
「…盗賊として我が領の生産品を略奪しつつ、亜人や人間を捕まえ奴隷にする。リグレイドの弱体化を狙った工作と私への挑発にしか見えんな。やり方は杜撰だが」
「そうでしょうか? 実際には捕まえる事も出来ず、捕まらなければ明るみに出る事も無い。この領の事情を解った上での、ずる賢い手だと思いましたが」
ばっさりと反論するロッシュに、キース子爵が眉を顰める。
しかし、数秒考え込むと『尤もだ』と意見を引っ込めた。
「仮にそうだとして、キース子爵はどうされますか?」
再び俺が問えば、迷いもない真っ直ぐな目を向けられた。
「馬鹿に馬鹿にされるのは我慢ならん。アルテシア側への食糧供給は一切行わない」
「ほう、大きく出ましたな?」
「盗賊を何時までも捕らえられぬ無能が悪い。被害が出ると解っているのに出せはしないと突っぱねるさ」
それって、決定的な亀裂になりかねないんじゃないかな。
「亜人排除派に対しての宣戦布告に等しいですぞ?」
「さてな。そんな事態を招いたのはモリスン伯爵だ」
国の食糧庫から食料供給が途絶えるのだ。
アルテシア領にとっては困った事になるだろう。
アルテシアの台所事情がどうなっているかは解らないが、最悪餓死者だって出る。
それに、多分アルテシアだけでは済まない。
アルテシアを経由して別の場所へも食料は供給されていたんだろうし、その先の領にも被害が出るだろう。
「捕まえたと言う事にして、一時盗賊が鳴りを潜めるかもしれませんな」
「そうなったら盗賊被害をでっちあげてでも食料は送らん」
……この人、思ったより過激派だぞ。
大丈夫か、この国の食糧庫。
これが仮の話でなければ、さすがに止めに入る所だ。
人死にが出過ぎる。
「この答えで満足か? これが聞きたかったのだろう?」
キース子爵からそう言われ、俺は頬を搔く。
さすがにロッシュと比べられたら解り易いだろうな。
この人の考え方が理解出来たとは言えないが、少なくとも亜人排除派に対していい感情を持っていないのは確かだ。
少なくとも、亜人達を奴隷にしたと言う話を聞いて、自分への挑発と受け取る人物なのは間違いない。
「こちらの事情についてお話すると長くなりますので、その話は改めて。ロッシュさんの商売と合わせてお話させてください」
「勿体ぶる事だ」
キース子爵はソファに深く腰掛け、足を組んでこちらを見つめる。
もう態度を取り繕う気も失せたか。
口調に関しては、最初から取り繕ってなんていなかったけど。
「盗賊達の話は解り次第共有しましょう。人員については私達の判断では動けませんので、担当している者に尋ねてみます。…差し当たって、装備品に関しては早急にご用意致します。代金は頂きませんが、幾つか相談させて頂ければと。…そちらに関しましても、装備品の納入時にお話させて下さい」
ロッシュではなく、俺が全てに返答した事で、キース子爵は少しだけ驚いたらしい。
目を見開いて瞬きすると、その視線はロッシュに注がれた。
「商売絡みなのは話だけかと思ったていたが、とうとう商売絡みの人間を連れて来たか。一体どんな要求をされる事やら…」
「高いか安いかは、聞いてみてからのお楽しみですな」
「…この狸め」
……やっぱり、この二人仲良さそうだよね。




