第65話 少年冒険者の物語
リグレイドには無事到着し、宿だけ取ってカリーシャ商会の支店へ向かった俺達。
護衛だから着いて来たけど別段やる事もなく、あれこれと話し合っているロッシュ達を見ているだけだ。
ここは引き払わないそうだが、他から従業員や売れ残った商品が集まって来る訳で、その保管の為の倉庫なんかを用意させるのだそうだ。
「農業都市、ねぇ」
支店の入り口から外を眺めていたユークが、ふとそんな事を呟いた。
俺も外へ目をやれば、小麦なんかを運んでいる馬車の姿が見える。
リグレイドへ来る途中にも広大な畑があったし、農業都市と言うだけの事はある。
育てている物も多岐に渡るようで、街中では野菜や果物を売る露店なんかも見られた。
道行く人に目を向ければ、冒険者の姿はそれほど多くないし、住民の殆どは商人や農民と言った風貌だ。
これだけで、ここがどう言った土地なのか判断するには十分だろう。
「何か気になる事でも?」
「いや、品種改良はあんまり進んで無さそうだなって」
ギアとユークの会話に耳を傾けながら、露店に並んでいた商品を思い返す。
俺の知っている野菜や果物も多く、作物はそれほど現実と変わらないように見えた。
「普通に見えたけど?」
俺がそう言えば、ユークは途中で買ったらしいりんごを投げ渡して来た。
なんだろうとユークに視線を返せば、食ってみろと促された。
手の中にあるりんごを見てみるが、これと言って変な感じはしない。
物は試しと一口齧れば、口の中にりんごの優しい香りが広がった。
けど…。
「……あまり甘くないんだね」
「育ちは良さそうだし、土地は悪くないんだろうがな」
問題は木そのものって事か。
品種改良が進んでいないって意味がよく解ったよ。
「ユークって農業に詳しいの?」
「詳しくはないが、これでも一応領主をしてたからな。良し悪しぐらいは解るつもりだ」
そう言えば、ユークって侯爵だったな。
ゲーム上、侯爵には領地が与えられる。
まぁ、領地って言っても実際のマップにある訳じゃなくて、隔離された空間だったけど。
ミニゲーム感覚で領地経営が行え、素材や資金が継続的に手に入る事になる。
…尤も、経営が上手く行くまで時間も手間も金も掛かると言う、あまり人気の無いコンテンツだったが。
「皆さんからすれば少々物足りないかもしれませんな。ただ、この街でどれだけ作物を作ろうが、今日も誰かが飢えていると言うのも現実。味よりも作り易さや天候への強さが優先されているのですよ」
俺達の話が聞こえていたのか、ロッシュがそう補足してくれた。
味は二の次、まずは量、か。
植物系の加護を得ている人が居なければ、俺達も似たような状況になっていただろう。
調味料も手に入り難いって話だし、この国の食事事情は、俺達が考えるより難しい状態なのかもしれない。
「そう言った訳で、災害が少なく農業に適したこの街の価値は、国でも軽視出来ないほどのものなのです」
ドレアスも、迷宮があったり開拓地であったりと価値のある土地だった。
国が亜人庇護派を排除出来ないのは、その辺りの事情が大きいのだろう。
「ここの…キース子爵でしたっけ? その人には会うんですか?」
「挨拶とちょっとした贈り物をしようとは思っています。恐らく、話を聞いて貰えると思いますよ」
元々亜人庇護派って話だしね。
俺達の事情を話しても悪くはならないだろう。
…まぁ、それも本人を見極めてからの話だけど。
「ねぇ、フラウ。盗賊達の事、子爵は知らなかったのかな?」
「それも気になる所ですね」
一番気になっている事をノノが代弁してくれた。
耳に入るぐらいはしてそうだけど、それならそれで対処の一つもしてそうなものだ。
なのに、道中警戒している兵士なんかは居なかった。
考えたくはないけど、盗賊達と繋がっているなんて事になったら最悪だ。
「キース子爵と会う時には、皆さんもご一緒した方が良さそうですね」
そう言ってニコニコと笑うロッシュからは、その真意が読み取れなかった。
相変わらずの狸だ。
◆
支店を見た後、ロッシュが街を見て回りたいと言うので俺達もそれに着いて回る事になった。
ロッシュは知り合いの店やそこの商品を見つつ、最近の話なんかを聞き出している。
…どうやら、街の人は盗賊の事を知っているらしい。
その割に、注意を促す事以外に何か対処をしたって話は聞かないとか。
……いよいよ怪しくなって来たか?
疑念を深める俺達に気付いたのか、それでもロッシュはニコニコと笑ってみせるだけだ。
直接会って確かめろって事なのか。
ロッシュに付き合いながら、俺達も街の商品を見る。
と言っても農作物が殆どなので、料理を持ち歩いている俺達にはあまり買う必要の無い物ばかりだけど。
「うーん…」
そんな中、ケインが唸りながら野菜を見ている。
「どうしたの?」
「ん? いや、ちょっと勿体ないなってさ」
「勿体ない?」
店員の目を気にしたのか、ケインが俺を連れて店から離れる。
…相変わらず注目されてるし、あまり意味無いと思うけど。
「さっきユークも言ってたけどさ、味がイマイチってのは勿体なくねぇか? 折角土地はいいみたいなのに」
ケインらしからぬ感想に、俺の頭は数秒フリーズした。
「……どうしたの? 熱でもある?」
「なんでだよ?」
ケインのイメージと合わない感想だなって…。
俺の中で、ケインはヤンチャ坊主って印象だったんだけど。
「…いや、あまり農業に興味無さそうだし」
「俺、これでも農家の出身なんだぞ?」
「そうなの?」
ちょっと驚いて、俺より少し下にある顔を見つめる。
昔は親を手伝って畑仕事とかしてたんだろうか。
今のケインからはあまり想像出来ない姿だ。
「それなりに上手く行ってたんだけどさ、ある時魔物の大群が現れて畑が荒らされちまってな。家計を支える為に冒険者になったんだ」
「家族は無事だったの?」
「元気なもんだよ。魔物を追っ払ったのも親父とお袋だしな」
……ロクトの農家強すぎる。
「でもまぁ、畑は守り切れなくてな。親と兄弟で建て直してたんだ」
「建て直して『た』?」
「転移した時に土地が無くなっちまったからな。家はロクトの街ん中にあったから、家族が離れ離れって事にはならなかったけど」
畑を失い収入が減り、建て直している最中に転移……踏んだり蹴ったりだな。
「さすがに効いたみたいで、暫く親父は酒浸りだったけどな。今は国が耕した畑を任せられてるから、収入は安定したみたいだけどよ」
「でも、それって一月ぐらい経ってからの話じゃなかったっけ? その間は?」
「俺が魔物の素材売ったりして稼いでたよ」
多分、蓄えも目減りしてただろうし、死活問題だっただろうな。
あの転移騒ぎの裏で、そんな人達も居たって訳だ。
暴動なく落ち着いたのは、本当に不幸中の幸いだ。
それに、初めて会った時のケインがあんな感じだったのも少し納得出来た気がする。
自分が家族を支えるしかなくて、あまり余裕も無かったんだろう。
「まぁ、クェイン様ならなんとかしてくれるって信じてたけどな」
「……クェイン?」
シドならともかく、なんでクェインの名前が出るんだろう。
そんな疑問が口から洩れた。
「知らねぇのか? 俺が産まれる少し前、虫の魔物が大量発生したらしくてさ。畑が荒らされそうになった事があるんだ」
それは少し聞いた事のある話だ。
ロクト騎士団で壊滅させ、生き残った魔物の一部がロクト周辺の洞窟に逃げ込んだと言う流れだったはずだ。
洞窟の中に虫系の魔物が多いのはそれが理由だと、どこかのNPCから聞いた記憶がある。
「魔物の攻勢に対して籠城案なんかもあったらしいんだけど、クェイン様が蹴ってさ。『国民が育てた畑を守る』って言って打って出たんだよ。お陰で畑の被害は少なくて、農作物も守られたのさ」
「…へぇ」
……暴れるチャンスだと思って突撃した訳じゃないよな?
素直に聞けない辺り、俺もロクトの貴族に慣れ過ぎたのか。…悪い意味で。
目をキラキラさせて語るケインには、とてもじゃないけど言えない話だ。
「それ以来、農民の間じゃクェイン様が人気でさ。俺の名前もクェイン様の名前から貰ったんだよ。そのままじゃ畏れ多いって事で、発音を変えてケイン」
…確かに、言われてみれば似てるな。
聞けば、その後暫くはケインやウェインなどの名前が増えたんだそうだ。
……俺の知るウェインは多分関係ないだろうけど。
と言うか、周りからはクェインの名前から貰ったと思われてそうだな…。
今度会ったら本人に教えてあげようか。
「ちょっと脱線しちまったけど…。生い立ちがそうだからか、量だけ作って味にこだわってないって聞くと、なんだか惜しいなって思っちまうんだよな」
「そう言う事か」
この国の事情が絡んでいるとは言え、より良い物に出来るならその方がいい。
それで収穫量が減っては本末転倒だし、そもそも現状でも数が足りていないって問題はあるみたいだけど。
まぁ、今の所は出来る事なんて無いけどね。
俺達は異邦人に過ぎないし、この国の事情にも詳しくない。
変に首を突っ込む訳にもいかないだろう。
とは言え、協力関係にさえなれば解決出来る問題じゃないかな。
…お互いにね。




