第64話 セラピスト
おじさんを散々わからせた後、エルフ達がしていた枷を付けておく。
これがこんな所で役に立つなんて思わなかったよ。
少しは奴隷にされる側の気持ちを知ればいい。
「そんな……こんな…事が……」
おじさんは虚空を見上げながらブツブツと呟いている。
…ちょっとやり過ぎたかもしれない。
と言っても、そこまで酷い事はしてないんだけど…。
俺がやったのは、疲れ果てるまで攻撃させてその全てを受け流したり、剣で自害しようと首や心臓を貫いてもポーションで即座に回復したり、逃げようとするおじさんの前を何度も塞いだり――――あとはトリックアートで散々怖い映像を見せたりしただけだ。
任意の景色に変えられるから、俺が記憶している限りのホラーシーンを見せてみたのだ。
……で、こうなってしまった。
11:冒険者@閃光の精霊の加護(オーメル)
これ、別の意味で答えてくれなさそうじゃない?
12:冒険者@天空の精霊の加護(メフィーリア)
こう言う精神ダメージはどうやって治せばいいんだ?
13:冒険者@獣の精霊の加護(ドレアス)
万能薬か精神系治療魔法ならいけそうじゃね?
…いけるんだろうか。
状態異常とは訳が違うと思うんだけど。
「……クロマセラピー」
色彩の精霊には、全ての精神的状態異常を治療する魔法がある。
クロマセラピーがそれだ。
これは上位状態異常でも治せる魔法なんだけど…果たして通じるのかどうか。
「……?」
カメオに魔法を掛ければ、一瞬困惑したような顔を浮かべ、周りをきょろきょろと見渡す。
……少し目に光が戻ったように見える。
正気に戻ったかな。
「…さて、まだ抵抗するなら付き合うけど――――どうする?」
「うっ…くっ…」
…そんなに怯えなくてもいいじゃないか。
俺とは視線を合わせず、挙動不審に辺りを確認している。
助けでも求めているんだろう。
ここにそんなものは無いけど。
「これから幾つか質問していくよ。素直に答えなくてもいいけど、そう言うのを聞き出せる人達が控えてるから、正直言って抵抗しても無意味だ」
俺達はゲームの中で受けていた状態異常だが、現実に存在する人間に、洗脳やら傀儡やらの状態異常を掛けて、その結果がどうなるかは解っていない。
さすがにそこまでの無茶はしないだろうけど、精神をいじくり回せば廃人にでもなるかもしれない。
なった所で治せるとは思うけど……実際に、廃人って言う状態異常もあるし。
はっきりと検証されていない以上、ここで全て話してしまうのがカメオにとっての幸せだとは思う。
「君はどこの手の者だ?」
「―――……」
口を開けては閉じて、何か迷っているように見える。
答えるべきか答えないべきか…恐怖と戦っているって所かな。
「散々追い詰めておいてなんだけど、別に君を苦しめたい訳じゃないんだよ。嘘が言えないような状態にしたかっただけでさ」
それが結果的に苦しめているようだけど、俺としては抵抗の意思を根こそぎ奪い取ろうとしただけだ。
本格的に苦しめるつもりなら、もっと別の手段を考えてる。
「拷問とかしたくないんだよ。…ほら、話してごらん?」
優しく声を掛けたつもりが、カメオは俺を凝視して身震いさせた。
違う、そう言う反応を望んでいた訳じゃないんだ。
44:冒険者@疾風の精霊の加護(ロクト)
狂葬さん、それは脅しって言うんだぞ
45:冒険者@隕石の精霊の加護(ドレアス)
あれだけやった後にそんな事言っても怖いだけだな
他人事のように言っているが、やれって言ったのお前らだからな。
『ふぇ…』とか『はわ…』とか、幼児退行でもしてるのかって台詞を吐きつつ、おじさんはしきりに視線を彷徨わせている。
よほど俺と目を合わせたくないらしい。
「答えたくない?」
カメオの前に立ち、目を反らせないように頭を掴む。
すでに売られた亜人達も居るだろうし、行先によっては彼等がどうなっているかも解らない。
こちらとしても、あまり悠長にお話していたくはないんだよ。
「奴隷商人は王家に奴隷を売っているって言ってたけど、どうも嘘くさいんだよね。…本当の所はどうなの?」
「おっ…お、お…」
「お?」
「お前に…話す事などない!」
ようやく何か喋る気になったかと思えば、随分と反抗的な事だ。
かなり心を折ったつもりだけど、それぐらいじゃ足りなかったらしい。
俺は手を離し、やれやれと溜息を吐いた。
「…ならまぁ、そう言った事が得意な連中に引き渡すとするよ」
これ以上はただの拷問だ。
生憎、俺はそこまでのサディストにはなれない。
「む、む、無駄だ! 何をされても、お、俺は何も言わん!」
…それだけ大きな隠し事なのか。
ブルブルと震えながらも、カメオは大見栄切って見せる。
「君の意思なんて関係ないんだよ。…必ず話す事になる、それだけさ」
多少憐みを感じながら、それだけ告げる。
後は他の人に任せよう。
78:冒険者@台風の精霊の加護(リグレイド)
亜人達とは合流したぞ
すぐそっちにも向かう
…お迎えが来るようだ。
◆
その後、やって来た『ジュエル持ち』達がエルフや亜人、奴隷商人や盗賊をまとめて回収して行った。
行先はレーヴェだそうだ。
本来ならドレアスへ預け、この国の法で対処するのが正しいんだろうけど、あまりに胡散臭いので一旦引き取る事にしたようだ。
エルフ達はステラの人間だったようだし、未だ情報の少ないあっち側の話も聞ける事だろう。
…オリヴィアに関しては、俺達以外にも不自然さを感じる人がいたようで、そっちからも詳しい話を聞く予定らしい。
「随分と頑固者だったみたいだな」
「それだけ何かを隠したいって事なんだと思うよ」
ここまで隠そうとするのだから、多分ロクな話じゃないんだろうけど。
「奴隷達の中には人間も混じっていましたな。どんな事情かは解りませんが、誘拐となれば重罪ですよ」
それは気付かなかったな。
助け出した奴隷は五十人を超える。
俺はすぐ盗賊のアジトに戻ってしまったし、一人一人確認はしていなかった。
「重罪と言うと?」
「最悪は死罪も有り得るでしょうな」
そんなリスクを負ってまで、何がしたかったんだか。
……いや、なんとなく予想は出来るけどさ。
「少し時間を取られてしまいましたし、どこかで野営して、明日改めてリグレイドを目指しませんか?」
フラウの提案に頷きながら、ロッシュの方へもそれでどうかと確認する。
「そうですな。この馬車ならあと半日もあれば辿り着くでしょう」
本当に、これが使えなかったら長い移動になった事だろう。
今度メイ達に会ったらお礼の一つも伝えておくべきか。
「じゃあ、キャンプの用意を始めるよ」
「いえ、レイは休んでいてください」
フラウに止められ、振り返る。
フラウの蒼い瞳が、俺を探るように見つめている。
「なんだか疲れているように見えます。…まだ先は長いのですから、ゆっくり休んでください」
……本当にフラウは良く見てる。
つい苦笑しながら、そう言う事ならとお言葉に甘える事にした。
亜人達が奴隷にされていると言う話は聞いていたし、実際にオーク達の体験を聞いて、亜人達の置かれている状況の過酷さは理解しているつもりだった。
ただ、実際に目の当たりにすれば…その様子に苛立ってしまった。
カメオの心を折って、さっさと情報を得ようとした事は間違いじゃないとは思う。
でも、この行き場の無い苛立ちの捌け口にしたようにも思えてしまった。
それに気付いた時…自分で自分が嫌になった。
その結果、あれだけ怯えられたのだから余計にだ。
近くの木の根に腰を下ろし、キャンプの準備を始めたフラウを眺める。
暫くボーっと見つめていたが、フラウが俺の視線に気付いて微笑んでくれた。
少しだけ心が軽くなった気がして、俺も笑い返す。
……情けない話だけど、俺はフラウがいないと精神の安定さえ失うらしい。
〇クロマセラピー
習得レベル80 色彩魔法 使用MP45 詠唱時間10秒
あらゆる精神的状態異常を治療する事が出来る。




