第62話 救出
オリヴィアに案内された場所へと辿り着けば、岩肌にぽっかりと空いた洞穴があった。
どうやらここを拠点にして、盗賊活動をしているらしい。
物影に隠れながらギアとオリヴィアを下ろすと、二人揃って座り込んでしまった。
「もう二度と…レイさんに運ばれるのはごめんです…」
「い、生きた心地がしませんでした…」
走ってる間も『怖い』だの『速すぎる』だの叫んでいたけど、ちょっと大げさじゃないかな。
彼等にとっては、ジェットコースターに安全シート無しで乗ったようなものなのかもしれないけど。
…俺より足が速い人に運ばれたら、それこそ気を失うんじゃないだろうか。
「それにしても、こんな場所よく覚えてたね」
俺達が通って来たのは街道から逸れた森の中。
その奥地にこうして拠点がある。
…そう何度も行き来した訳じゃないだろうに、こうもはっきり覚えているものなんだろうか。
そんな疑念から、オリヴィアに対して不信感を感じている。
「我々エルフは森の中で生活する事が多いので、こう言った場所であれば一度で覚えられます」
ぐったりとした様子のまま、オリヴィアはそう答えた。
そうなのかとギアを見れば、彼はジェスチャーで解らないと返して来る。
とは言え、演技しているようには見えないし、レベルだって高い訳じゃない。
この世界のエルフはそう言うものなのかもしれない。
「もうすぐに行くつもりなんですか…?」
疑われているなんて気付いていないのか、近くの木に手を付いてなんとか立ち上がろうとするオリヴィア。
…膝ガックガクだけど大丈夫?
「アジト周りを一度見回って来るよ。近くに仲間が居るかもしれないし」
そう言いながら、オリヴィアに水筒を投げる。
オリヴィアはそれを受け止めると同時、膝から崩れ落ちた。
それを見ていたギアは俺に目を合わせ、ほんの僅かに首を振った。
ギアもオリヴィアには疑念を抱いているらしい。
…俺達が彼女を疑う理由、それは単にエルフだから。
俺達の召喚について何かを知っているとすれば、知に富んだ存在、あるいは種族が一番怪しい。
そこにどんな意図があれ、俺達を勝手に巻き込むような相手なのは間違いないのだ。
その意図が『悪意』である可能性だって捨てきれない。
そんな中現れたのがオリヴィアだ。
彼女は知に長けたエルフ――――まぁ、この世界でもそうなのかは知らないけど。
そんな彼女達が奴隷にされ、俺達に偶然接触して来た。
ついでに言えば、俺達とギアが一緒に行動している事への反応も薄かったし、助けに行こうとする俺に対して、一人で行く事を止めもしなければその理由を尋ねる事もしない。
疑うなって方が無理だ。
……ただ、こうして見ている分には問題無さそうだし、警戒しすぎた気もするけど。
「…じゃあ、ここは任せるよ。ギア」
「ええ。大丈夫だとは思いますが、そちら『も』お気をつけて」
一応、監視しておくって事だろうね。
水を喜んで飲むオリヴィアを後目に、俺はその場を離れる。
なんにしろ、まずは亜人達を解放しないとな。
◆
一通り見回った後、俺はギア達の元へ戻っている。
ミニマップを見ながら近場を走り回ったけど、特に仲間は居ないようだった。
そして、戻って来た時もギア達の様子は変わらないまま…オリヴィアに関しては本当に杞憂だったのかもしれない。
「そろそろ行けそうかい?」
「あ、はい」
オリヴィアが自力で立ち上がれるようになったのを確認し、俺は洞窟の方を覗き込む。
「入口に見張りは居ないけど、入ってすぐの所に三人居るみたいだね。あれが見張りかな」
「…まさか押し通る気ですか? ユークじゃあるまいし」
そんな事しないよ、失礼な。
目でギアを非難しつつ、トリックアートを使用する。
「これで相手には見えない。制圧するにしても、まずは亜人達の安全を確保してからだよ」
「姿が…」
「音は聞こえるから気を付けて」
風景に身体を溶け込ませた為、お互いに姿を確認出来ない状況なので、俺はギアの腕を引き、ギアがオリヴィアの腕を引く事になった。
……見えてないからまだマシだけど、姿が見ていたら中々シュールな姿かもしれない。
「じゃあ行くよ」
俺達は洞窟へ踏み入り、音を立てないよう慎重に進む。
仮に音がした所で、姿が見えないから見つけようもないとは思うけど。
大きな穴の先には、正面に小部屋と左右に通路があった。
正面の小部屋をそっと覗けば、中には三人の男。
これがミニマップに出ていた見張りだろう。
酒を呷りながら雑談していて、こちらに気付いた様子は無い。
奥に続く部屋も無いようだし、ここは用無しかな。
ミニマップを見れば、右側の奥に人が集まっているようだ。
捕らえられたエルフ達はこれかな。
ギアの腕を引き、右側の道に入る。
空気が籠っているのか、ちょっと嫌な臭いがするけどそれは我慢しよう。
右側の道は、所々で松明が照らしているぐらいで横道も何も無い感じだ。
一直線に進み、やがて広間のような場所へ出た。
そこには、幾つかの檻。
中に居るのはエルフだけじゃない、多種多様な亜人が捕らえられているようだ。
見張りは四人ほど、檻の前で暇そうに武器の手入れなんかしている。
亜人達へ視線を向ければ、衰弱しているものの大きな怪我は無さそうに見える。
…まだ小さい子供も居るけど、見張りさえなんとかすれば自力で洞窟の外まで歩けそうかな。
ギアの腕から手を離し、四人の見張りへ歩み寄る。
間近まで来てもこちらに気付いていないようで、欠伸までしている始末だ。
…じゃ、そのまま眠ってて貰おうかな。
「ギャ!」
それぞれを殴り付けると、短い悲鳴を上げて倒れ込む。
亜人達を巻き込まないように洞窟が崩れないように、とか色々考えて優しくやったつもりだけど……悲鳴を上げる間を与えたのは失敗だったな。
洞窟だし、響いてないといいけど。
「…なんだ…?」
亜人達が少しだけどよめく。
あんまり騒がれては困ると、トリックアートを解除する。
「しっ! 静かにしてください」
オリヴィアが現れると同時、そうして声を掛けた事で亜人達は静まる。
ギアは男達を調べ、鍵を探すつもりのようだ。
「助けに来ました。騒がず、こちらの方達の指示に従ってください」
…急にこっち側へ振って来た。
視線が集まるのを肌で感じながら、俺は一つ咳払いをする。
「これから、盗賊達に気付かれないように脱出します。姿を隠す魔法を掛けますが、音は消せないので静かに行動してください。また、お互いに姿が見えなくなるので、近くの方と手を繋いで、逸れないように動いてください」
俺がそんな説明をしている間に、ギアが鍵を見つけたらしい。
近くの檻から順に開いていく。
言われた通り騒ぎはしないものの、少し涙ぐんでいる者さえ居るようだ。
「これから姿を隠すから、ギアは途中に居た見張り達の部屋を見ておいて。もし気付いたようなら制圧して構わないから。オリヴィアは一番先頭を進んで、外まで誘導してあげて」
二人が頷いたのを見た後、亜人達を見れば全員が手を繋いでいる。
先頭を行くオリヴィアが、一番前に居る亜人の手を取ったのを確認し、俺はトリックアートを掛けた。
◆
「無事、脱出成功か」
洞窟から少し離れた場所まで付くと、ようやく一息ついた。
大人数の移動は気付かれ易いだろうって事で、ここまで全員静かにさせたままだ。
「声が響くかもしれないから、あんまり大声は出さないように。ただ、ここまで来れば一先ずは安心だと思うから、みんな肩の力を抜いていいよ」
俺の言葉を聞いた亜人達は、ようやくと言った様子で大きな溜息を吐く者や座り込む者達が目立った。
精神的にも肉体的にもキツかっただろう。
特に、まだ小さい子供達は尚の事だ。
「ここからどうします? ユーク達の所までは距離もありますし、亜人達の体力を考えれば徒歩での移動は難しいと思いますよ」
「ここで休憩しながら、ドレアスからの救助を待とう。ユーク達の所へ向かった人達が、こっちまで足を伸ばしてくれるってさ」
衰弱しているこの人数を、ユーク達の所まで連れて行くのは難しいだろう。
向こうもそう思ったようで、俺のLIVEを見ながらそう提案してくれた。
俺は少し広くなっている場所にシートを敷くと、その上に料理や飲み物を並べる。
胃が弱っているかもしれないし、消化の良さそうな物を選んだつもりだ。
「胃が弱ってるかもしれないので、先にポーションでも飲ませた方がいいかもしれませんよ」
ギアにそう言われ、なるほどと頷く。
ポーションはそう言った使い方もあるらしい。
一通り並べ終え、食べ物に釘付けの亜人達に苦笑しつつ、ポーションを配る。
それを飲み終えたのを見て、好きに食べろと進めれば、がっつくようにして食べ始めた。
…まともな食事も久々なんだろう。
「…じゃ、ギア。ここは頼んだよ」
「潰して来るんですね?」
「そう言う事」
不敵に笑ったギアに、微笑み返す。
俺も多分、悪い顔をしている事だろう。
一先ずはアジトから離れたとは言え、亜人達が居なくなった事にはすぐ気付かれるだろう。
救助が来る前にこちらが見つかれば、この大人数を守りながら戦う事になる。
そんな面倒な…もとい、危ない真似をわざわざする必要は無い。
――――こっちから行って、先に潰せばいいだけだ。
「時々思うんですけど、レイさんって発想がユークに似てますよ」
「そう? あそこまで無茶じゃないと思ってたんだけど」
「ああ…。確かに、ユークならあの場で暴れていたかもしれませんね」
あいつが暴れたら洞窟崩れるだろ。
少なくとも、それよりはマシだと信じてる。
「なんにしても、ちょっときな臭い話も聞いてしまったしね。…情報源は捕まえておかないと」
「怖い怖い…。何されてしまうんでしょうね?」
「さぁ…? 口を割らせるのは俺じゃないしねぇ…」
むしろ、俺にさっさと話した方が楽かもしれない。
ゲーマー共の悪ふざけは質が悪いぞ。




