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第59話 一時の別れ

 いざ出発とロクトを出た俺達は、現在ドレアスへと戻って来ている。

道の整備も進んでおり、ロクトからドレアスまで半日も掛からなくなっていた。

レーヴェも一ヶ月以上街を探したようだけど、場所さえ解っていればこれほど短い時間で行き来出来るようになる訳だ。


「ロクトやレーヴェはどうだった?」

「…率直に言って、侵略と言う出会いでなくて良かったと思っておりますよ」


 現在、俺達パーティが居るのはハーディ男爵の領主邸だ。

王都を目指すに当たって聞きたい事もあったし、レーヴェに着いて以降は他の人が誘導していたから何があったかあまり把握していないと言うのもある。

……色々やらかしそうな奴が多いので、実はちょっと心配していたのだ。


「元々『EW』は人同士で争うって発想があまり無いから、今後も心配は要らないと思うよ。…まぁ、よっぽどの事があれば別だけど」

「あまり不安になるような事を言わないで頂きたい。こう見えて、ハーディ男爵は気が弱いのです」


 知ってた。

苦笑して返せば、ハーディ男爵はフェンを不満げな顔で睨み付けている。


「それにしても悪かったな。結果的にとは言え、迷宮を消してしまって」

「いえ。事情を考えれば仕方ないでしょう。実際、邪神の宝玉については怪しい部分が多い。…ネリエルの動きにも、理由が見えて来ましたからな」


 内心まで探る事は出来ないけど、少なくとも表立って非難してくるような事はないようだ。

決定的な亀裂にならなくて良かったよ。


「その分、こちらに有利な譲歩も頂けましたしな」


 そうなの? とロッシュを見れば、ニヤリと笑う。


「レーヴェからの輸出は、ドレアス行きに関してのみ輸送と護衛の費用をレーヴェが負担して頂けるようでしてな。この街の中ではレーヴェと同じ金額で品物が買えると言う訳です」


 …つまり、レーヴェまで行かなくてもここで買い物すればいい訳か。

ドレアス側にとっては得だろうけど、ロッシュが嬉しそうなのは何故だろう。

そんな俺の表情を読み取ってか、ロッシュはますます笑みを深くした。


「レーヴェにカリーシャ商会の支店を置く事になりまして。レーヴェ側はこちらの世界に詳しくないと言う事で、輸出品に関しては我が商会とレーヴェ政府が相談の上で決める事になっております」

「なるほど。カリーシャ商会は自分達が輸出したい物をある程度自由に輸出して貰える訳ですか」


 フラウがそう言えば、ロッシュは満足そうに頷く。


「破格の待遇ですな。勿論、差し当たって五年と言う期間が設けられましたが、それまでに我が商会の有用性を証明すれば良いだけの事。カリーシャ商会に任せれば大丈夫と信用されれば、その後にも繋がる事でしょう」


 …かなり譲歩したな。

いや、レーヴェ側にも特かな、これは。

こっちの世界のノウハウを持っていないし、そもそも『EW』で輸出なんて殆どしていない。

レーヴェ側からすれば、クラウン王国側にも物を買って貰えるようになり、売上が上がる。

 それに、『EW』では個人でやっている旅商人が少数居る程度だった。

こっちの世界に来て彼等には別の仕事が斡旋されたらしいけど、今後はカリーシャ商会に雇って貰うって選択肢も生まれる訳で。


「とは言え、レーヴェの事はまだ大々的に伝える事はしません。カリーシャ商会の撤収作業と貴族達との連携が取れるまでは、街の人間にも伏せておくつもりです」

「どこから漏れるか解りませんし、レーヴェの事を知った国がどう動くかも読めませんので」


 その間に準備を進め、気付いた時には手出し出来なくする気らしい。

この辺りは、ハーディ男爵やフェンにお任せかな。

俺達でどうこう出来る話とは思えないし。


「勿論、協力して頂ける貴族様には、こっそりと品物をお売りしますがな」


 ロッシュが実に楽しそうだ。

抜け目の無い事で。


「暫くは、ドレアス内でも命に関わるような薬品を必要分だけ流すつもりです。計画が進んで行けば街に流す品物も増やして行きますがな」

「それは好きにやってくれていいと思うぜ。俺らには解らん領域だ」


 そう言ってユークはおどけて見せる。

貴族様の仮面はもう被らないらしい。

まぁ、俺もだけど。

 ハーディ男爵達にも、改まった場でもない限り貴族扱いはしなくていいと言ってある。

対面した時に国が舐められないように振る舞っていただけと言えば、男爵達にはすぐに納得して貰えた。

この辺りの駆け引きは、むしろ彼等の方が上手だろう。


「ああ、それと…ここから王都に行くには三つの領を経由する事は聞いておりますかな?」

「ロッシュさんから一応は」


 そう答えると、フェンが地図を広げてくれた。

多分、これがウェイン達に見せた地図なのだろう。


「ドレアスから北に進めばキース子爵が治める街リグレイドがあります。そこから北西に進むとモリスン伯爵が治めるアルテシア、更に西へ進みソラン公爵が治めるヴァイランを西に抜けると、王都ナーリアがあります」


 俺が以前ロックした男は、王都ナーリアに留まっている。

今頃はドレアスの魔物の話も届いている事だろう。

向こうが行動を起こす前に、諸々の準備を終えないといけない。


「それぞれの街に支店があるので、街には二、三日ずつは滞在する事になるかと」


 その間に変な騒動が起きないよう、俺達も気を付けないといけない。


「問題はモリスン伯爵ですな。彼は敬虔なネリエル教徒と言われておりますので」

「なら支店の様子だけ見て、さっさと退散するか」


 ユークはそう言ったものの、それにはロッシュが首を振って答えた。


「我が商会は貴族との商売も多く、モリスン伯爵とも商いをさせて貰っておるのです。…何も言わずに撤収となれば横やりが入るでしょうな」


 こっちからお伺いに行かなきゃいけない訳だ。

必要以上に怪しまれない為にも、筋は通さないといけないらしい。


「それに、撤収させると言ってもすぐに出来る訳ではありませんでな。現在の商売もありますし、一段落付くまでは商会員達も残る事になります。彼等を危険に晒さない為にも、話は通さねばなりますまい」


 理由も聞かれるだろうけど、実際どう言い訳するつもりなんだろうか。

と言うか、護衛が俺達しか居ないなら、俺達も同席する事になるのかな。

――――……うん、ユークは置いて行こう。


「他の貴族は?」

「キース子爵は亜人庇護派です。話の解る方ですし、ロッシュの方には私からの手紙を預けてあります。ソラン公爵については解りませんな。王家の血筋なので、あまり当てにはならないかと思いますが…」


 なんか、貴族位が高いほどネリエル寄りなんだろうか。

それだけの影響力を持つネリエル……今後が少し心配だ。


「なんにしろ、今レーヴェの事が知られれば王国も動く事になるでしょう。まずは土台を固め、無視出来ない、排除の難しい集団と思わせる事が重要です」

「その為にも、あまり派手な動きは控えて頂きたいのですが…」


 フェン、ハーディ男爵と続いて言葉を紡げば、全員の視線がユークに集まる。

ドレアス側にもトラブルメイカーと認識されているらしい。


「な、なんだよ。大丈夫だ、無茶はしないから…」


 ……敢えて口には出さないが、俺はこの発言を一切信用していない。





 ハーディ男爵達との話を終え、俺達が次に訪れたのは冒険者ギルド。

ネルソンに魔法学院の事を聞く為だ。


 冒険者ギルドの扉を開けば…あら不思議、メルヘンな空間が広がっている。

……なんで誰も直さないんだ……。


「…冒険者ギルドって、こんな感じでも営業出来るんだな」

「ケイン、何か偏見が産まれようとしているよ」


 何か誤解が産まれていそうなので、一応釘を刺しておく。


 普通は冒険者ギルドってもっと無骨な場所だろう。

……いや、こっちが偏見なのか?

なんだか訳が解らなくなって来て、俺はこの件について考えるのを止めた。


「あ! お前らあの時の…!」


 俺達を指差して叫ぶ男が一人。

なんだなんだと振り返れば、なんかどっかで見た覚えのある顔があった。

…けど、誰だか思い出せないな。

名前はゴッヘル……なんか聞き覚えがあるような?


「―――…以前絡んで来た、酔った冒険者では?」

「…あ、それだ」

「ああ、居た居た。こんな奴だった気がする」


 どうやら思い出せないのは俺だけでは無かったらしく、フラウの言葉で全員がすっきりとした顔を浮かべた。


 …そうか、ようやく解った。

最初に冒険者ギルドを訪れた時も、ゴッヘルが世話になったとかって絡まれたが、あのブラザーはこのゴッヘルがやられた事で絡んで来たんだ。


「それで、何か用か? 明日には別の街に行くから、リベンジするなら今日しかねぇぞ?」

「じょ、冗談じゃねぇよ! あの一件で十分懲りた!」


 慌てたように後退るゴッヘル。


 もしかしたら、ユークの戦いの様子や、冒険者ギルドで暴れた件なんかも知ってるのかもしれない。

そうだとすれば、ここまで嫌がるのも解る気がする。


「ただ、あれだ。…街を守ってくれた事には感謝する。絡んで悪かった」


 …あれかな。

酒さえ飲んでなければまともなのか?


「…気にすんな。お前の為にやった訳じゃねぇしな。俺の方こそ少しやり過ぎたし、それは謝っとく」


 そう言ってユークはプイっと顔を背けた。

…ツンデレめ。


「…話は済んだか? 俺に用事があったんじゃないのか?」


 そう声を掛けて来たのは、受け付けと話をしていたネルソン。

さっきからずっと居た訳だが、俺達の様子を見守っていたらしい。

……あるいは、また暴れ出さないか心配していたのかもしれないが。


「やぁ、ネルソンさん。――――……」

「このメルヘンな空間に似合わないって言いたいんだろ? 後で戻して貰うからな」


 …何も言って無いのに。


「要件は魔法学院への紹介状か? それなら準備してあるから持っていけ」

「それもそうですが、冒険者ギルドについても教えて貰いたいんですよ」


 紹介状を取りに行こうとしたのか、ネルソンが階段へ向かうのをギアが引き留める。


 実際問題、俺達には今、肩書が無い。

冒険者ギルドに登録し、冒険者として行動した方が目立たないんじゃないかと考えたのだ。

そうする事で、素性を尋ねられても答えられないなんて事にはならないはずだ。

とは言え、規約なんてものもあるだろうし、何も聞かずに登録と言う訳にもいかない。


「ギルドについて? 言葉通り冒険者の組合だが…」

「所属する事で得られるメリットやデメリットを聞きたくてね」

「―――…ああ、そう言う事か」


 少しだけ考える素振りを見せたネルソンだったが、俺達の事情を理解している為か、目的をすぐに察したらしい。


「メリットとしてはギルドに寄せられた依頼を受諾出来る点だ。個人的に依頼を受けるより、こっちで仕事を探す方が効率はいいな。勿論、仲介料はギルドで頂くが」


 この辺りは『EW』との違いは無さそうだ。


 ネルソンは長話になると思ったのか、俺達を近くのテーブルへと誘導する。

ネルソンに続いて席に座り、改めて話を聞く。


「冒険者にはライセンスがあってな。ランク分けされていて、高ランクの冒険者だと色々融通して貰える事もある」

「…ここまで聞く限りだと、身分証以上の得はなさそう?」


 ノノに頷いて答える。

融通の内容にもよるけど、ライセンスを取ってすぐに高ランクの冒険者になれる訳でもないだろう。

低ランクの冒険者でも何か得られる物があるのなら別だが。


「お前らにはデメリットの方が大きいと思うぞ。各街に冒険者ギルドが存在しているが、冒険者は街に来たらギルドに顔を出さなきゃならなくなる。ギルドには街に居る冒険者を把握しておく義務があるからな」


 それはちょっと面倒だ。

大した手間ではないにしろ、毎回テンプレに出会っても困る。


「その上、緊急事態が起きればギルドに招集される。これに拒否権は無いんだ」

「緊急時と言うと、この前みたいな事ですか?」

「ああ」


 ああ言った襲撃があった際には、無理矢理戦力に組み込まれるらしい。

…今回は事情が違ったけど、今後同じような事が起きた場合、低ランク冒険者の言葉に耳を傾けてくれる人は少ないだろう。

低ランクって事で後方に配置され、戦闘を黙って見ている…なんて自体にもなりかねないな。


「素直にカリーシャ商会の商会員…護衛って事で通した方がいいと思うぞ」

「…それが良さそうだな」


 この辺りはロッシュとすり合わせしておいた方が良さそうだ。

なんにしろ、変に冒険者を名乗る方が面倒な事になりそうだし、それが知れただけでも十分だろう。


「…そう言や、迷宮無くなっちまったけど、このギルドどうすんだ?」

「どうもこうもないさ。迷宮は無くったって仕事はある。…それに『向こう』と連携してやる仕事も増えそうだしな」


 …ひょっとして輸送の護衛とかかな。

安心して任せられる強さの冒険者が居るかは知らないけど、鍛えて使えるようにするのかもしれない。

あるいは開拓関係で仕事があるのか。


「むしろ忙しくなるだろうさ。最初は信頼出来る冒険者にだけ手伝わせるつもりだがな」


 冒険者にとってはそれほど困った状況にはなっていないようだ。

まぁ、それが聞ければ安心かな。

誰かが生活出来なくなったとかって言われると、後味が悪いからね。


 その後、紹介状を受け取った俺達はネルソンに別れを告げた。

またいずれ戻って来る事にはなるだろうけど、暫くは会う事もないだろう。

そう考えると、大して居なかったはずのドレアスでも、目に焼き付けておこうと言う気になる。

不思議なもんだ。


 ……ちなみに、ギルドを直せと言っていたネルソンだったが、職員達の猛反対を受けて断念していた。

意外と評判がいいらしい。

……それでいいのか、冒険者ギルド。




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