第56話~第57話 幕間2 老人の独白
レイ達が話し合った会議から二日。
レイとフラウのハウスへとヴィオレッタが訪れていた。
「いや、間が悪かったようだね」
フラウがコールからの手土産を受け取ると、少々バツが悪そうな顔でヴィオレッタが呟いた。
「気にしないでください。レイも午後には戻ると言っていましたので」
レイはユークと共にロッシュの話を聞きに行っている。
どんな場所に向かうのか、何か必要な物はあるのか…あるいはロッシュの荷物がどのぐらいになるのか。
インベントリに入る量にも限界があるので、準備の前にあらかじめ確認しておこうと言う訳だ。
ちなみにノノはまだ寝ている。
予定の無い日は意外にのんびり屋なのである。
「明日にはメフィーリアに出発するから、一度ちゃんと話しておこうと思ってね」
「ジュエルの事を調べるんでしたね」
「暫く掛かりそうなんだ。何時ロクトに戻れるかも解らなくてね」
話を聞きながら、フラウはコーヒーを淹れる。
ヴィオレッタはコーヒーを受け取るとミルクだけを入れて香りを楽しんだ。
「そう言えば、メフィーリアでギランさんとイーリスさんに会いましたよ」
「相変わらずだったかい?」
「ええ、それはもう」
フラウの受け答えを聞いて、ヴィオレッタは小さく笑みを零す。
ヴィオレッタとしてはフラウとこうして話すのは初めてだ。
彼女が知っているのは、あくまでパートナーとしてゲーム上に存在していただけのフラウ。
こうして言葉を交わしているだけでも不思議な気持ちになる。
ヴィオレッタは後ろに立つ寡黙な相棒を見る。
彼女のパートナーも以前はただのNPCだったのだ。
感慨深い思いを持つのも無理は無い事だろう。
「オーメルとも行き来が出来るようになったら、ビュウやアヤ、レックスやピンクルとも会いたいね。いっそみんなでパーティでもしようか」
「…そうですね」
『EW』に居た頃、よく集まっていたメンバーだ。
レイの友人関係はほぼこの面子で完結しており、それはフラウも同じであった。
『深淵』攻略時こそギランとイーリスは居なかったが、冒険に行く時や遊ぶ時は大体この顔触れであったのだ。
「まぁ、アヤに見つかったらレイは大変だろうけどね」
「……アヤさん、ですか」
フラウが小さく呟く。
それを聞き逃さなかったヴィオレッタは、フラウに視線を投げる。
「アヤがどうかしたのかい?」
「あ、いえ…」
フラウの顔は暗い。
ヴィオレッタの知る限り、アヤとフラウの間に何かあったと言う話は聞かない。
と言うより、アヤが絡んでいるのは何時だってレイの方だ。
「アヤがレイに喧嘩を吹っ掛けないかと気にしているのかな?」
「あ、え~と……何故、あんなにレイに拘るのでしょうか?」
ふむ…とヴィオレッタはフラウの表情を伺う。
恐らく本題はそこでは無いだろうと思いつつも、投げかけられた質問には答えておく。
「それはそうさ。一対一と言う条件下で、アヤに勝ち越しているのなんてレイだけだよ?」
「それは解るのですが…」
『鬼若』の二つ名を持つアヤ。
彼女はオーメルに架かる橋でプレイヤー狩りをしていた。
通る者全てに一対一の勝負を挑み、その全てを降して来たのである。
プレイヤー最強は誰かと問われた時、大概の者が彼女の名前を挙げるのはその為だ。
彼女は三千人近いプレイヤーと真っ向勝負をして無敗を誇っていたのである。
「で、その無敗記録に泥を付けたのがレイだった訳さ。知っていると思うけど」
フラウの前でレイが『狂葬』になったのはこの時が初めてであり、彼女自身、ゼペスの時とこの時とで二度しか見た事が無い。
当然、彼女の記憶にも鮮明に刻み込まれている。
「アヤに勝ったプレイヤーは二人だけ。残りの一人も一勝だけで負け越してる」
スキルや魔法の相性もある中、アヤがそれほど強いのは戦闘センスに優れているからだ。
レイもセンスがある方のプレイヤーだが、それでもアヤには及ばない。
戦闘技術、技能と言う面で言えば、数居るプレイヤーの中でも飛び抜けている。
「レイだけだよ。アヤが一度も勝てず、四敗もしている相手なんて」
アヤがレイに挑むのはこれが理由である。
―――が、実際はアヤの方が強い。
レイがアヤとの戦いに消極的なのは、レイ自身がアヤの方が強いと認識しているからだ。
これまでの勝因を紐解けば、レイがそう考えるに至った経緯も明らかである。
一勝目は橋の上での戦闘。
アヤは他のプレイヤーとの戦闘後であり、そもそも万全では無かった。
二度目はアヤが再戦を挑んで来た時。
レイはアヤの戦闘技術に押され、シャッテン・シュピールを利用した捨て身の攻撃で勝ちを捥ぎ取った。
三度目はしつこく再戦を望むアヤに折れて。
シャッテン・シュピールに対しては完全に攻略され、『クロノス・グレー』を使って無理矢理倒した。
四度目はロクトで開かれた闘技大会・近接の部、決勝戦での事。
魔法は使えず、ジュエルスキルも使えないルールでの戦闘であり、レイが完全に打ち負けて『リフレクトペイン』が発動した。
これで四勝である。
レイは全ての手札を暴かれ、もう勝てる気がしなかったのである。
ちなみに、闘技大会に関しては近接の部と魔法の部があり、それぞれの優勝者でエキシビジョンマッチが行われた。
対戦したのはレイとヴィオレッタ。
レイがヴィオレッタに瞬殺されたのはこの時である。
一番熱いはずの試合が一秒にも満たない時間で終了したと言う、ひどく滑稽なものとなった。
最強のプレイヤーとしてアヤの名が一番に挙がるのは、唯一勝ち越しているレイがそれなりに負けており、尚且つ極端な負け方をするのが原因でもある。
「アヤさんはレイの事をどう思っているのでしょうか―――」
ヴィオレッタは内心で笑いつつ、表情には何も浮かべない。
「そりゃあライバルじゃないかな」
フラウが聞きたいのはそう言う事ではないだろう。
だが、いじらしい友人を見て悪戯心が芽生えていた。
ヴィオレッタは楽しい事が好きなのである。
尤も、ヴィオレッタの『楽しい』は、万人にとっての『楽しい』とは違ったものである事が多いが。
「―――ところで、全く関係の無い話なんだけれど、レイと暮らしていて何も無いのかい?」
ゴン、と大きな音を立ててフラウの額がテーブルに叩きつけられた。
零れそうな物は状況を察したコールが避難している。
「な、何も無いとは何の話でしょうか?」
「おや、照れる事ないのに」
この様子では本当に何も無さそうだと笑みを殺しつつ、しれっとした顔でヴィオレッタは言う。
レイがフラウにどんな感情を抱いているかぐらい、ヴィオレッタは当然察している。
こちらの世界に来て初めてフラウを見た時の様子から、逆もまた同じとヴィオレッタは推測していた。
「可愛い妹分のお悩みだ。相談ぐらい乗ろうか?」
真面目な顔を装っているが、その実、目が笑っている。
付き合いの長いフラウにそれが見抜けない訳がない。
レイとヴィオレッタが過ごした時間と同じだけ、フラウもヴィオレッタと過ごして来たのだから。
「…ご自分が聞きたいだけでは?」
「さて、なんの事かな」
頬を染めるフラウをチラリと見て、ヴィオレッタは口角を上げる。
しかし、それはコーヒーカップで隠されていた。
「ヴィオレッタさんこそコールさんと暮らしているじゃないですか!」
「私達はお互いに恋愛対象じゃないからね」
ヴィオレッタはそもそも恋愛に興味が無いし、コールはこう見えて妻子どころか孫までいる。
見た目は精々三十代のコール―――しかし、彼は魔人なのである。
ヴィオレッタも孫の一人ぐらいの感覚でしか見ていないのであった。
「と言うわけで、枯れた我々に潤いをおくれよ」
そう言いつつ、ヴィオレッタはとうとう笑みを浮かべてしまったのだった。
◆
話が意外に盛り上がり、それと同時にレイが遅れてると見て、コールはキッチンを借りて料理を行っている。
漏れ聞こえて来る話には色々と思う所があり、コールは人知れず溜息を吐いた。
曰く、レイにペットを飼いたいと誤解された理由が、レイに触る事が出来ない為に、他の何かを撫でながらレイの髪質を想像していた所為であるとか。
曰く、足を引っ張った経験から役に立つ為に様々な勉強を始め、それが交渉などにも活かされているだとか。
――――曰く、食事にあらゆる薬品を盛って既成事実を作ろうとしているだとか。
(…ヴィオレッタはあの会話に異常性を感じないのだろうか…)
自らの相棒を心配しつつ、なんだか頭痛を覚えるコールである。
先ほどレイを口説き落とす方法はないかと聞かれた際、ヴィオレッタはその答えを濁した。
そもそも口説く必要が無いと言うのもあるだろうが、ヴィオレッタは二人の事を観察して楽しむつもりなのである。
それに気付いたコールは、フラウに余計な知識を授ける気かもしれないと思い、尤もらしい言い訳をしてキッチンへと逃げた。
共犯者にされるのを避けたのである。
(まぁ、会話内容にさえ目を瞑れば、仲の良い友人…あるいは姉妹のようにも見えるが)
そう思わせるのは、レイを含め三人とも黒髪である事と遠慮の無い間柄から兄弟、あるいは親戚のように見える事が原因だろう。
ヴィオレッタ自身も、二人を弟や妹のように思っているようである。
(あの二人が懐くのだから、接し方としては間違っていなかったのだろうがな。とは言え――――)
姉に観察され、同居人に強く執着されるレイはきっと大変だろうとも思う。
しかも、ギランやアヤ、ビュウがこの他に控えているのだ。
コールはスープの味を見る。
甘酸っぱく感じるそれは、なんだか覚えがある気がして。
(――――フラウに関しては自業自得か。そちらは自分で何とかして貰おう。老人は若い者を見守るだけだ)
コールの発想も相棒に似てきている事に、本人もまだ気付いていなかった。




