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第55話 解決策

 ヴィオレッタの呟きに、まとまり掛けていた場が静まる。

…上げて落とすのは止めようよ。


 ヴィオレッタは時々、人の感情を考えずに結論を言ってしまう所がある。

俺としてはちょっと心配になる部分だ。


「…ああ、すまないね。水を差してしまった」


 本人も気にしているようで、こうやって打ち消すけれど。


「いや、気になっている事があるなら言って欲しい。ここはそう言う場だ」


 そうウェインが促せば、ヴィオレッタはそっと視線を反らす。

どうオブラートに包もうか考えてるな。


「はっきり言ってくれた方がいいと思うよ」

「…そうかい?」


 そう声を掛ければ、ちょっと困ったようにヴィオレッタは笑う。

なんだからしくない。


「なら、そもそもこれがなんなのかと言う推論を聞いて欲しい」


 そう言ってヴィオレッタが突くのは邪神の宝玉。

突かれた宝玉は、キン、と小さく音を立てた。


「悪魔とは邪神が従えていた兵士と伝えられている…確かそう言われていたね」

「ネルソンさんの言葉ね」


 ドレアスの防衛戦後に、俺達がネルソンから聞いた話だ。

ただ、その詳細は然るべき場所でないと調べられないだろうとも言われていた。


「悪魔が存在している以上、この邪神とやらが実在する可能性が浮かび上がった。これはオーガの話と、メフィーリアの遺跡にも残されている情報だね。…そこに邪神の名を持つ宝玉が見つかった」


 …邪神はほぼ確実に存在する。

それは俺も考えていた事だ。

その脅威レベルまでは解らないけども。


「邪神を再び呼び出す為に、悪魔はこれで魂を集めているんじゃないかな」

「…あるかもな。確か、オーガ達の話じゃ倒したんじゃなくて追い返したんだろ?」


 邪神は生きてるって事だね。

その戦いからどれだけの時間が経ったか解らないけど、その当時受けた傷もさすがに癒えているだろう。


「オーガの話にあった、邪神は追い返したが魔物が残ったと言う話―――ここで言われている『魔物』って『悪魔』の事を指しているんじゃないかな? もしそうなら、遠い昔から悪魔が暗躍していた事になる」

「……あれ? それにしては集まっている魂少なくない?」


 この宝玉に残されているのは三万人ほどの魂。

いや、あくまで表示されている数字が人数を指すものだとしたら、だけど。

大昔から集めていたんだとすれば、三万は少なすぎる。


「定期的に使用しているって事かしら? それともどこかにまとめて保存されてる?」

「多分そんな所だろうね。…そしてもう一つ、悪魔と精霊の数ってほぼ同数なんじゃないかな。同数であるから力が拮抗し、精霊達が姿を現せない―――悪魔の数が減ると、精霊の気配が増すのはその所為だと思うんだ」


 筋は通っている気がする。

予想の範囲ではあるけど、ある程度納得の行く話ではある。


「それだけの悪魔が長い時間、魂を集め続けていたんだとすれば――――」

「…すぐにでも邪神が現れるかもしれない?」

「…少なくとも、楽観視はしない方がいいと思うね」


 155レベルの悪魔を統率する存在。

…何レベルの化け物が出て来るんだか。


「…協力してくれている人達も含めて、大幅に戦力アップを考えた方がいいかもしれないね」

「超特急でね」


 ウェインとアイリーンは疲れ切った表情で嘆いた。

色々忙しいとは思うけど、仕事の追加だね。


「それだけじゃなく、協力者を増やすのも重要だね」

「この世界の連中は何か能力を得るかもしれないんだろ? だったら猶更戦力になって貰わないとな」


 と言うかそもそもこの世界の問題だ。

ここの人間が他人事であって良い訳がない。


「それは解ったけれど、宝玉の安全性が期待出来ないって言う話はどう繋がるのよ?」


 レヴェリーが指摘すれば、再びヴィオレッタに視線が集まる。


「この宝玉って、名前からして邪神に関係ある物品と考えられるよね?」


 そりゃそうだ、と一斉に頷く俺達。


「邪神は何故こんなものを残したんだろう?」

「何故って言われてもな…」


 さっきの話からすれば、魂を集めて邪神を呼び寄せるスキルを得る為って事になるのかな。

さすがに簡単なスキルではないだろうし、大量の魂が必要でまだ召喚までは至っていないとか。


「自分をもう一度呼ばせる為だとしたら、私は回りくどいと思うんだよね」

「回りくどい?」

「願いを叶えるスキルを与える宝玉――――そんなものより、邪神を呼び出す宝玉で良くないかい?」


 …まぁ、確かに。

だとするとなんでこんな宝玉なんだろうか。

改めて言われてみれば変な話だ。


「別の目的の為に作られたとか?」

「その可能性もあるかもしれないね。ただ、ちょっと目的の検討は付かないけれど」


 なんとなく予想はしてるんだろう。

結論はなんだと視線で問えば、ヴィオレッタは少し難しい顔をした。


「…これ、使用したくなるような効果だと思わないかい?」

「そうだね。私達が現にそうである訳だし」


 シグナルがそう答えれば周りに反論の余地は無い。


「じゃあ、使用した後…魂はどこへ行くんだろう? 消費された魂はどうなるんだろうね?」

「……使われた魂が邪神召喚の鍵?」

「そっちが本命だってのか?」


 うわぁ…。

仮に宝玉が悪魔の手から離れても、魂は使われ続けるだろう。

人に願いがある限り、それは止められない。

…さすが邪神を名乗るだけはあるよ、えげつない話だ。


「ある程度根拠もあるんだ。ゼファラスは迷宮を広げるって言ってたんだろう? その方法は? まさか土木作業をする気かい?」

「…宝玉に願ってスキルを得るって訳だね」


 そう言えば、その話を聞いた時に人のエネルギーか魂を利用するんじゃないかって考えてたな。

まさにその為の道具じゃないか。


「すでに自分で広げる力があるなら、ユークに追い込まれた時に広げているはずさ。なんせ命が掛かっているんだから」

「人を糧にして広げるんだとは思ってたが、その方法がこれって訳だ」


 そうして魂を『消費』し、邪神召喚を成功に導く。

こうなって来ると使用する事自体が危険に思えて来る。

どんなスキルを覚えるか解ったもんじゃない。


「シグナル…この宝玉で得たスキルが『願いを叶えて終わり』で済むとは思えない。その後も魂を集めるよう誘導して来ると思う。…実際、神の国ネリエルは亜人を殺し続けているからね」


 シグナルはそう言われ、少し視線を反らす。

そして、そのまま片手で顔を覆ってしまった。


 ヴィオレッタを見れば、複雑そうな表情でそれを見守っている。


 ―――なるほど。

彼女がらしくないと感じたのはこれが原因か。

使うべきでない理由は解るのに、代案が浮かばない。

ヴィオレッタは彼等の考えを否定しただけなのだ。

『ならどうすればいいか』を、彼女はまだ見つけられていない。

その負い目が態度に出ていたんだろう。


「…これ、調べて解析するんだよね?」

「ん? そのつもりだけど…」


 アイリーンに問えば、今それを聞くかと言う態度で返された。

空気が読めていないのは解ってるよ。


「似たような物作れないかな?」


 ヴィオレッタが行き詰った時、よく『魔刃』がやっていた事だ。

当てずっぽう、思い付きであれこれと口にする。

それが意外なヒントになる事がある、と。

…まさか俺がその役をやる事になるとは思わなかったけど。


「…さすがに簡単には――――」

「そうか…作ればいいんだ!」


 え、嘘でしょ?

一発目で引き当てたの?


「いや、さすがにこんなの作れないでしょ!?」

「似たような物ならもうあるじゃないか!」


 突然テンションが上がったヴィオレッタに、俺達の思考は付いて行けていない。

似たような物なんてあったっけ…?


「人にスキルを与えるアイテム――――」


 言われてはっとする。

普段インベントリの特別な欄に収納されている…俺達が救世主である所以。


「ジュエルか!」

「これは精霊が作って私達に授けた物だ! 精霊に作れるなら精霊の力を使える私達にだって作れるかもしれない! いや、現物があるのなら改造したっていい!」

「理屈は解るけど方法は!?」


 そんな簡単な話だとは到底思えないんだけど、当のヴィオレッタは自分のジュエルを取り出して無邪気に光に翳している。

凄まじく楽しそうなのが逆に怖い。


「改造ならすでに一度しているじゃないか! そのやり方を考えたのは誰だったか忘れたのかい?」


 精霊機とジュエルを繋げる方法―――そう言えば、考えたのはヴィオレッタだった。

繋げるに当たり、精霊機側もそうだが、ジュエル側でも操作が必要だった。

書かれていた通りにやっただけなので、自分で何を操作しているかも解らなかったが。


「そもそもあれはジュエル側の能力を改造したものなんだよ。インベントリやミニマップなんかは『ジュエル持ち』しか持たない能力だろう? NPCと我々の違いと言えばジュエルしかないじゃないか。つまり、ジュエルは持ち主にスキルを付与するだけじゃなく、便利な能力を最初から兼ね備えていたって訳さ。これに気付いて、仕組みを利用したのが今私達の使っている機能なんだ」

「お、おう」


 ヴィオレッタの怒涛の勢いに、周りの口数が明らかに減っている。

俺は比較的慣れているつもりだったけど、ここまでのは中々見ない。

これは、ちょっとだけクールダウンして貰った方がいいだろう。


「ヴィオレッタ、もう少し簡単に説明してくれない?」

「おっと、すまない。少しはしゃいでしまった。つまり、メニュー画面にあるシステムは全てジュエルがあってこその物なんだ。そこには公式ページに繋ぐ項目もある訳で、インターネット接続機能があると言い換えてもいい。そこを介して、個人の精霊機に紐付けする事で今の機能が使われているのさ」


 …なんとなく理屈は解った。

どうやったのかはさっぱりだけど。

でも、邪神の宝玉と同じような能力を持ち得るものだろうか。


「…良く解っていない顔だね?」

「まぁ、うん…」

「簡単に言えば、ジュエルには接続能力、空間干渉、付与や強化の特性があり、尚且つこれらの能力を利用した改造の余地もある」


 順に掲示板への接続、インベントリやマップの能力、スキル付与やステータス強化…確かに、そう言う言い方も出来るな。


「元の世界に取り残された人物に、干渉するだけの土台はあると思わないかい?」

「空間に干渉し、接続する……もし、付与や強化の特性を持ち主ではなく、ジュエル本体に向ける事が出来れば……」

「夢物語ではないと思うんだよ」


 シグナルは良く理解出来たな。

いや、機械関係の仕事をしていたって言ってたし、通ずるものでもあったって事だろうか。


「…そこまで行くと専門知識でも無い限り解らないわ。ヴィオレッタに任せていい?」

「何か必要な物があれば用意させるけど…」


 それが賢明だと思う。

はっきり言って俺達の手に余る。


「なら、魔法の知識が欲しい。丁度メフィーリアに渡れるようになったし、巫女達にでも聞いてみようか」

「そっちへの口利きは私がやっておくよ…」


 ロザンナは少し驚いた様子のまま呟いた。

ヴィオレッタの豹変に未だ引き摺られているらしい。


「それなら私にも協力させて欲しい。少しは力になれる…いや、なってみせる」


 先ほどまで苦悩していたシグナルはもう居ないようだ。

希望を見つけたのか、随分と顔色もいい。


「それは助かるよ。なんせ魔法関係は素人だ。一人で網羅するには時間が掛かり過ぎるからね」

「あ、私も!」


 どうやら、ヴィオレッタとシグナル、エコーの三人で研究を進める事になりそうだ。

まだ先は見えないけれど、邪神の宝玉に頼るよりはよほどマシだろう。


「なら行動をまとめようか。ヴィオレッタとシグナル、エコーの三人でジュエルの研究。邪神の宝玉については話していた通り調査を進める。情報は秘匿しない方向で行こう」


 ウェインのまとめに、三人が頷く。


「迷宮の情報を集めて、宝玉は回収しといた方がいいな」

「ネリエルの宝玉もなんとかしないとね」

「魔法に関しての知識が必要なら、この世界の魔法学院にも接触しておきたいわね」


 ユーク、アイリーン、レヴェリーもそれぞれ目標を提示してくれる。

どうしたらいいかが解ればどう動くべきかは考え付くと言う事だろう。

最初の重い雰囲気が嘘のようだ。


「戦力の増強も進めたいし、こうなって来るとオーメルとも急いで接触したい所ね」

「せめて、場所の見当が付けばいいんだけど…」


 俺が呟けば、『ジュエル持ち』代表の三人が『あっ』と声を上げる。

…何その反応。


「オーメルの位置が絞り込めそうなんだ。会議の話をし忘れていたよ」


 シグナル達の事もあって慌てていたんだろうけど、そう言う重要な話は早めに教えて欲しかったなぁ…。




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