第52話~第53話 幕間2 譲れない理由
「えっ!? わっ!?」
銃弾がアイラに当たる直前、影から飛び出した腕が銃弾を受け止めた。
そして、その腕がエコーを叩き落とすように振り下ろされる。
「なんだ!?」
飛び出して来たのが影の腕であるなら、シグナルもそれほど取り乱さなかっただろう。
だが、影から出て来たのは黒いゴーレム。
「なんで私が一人だと思った?」
このゴーレム、アイラのパートナーであるノクタリアだ。
アイラの影に潜み、何時でも彼女を守れるように身構えていたのである。
エコーはノクタリアの腕に吹き飛ばされたものの、壁を蹴ってシグナルの元へと戻る。
どうやらダメージは無さそうだ。
「なるほど、影の中に仲間を隠せるのか。…他にも居るね?」
「さぁ?」
アイラは誤魔化したが、冷静に考えれば当然の答えだ。
転移してからと言うのも、冒険者達は四人での行動が基本になっている。
『ジュエル持ち』であれば、最低でもパートナーと他に二人の仲間が居るはずなのだ。
「『百鬼夜行』のパーティには、『渡し守』が居たはずだよ」
「正解」
アイラはそう言って目を細める。
しかし、本人が出て来る様子は無い。
状況を見て奇襲するつもりか、もしくはブラフか。
シグナルは注意深くアイラの表情を探る。
「…仕掛けて来ないの?」
口元だけで笑って見せるアイラ。
真意が読めず、シグナルは足踏みしてしまう。
狙ってやっている。
だが、どちらが真実かが読めない。
もし仕掛ければアイラの影から奇襲されるだろう。
そして、仕掛けなければ折角使ったEXスキルや固有魔法が無駄になる。
「パパ」
「駄目だ。飛び込んだら迎撃される。影に潜んでいるのが『渡し守』なら余計に」
シグナルは自分の記憶を探る。
『百鬼夜行』が精霊祭で名を上げた理由。
一つは圧倒的数で相手を押し潰す戦法。
しかし、これだけだったら遠距離から本人を狙い撃ちにするだけで良かった。
他にも、影の化け物は魔法には弱く、魔法メインの『ジュエル持ち』が複数居れば対応出来ただろう。
だが、最も恐れられたのはアイラの立ち回り。
的確に相手の油断を誘うようなプレイスタイル。
相手を揺さぶる言動。
それらに騙され、相対したプレイヤーの多くが撃破されたのだ。
「諦めるなら無かった事にしていい」
「…!」
思えば、最初からアイラは戦う意思を見せていなかった。
影達も攻撃を加えると言うよりは取り押さえるのを目的として動いている。
彼女には命を賭けるほどの理由も、相手を殺すほどの理由も無いのだ。
だが。
「このチャンスを逃せないんだよ。私達もね」
「……」
「どうしても渡して貰う! 『ライトニングエンパイア』!!」
シグナルが魔法を唱えた瞬間、シグナルを中心に稲妻が迸る。
警戒したアイラと影達が大きく距離を取った。
「…何、それ」
シグナルとエコーを取り囲むように稲妻が発光している。
それは実体こそ無いものの、砦を形作るようにして形成されていた。
光で出来た要塞が目の前に現れたのだ。
「この程度で驚いて貰っては困るよ。砲撃開始!」
要塞の一部から放たれた光が、近くに居た影を貫く。
続けて二体、三体と影が蒸発して行く。
「雷で要塞を作った…?」
「それだけじゃないよ! 『真言・言響山河』!」
要塞内部に逃げ込んだエコーが続けて魔法を唱える。
空気が揺れるような振動を感じ、アイラは警戒を強める。
しかし、何かが変わったようにも思えず、困惑の表情を浮かべた。
「『ここの空気は、随分と重いね』」
ニッ、とエコーが笑った瞬間、アイラは強い重さを感じ、地面に縫い付けられた。
見ればノクタリアも片膝を付いているし、影達も動きが鈍っているようだった。
「これは…」
『真言・言響山河』は、一定時間使用者が発した言葉を現実にする魔法。
この空間がエコーの物になったも同然であった。
アイラがなんとか顔を上げるとシグナルと目が合った。
「その状態で撃たれたら躱しきれないだろう? 迷宮の秘宝…いや、邪神の宝玉を渡して欲しい」
アイラとしては自分の命を賭けてまで守るような物ではない。
しかし、アイラはシグナルの提案を受け入れる事はしない。
こんなアイテムがまともな訳がないと思っているからだ。
『大きい力が必要なほど、多くの魂が必要になる』―――もし足りなければ、使用者はどうなるか。
あるいは、与えられる力にデメリットは無いのか。
ここがはっきりしない限り、誰かに使わせる気など無い。
アイラは他人に干渉するタイプの人間ではないが、それでも―――形振り構わないほどに必死な二人が、その後挫けてしまうような結末は望まない。
アイラはずっと見ていたのだ。
この二人の目を。
申し訳無さと同居する必死さを。
互いに思い合い、守り合う二人が…単なる私欲で宝玉を欲しがっているとはとても思えなかったのだ。
「……『二つ名持ち』が、こんな程度で根を上げるとでも?」
憎まれ口を叩きながら、アイラは手を付いて起き上がる。
素直に助けを求められない二人に、素直に心配してやる義理など無いのである。
「…死んじゃうかもしれないんだよ?」
「貴方達には殺せない」
悲痛な表情を浮かべ、エコーが口籠る。
銃を見つめたエコーを、シグナルが手で制した。
「私がやる」
エコーがシグナルを見上げれば、そこには覚悟を決めた親の顔があった。
「『エクステンドハーヴェスト』、『シャドウ・リベレーション』、『デモニックエンドースト』…」
重さに耐えながら、アイラが小さく呟いた。
シグナルはそのアイラに向けて、砲撃の構えを取る。
「砲撃!」
撃ち込まれた雷撃がアイラへと伸びる。
だが、それを邪魔するように影達がアイラへの進路を塞ぐ。
「盾にしたか!」
「シャドウ・サーヴァント!」
複数の影が弾け飛び、その奥でアイラが魔法を発動する。
その瞬間、影の怪物が部屋を覆いつくすほどに大量発生した。
「なっ…!」
「足の踏み場も無いじゃない!」
影の化け物はサイズも変幻自在だ。
雷の要塞の外は部屋中全て、影の怪物で埋め尽くされている。
どこからどこまでが一体の影なのかも解らず、全てが暗闇に包まれたかのようであった。
「砲撃!」
「『地面が燃えている』!」
要塞から雷が放たれたかと思えば、足元が発火し部屋中が燃え盛る。
だが、影に覆われた空間では火を視認する事すら出来ない。
二人が要塞の外に向かって迎撃する中、影達に担がれ、火から逃れたアイラは再び魔法を唱える。
「『ネクロシャドウ』」
その魔法が発動した瞬間、影達の圧が増した。
要塞に触れては電流に弾かれていたはずの影が、要塞に張り付いて要塞を叩き始める。
と同時に、影達が一斉に咆哮を上げた。
「今度は何!?」
「MPにダメージ!? この叫び声か!」
『ライトニングエンパイア』はシグナルのMPが切れるまでしか保てない。
しかも、発動中にMPは回復出来ないのだ。
「まずい!」
その言葉を最後に、『ライトニングエンパイア』の効果が切れた。
今まで要塞に阻まれていた影達が二人に覆いかぶさる。
圧倒的な物量の前に、要塞が陥落したのだった。
◆
影達に取り押さえられ、二人は身動き一つ取れないでいた。
手足を抑えられ、影に視界さえも奪われたまま地面に縫い付けられている。
「…抵抗は終わり?」
「…くっ…!」
未だ抵抗を続けるシグナルに対し、エコーの方は声を殺して泣いてしまっている。
その様子に気付き、アイラは小さく溜息を吐いた。
「もう出てもいいわよね? 結局出番が無かったんだけど」
シグナル達には見えていないが、アイラの影から人影が出て来る。
紫の長い髪をした小柄な女性だ。
彼女こそ『渡し守』の二つ名を持つ『ジュエル持ち』、レヴェリーだ。
「ほら、バスターもおいで」
続けて影から出て来るのは宙に浮く剣である。
これは武器ではなく、レヴェリーのパートナーだ。
種族はゴーストであり、剣に取り憑いている為この姿をしている。
ちなみに、アイラが教育しているファースは今回留守番である。
迷宮の中がどうなっているか解らず、悪魔が再び現れる可能性を考えての判断であった。
「…本当に連れが居たとはね。アイラさんのパートナーも殆ど戦闘に参加していなかったし、どう頑張ろうが私達に勝機は無かった訳だ」
「……」
正確には、ノクタリアはアイラの防衛が仕事だ。
戦闘に参加しなかったと言うより、アイラを守る事を優先していたと言うだけの話である。
とは言え、それを説明した所で何の慰めにもならないだろうが。
「蚊帳の外だった私が聞くのも野暮かもしれないけど、どうして宝玉に拘るの?」
抵抗を諦めたと察し、レヴェリーは二人に問い掛ける。
今なら話を聞く事ぐらい出来るだろう。
「…私とエコーは親子でね。妻を含めて三人で『EW』をプレイしていたんだ」
影達に拘束させたままではあるものの、アイラの指示で影達は二人の顔が見えるように移動する。
ようやく視界の晴れたシグナルは、しかし、地面の方を見たままアイラ達を見ようとはしない。
「妻は身体が悪くてね。エコーを産んだ後はずっと入退院を繰り返している」
アイラとレヴェリーは顔を見合わせるものの、黙ってシグナルの言葉を待つ。
「妻は殆ど外に出られないから、退院しても家で寝込んでいるばかり…。不憫に思った娘が、三人でやろうと『EW』を用意したんだ」
現実で身体が悪いとしても、VRの世界では自由に動き回れる。
走る事も大声で笑う事も出来た。
家族三人で気兼ねなく居られる空間だった。
「転移したあの日も、私達は三人で『EW』に繋いでいたんだ。…転移する直前、VRサポーターが異常を検知し、妻が強制ログアウトするまでは、ね」
VRサポーター『Synchrotron』には、プレイヤーの身体に異常を検知すると強制切断する機能がある。
それは、外部の人間が身体に触れたり、生理現象によるものであったり――――体調の悪化によるものであったりする。
「妻の身を案じてログアウトしようとした瞬間、私達は転移に巻き込まれた。妻の様子を確認する術もなく、ログアウトする事も許されない…」
アイラは無言のまま、彼等が必死な理由に納得した。
心配にもなろうと言うものだろう。
だが、同時に…すでに転移から三か月が経とうとしている。
口には出せないが、到底間に合う話ではないとも思う。
「…言いたい事は解るよ。でも、VR世界では時間の感覚を変える事だって出来た。こちらの世界だって向こうの世界と時間の流れが違うかもしれない」
シグナルもそれがただの願望である事は解っている。
しかし、他に縋る物がないのだ。
まだ間に合うとでも思わなければ不安で押し潰されそうになる。
やるべき事を見失いそうになる。
―――何より、娘の前で弱音を吐いてしまいそうになる。
エコーは『EW』に母親を誘った事を後悔していると言うのに。
何かあったら自分の所為だと―――そう責め続けていると言うのに。
「だから、宝玉の力で元の世界に戻ろうとした?」
「…二人で戻れないのなら、妻をこちらに呼ぶつもりだった。―――こちらの身体なら、妻も苦しくはないだろうから」
それきり、シグナルは黙り込んでしまった。
この場にはエコーの嗚咽だけが響いている。
元々口数の少ないアイラに、喋る事の出来ないノクタリアとバスター。
自分が何か言わねばとレヴェリーが必死で頭を回転させる。
実はちょっと楽観的な癖のあるレヴェリーである。
まさかこんなに重い話が出て来るなどとは思ってもみなかったのだ。
「えっと……精霊なら何か知ってるかもしれないし、精霊を探して―――」
「…それは何年後?」
「アッハイ」
気を使ったつもりなのにアイラに反論されてしまった。
不憫な子である。
「私はこれを使うのに反対。…現時点では」
「……現時点?」
シグナルが聞き返せば、アイラは指を折りながら説明する。
邪神の宝玉と言う名や魂を使うと言う性能に加え、得られるスキルにデメリットがあるのではないかと言う懸念。
総合して考えれば、現時点でどんな被害が出るか想像も出来ない。
使った本人も、使われた人間も、その周囲も。
「怪しすぎる」
「…それは―――」
シグナルとて気付いていなかった訳じゃない。
ただ、それでも他に縋る物が無かったのだ。
「ならどうするの?」
「調べさせる。レーヴェかメフィーリアなら解るかも」
そうアイラは言うが、そこには問題も多い。
持ち帰る事で迷宮がどうなるか、調べた結果使えると判断されたとしても、それが何時になるか……そして、誰が使うかと言う問題もある。
「レヴェリー」
「ん?」
「迷宮が無くなったら一緒に謝って」
「……え、私も!?」
アイラはコクリと頷き、続ける。
「アイリーンに事情を話して、安全だと解れば使わせてくれるよう頼み込む。…レヴェリーも」
「そっちも!?」
シグナルとエコーは目を見開いたまま二人を見ている。
レヴェリーはそれを視界に収めると、大袈裟に溜息を吐いた。
「…解ったわよ。連帯責任って事ね。こうなったら土下座でもなんでも任せなさいよ。額で地面叩き割ってやるわ」
腰に手を当て、ヤケクソ気味でレヴェリーは宣言した。
ここで断れないのがレヴェリーの良い所であり、悪い所でもある。
「…君達に得する事なんて無いはずだ」
意味が解らず、シグナルは思った事をそのまま口に出してしまった。
一見すると警戒から来た言葉のようにすら思える台詞だ。
「…また暴れられたら困る」
返すアイラは少しだけ目を反らし、それだけ答える。
それを見たレヴェリーがクスリと笑い、アイラに足を踏まれるのであった。
●ライトニングエンパイア 稲妻固有魔法 詠唱時間30秒
消費MP150 再使用8時間
自分を中心とした一定空間に、稲妻で形作った要塞が現れる。
実体は持たないものの、形作った要塞には常に電流が流れている為、触れた者、攻撃して来た者に対してダメージを与える。
また、要塞内に保護されている者に対し、ダメージを軽減する効果と遠隔、魔法攻撃力2倍の効果を与える。
要塞には電流を飛ばす能力があり、要塞が存在している限り連続して射撃する事が出来る。
この魔法の発動中は使用者のMPが徐々に減って行き、0になると自動で解除される。
この魔法の発動中はMP回復が出来ない。
●真言・言響山河 言霊固有魔法 詠唱時間0秒
消費MP180 効果時間5分 再使用1日
効果範囲内に対しての地形変化魔法。
魔法発動後、範囲内では使用者が発した言葉が真実になる。
ただし、生物には直接干渉出来ない。
●エクステンドハーヴェスト
大鎌EXスキル 効果時間10分 再使用60分
このスキルの効果中、使用するスキル、魔法の効果時間を3倍にする。
●シャドウ・リベレーション
使用MP50 影固有魔法 効果時間30分 再使用60分 詠唱時間10秒
この魔法の効果中、シャドウ・サーヴァントを使用した際の召喚数上限が取り払われる。
●デモニックエンドースト
大鎌EXスキル 効果時間5分 再使用60分
次に使う魔法を、任意の数同時発動させる。
現在MPを超える発動は出来ない。
〇シャドウ・サーヴァント 影魔法 詠唱時間5秒
習得レベル20 消費MP30 効果時間30分 再使用5分
影から怪物を生み出し、従える。
怪物の強さは使用者のレベルに依存する。
同時に生み出せるのは一体までであり、もう一度使用すると前に生み出した影は消滅する。
また、影の怪物に物理攻撃、闇属性魔法、状態異常は通じない。
●ネクロシャドウ
使用MP120 影固有魔法 再使用12時間 詠唱時間15秒
従えているシャドウ・サーヴァントの全ステータスを1.5倍にし、スキルを二つ追加する。
追加されるスキルは自己増殖と精神汚染。
自己増殖はシャドウ・サーヴァント自身のMPを使用し、影の化け物を生み出すスキル。
使用MPは50で、再使用は5分。
精神汚染は影が咆哮し、効果範囲の対象にMPダメージを与える。
また、MPが0を下回った場合、ステータスが3分の1に低下する。
MPを回復すれば低下効果は解除される。




