第51話 レーヴェでの一幕
「いやぁ、この乗り物は快適ですなぁ」
装甲車の中で、ロッシュが実に楽し気に笑っている。
最初はみんな恐る恐るって感じだったけど、走り出してからは興味の方が勝ったようだ。
すでに数時間走っているが、馬車と比べると負担が少ないらしい。
今、俺達はレーヴェへと向かっている。
途中森があるはずだったのだが、レーヴェ側で森を少し切り開いてくれたらしく、徒歩での移動はせずに済みそうだ。
まぁ、車一台分のスペースしか無いから狭いし、まだ舗装はされてないから少し揺れるけど。
レーヴェへの使者として向かうのは、ハーディ男爵とフェン、それに役人が二人、ロッシュ達家族と護衛三人、あとは冒険者ギルドからネルソンと役員が二人来ている。
俺達パーティにベルンを加え、総勢で二十人。
装甲車一台に乗れるのは十二人までなので、今回は二台に分けて移動している。
俺が運転している車両に乗っているのは、俺とフラウとノノに、ハーディ男爵とフェン、ロッシュとその護衛が一人、それにネルソン達冒険者ギルドの三人だ。
…髭面だったり筋肉ムキムキだったりで、車内の見た目が少々暑苦しい。
「レーヴェと言う国にはどのぐらい掛かるのでしょうか」
「もうすぐ見えてきますよ。―――ほら」
先行するユークの車が脇に逸れ、目の前の景色が露わになる。
森が開けたその先には、まだ小さいながらレーヴェの街並みが見えて来た。
「あれが……国と言うより砦ですな」
「あのデカい奴はなんだ?」
「空に何か飛んでるぞ!?」
それぞれが思い思いの感想を言う中、俺は内心で苦笑していた。
ドレアスの人を驚かせるとか言ってレーヴェではあれこれ準備をしていたらしい。
紫光石が少ないって言うのに飛行艇が飛んでいるのはそれが原因だ。
あとは魔力照射砲も臨戦態勢になっており、遠くからでも良く見えるように射角を変えてある。
城壁の上や門の前では軍人達が列を成していて、一見すると警戒しているかのように見えるものの、掲げられた横断幕には『レーヴェへようこそ!』と歓迎を示していた。
…とは言え、一番目を惹くのは横断幕を掲げている五メートルを超えるゴーレムだが。
アレ、誰が作ったんだ。
俺達の車両が接近していくと、軍人達が左右に割れて行く。
この道を通れと言わんばかりである。
…良く見れば『ジュエル持ち』も混ざってるし。
「これは歓迎されているのですかな?」
「ええ、まぁ…」
歓迎はしているのだろうけど、驚かせようって意思が強すぎて完全には肯定しかねる。
俺達が軍人の間に入り込めば、突如として花吹雪が舞い、一部の軍人の足元が盛り上がる。
そして高台へとやられた軍人達が、一斉にラッパを吹き始めた。
「…これ、一日で用意したんですか?」
「らしいよ…」
助手席に座るフラウと小声で言い合う中、上空で巨大な爆発が起きた。
一瞬飛空艇が事故ったかと思ったが、爆発は飛行艇の更に上空だ。
薄っすらと張っていた雲が綺麗に吹き飛ばされている。
更に、その中心には綺麗な円の虹が作られていた。
――――いや、やり過ぎだから。
後ろの人達言葉失ってるんだけど…。
「今の爆発何…?」
「多分、『爆炎姫』さん…」
ノノでさえドン引きだ。
下手に技術力がある為、悪乗りすると一番質が悪いのはレーヴェなのである。
◆
謎にライトアップされた大通りを抜け、俺達が辿り着いたのは迎賓館。
ハーディ男爵達は会食の場へと案内され、俺達は客室を借りて休んでいる。
ハーディ男爵達は今日は軽い観光をしつつ休んで貰い、明日ロクトへと出発する事になっている。
メイやアイリーンとお互いを紹介し終えれば、会食の後に街へと繰り出す予定らしい。
とは言え、俺達の案内もここまで。
ここからはレーヴェで護衛を用意し、俺達はまた別の仕事に付く事になる。
―――はずだったのだが。
「あ、レイさん達も一緒にロクトへ行くから準備しといてね」
「え? 俺達も?」
休んでいた俺達に、アイリーンからそう告げられる。
「レイさんはそのままメフィーリアへ向かって欲しいのよ。悪魔の件、精霊と関係があるんじゃないかって言われてるし、メフィーリア側からも直接聞きたいって言われてるの」
血の悪魔、風の悪魔。
俺達が戦った悪魔は、頭に何かしらの名が付く。
それは精霊と同じ。
血の精霊、風の精霊と言うように。
そして、悪魔を倒した後、メフィーリアの巫女が精霊の存在を感じるようになったと言う話もあった。
まぁ確かに、何か関係があると思うのが普通だろう。
「俺は?」
「ユークにも行って欲しい所だけど、先にウェインからのお説教が待ってるわ」
正座か。
結果いい方へ転がったとしても、それはそれである。
長引くようなら、メフィーリア行きは俺達だけになるかもね。
「それと、会食が済んだらレーヴェを案内する予定だったんだけど、ロッシュさんの奥さんと娘さんは先に観光して貰う事になったわ」
なんでも、ロクトでの話し合いを円滑に進める為に、先にこっちで現状を説明しておこうと言う事になったんだとか。
出発まで時間も無かったし、あまり詳しくない者も居るんだろう。
一旦話を整理するのは悪くないと思う。
で、そこで浮いてしまうのがロッシュの家族。
と言うか、元々商会で取り扱う商品を見に来たと言う側面が強い為、政治的な話はロッシュにお任せと言うスタンスだったそうで、そちらに参加しても暇をさせてしまうだけになる。
ついでに言えば、今回の観光もレーヴェを知って貰う為に重要な施設だけを案内する予定であったらしく、商会としては商店街などを見たいだろうと言うメイからの提案もあり、そう言う事ならと二人は先にレーヴェを回る事になったんだそうだ。
「で、俺達に案内をしろって事?」
「そう言う事。どうせすぐやる事ないでしょ? 会食が終わり次第こっちに案内するから、後はよろしくね」
そう言って、アイリーンは慌ただしく去って行った。
なんとも強引な人だ。
「だそうだよ。俺は予定も無いし構わないけど」
「俺も別に無いが…案内するったってどこがいいんだ?」
「あ、私実験市場行きたい。悪魔の攻撃で指輪壊れちゃったから…」
そう言えばそんな事言ってたな。
以前、実験市場で買った衝撃を受け流す指輪の事だ。
盾の裏に仕込んでいたそれが、悪魔の一撃を受けた時に壊れてしまったらしい。
ノノが気絶した一撃を受けた時に発動していたらしく、それが無ければ命に関わった可能性もある。
あのアクセサリー屋が今日も居るといいんだけど。
「じゃあ実験市場は決定として…他って言うと大通りの商店街?」
「実験市場と商店街を見るだけで一日終わりそうだがな。あとは本人達が何を見たいかって話になるんじゃないか?」
「化粧品や洗剤、ファッション、アクセサリー…女性として興味がありそうなのはこの辺りでしょうか」
「色々な物が置いてある雑貨屋に案内して、反応を見てから次を決めてもいいかもしれませんね」
とまあ、そんな会話をしながら食事を済ませている間に会食が終わったらしく、俺達はレーヴェの街に繰り出すのだった。
◆
俺達に同行するのは、ロッシュの妻レーナと娘のローナ、それと護衛として来ているナイアだ。
途中までは車を使い、商店街に着いてからは歩いて回る事にした。
この辺りは露店も多いし、車で見て回るにはあまり向かないと判断したのである。
とは言え、相手は中世の裕福女性だ。
あまり体力が無いのではないかと心配をしていたのだが…。
「ローナ! この布凄いわ!」
「お母様! こちらには素敵なブローチがありますわ!」
いやぁ……こんなに元気とは思わなかったよ。
振り回されてるナイアやケイン、ノノは慌てて走り回っている。
「ローナさんに聞きましたが、レーナさんは元々別の商会のご令嬢だったらしいですよ」
「ああ、奥さんの方も根は商人なんだね…」
道理で、妙な物に興味を持つと思った。
最初は保温性の高い水筒に始まり、布類、機械類、ペンや食材…富裕層の女性としては不思議なチョイスだと思っていたが、商人の視点で売れそうな物を見ていたんだろう。
「これって何に使うんですか?」
「そりゃドライヤーだよ。髪を乾かす時に使うやつさ」
自分達で店員に聞いてくれるのでこちらが説明するような事も無いし、俺達は本当に案内と護衛だけで済んでいる。
「…レイ、レイ」
「ん?」
小声で服を引っ張るノノ。
何事かと耳を寄せれば、フラウも寄って来た。
「どうしました?」
「ぅえ? あ、あのね。ローナが、クラウン王国の服やアクセサリーって『EW』の物と比べるとちょっと…その…」
まぁ言いたい事は解る。
素材からして質が違うし、少し見劣りしてしまうのは事実だ。
デザインセンスの違いなどではなく、素材や加工技術の差だけで見ても、その違いは歴然としている。
「だから、美容室とか服屋さんで見た目を整えて貰ってからの方が本人達も気兼ねなく見て回れるかなって…」
なるほど。
それほど悪いようには見えないが、正直言って周りの人と比べると埋もれてしまっている印象はある。
派手ではあるもののそれだけって言うか。
「エステなんかもいいかもしれませんね」
エステって言うと、プレイヤーが自分やパートナーの見た目を変える為の場所だ。
と言っても、髪型や化粧などを変えられる程度で、別人レベルまで変わるわけではないけれど。
「…なるほど。って言っても、こっちから切り出すのも失礼じゃない?」
「言い方次第ですよ」
そう言ってフラウは二人の方へ歩み寄る。
お手並み拝見と行こう。
「ここで見た物をロッシュさんに説明なさるんですよね?」
「ええ、商会で扱えそうな物や利益になりそうなものは夫に勧める事になります」
「そう言う事であれば、私達からも宣伝させて下さい。その為に協力をお願いしたいのですが…」
おー。
なるほど、ロッシュに対する広告塔になってくれって『お願い』する訳だ。
上手い事言い包められた二人は、俺達と共に服屋や化粧品売り場、エステなどを回る事になった。
ゴールドをあまり持たない二人に、宣伝だからこちらが持つと言えば随分と喜んでくれる。
さて、二人の事はフラウやノノに任せるとして、だ。
「ナイア君、君も宣伝に付き合って貰おうか」
「え? 自分もですか?」
ユークが重々しくそう告げると、心底驚いたと言う風に目を丸くするナイア。
『EW』をプレイする者の特徴として、着せ替えや装備品集めが好きな者が多い。
同系色の装備を集めたり、それを作ったり。
ファッションとして使う装備と戦闘用の装備を使い分けている者も居るぐらいだ。
「レーヴェの宣伝って事なら、売ってる物で整えた方がいいよね?」
「そうだな。かと言って、レベルに見合わない装備をさせても変なのに目を付けられるかもしれないぜ? 鋼製がいいとこだろう」
「なら、性能はそこそこで見た目で勝負する?」
「いや、どうせなら技術力も見せて行きたいだろ? 見た目や性能を変えずに特殊効果を盛るってのはどうだ?」
俺とユークが盛り上がって来た所で、ギアが眉間を揉み始めた。
「ケインは女性陣に付いてあげて下さい。こっちは二人係でもどうせ止まらないでしょうから。それと、ナイアさんは色々と諦めて好きにさせてやって下さい」
「はぁ…解りました」
この後、レーナ、ローナの女性陣とナイアが着せ替え人形になり、俺達のみならずレーヴェの店員や技術者、『ジュエル持ち』達も巻き込んだファッションショーが行われる事になった。
ナイアは疲れ果てていたものの、レーナやローナは喜んでくれたようなので気にしないでおこう。
ついでに言えば、ロッシュも随分喜んでいたけど。
翌日、『夕べはお楽しみでしたね』とか言おうとしたベルンをアイリーンが引っ叩いていた。




