第50話 観光
以前より人通りの多くなった大通りをフラウと二人で歩く。
一時避難した街の住民が、命が助かった事を祝い合っていた。
屋台なども出て、ちょっとしたお祭り騒ぎになっている。
ノノはケインやファースと街を見て回ると言って出掛けて行ったし、ベルンはハーディ男爵と調整、ユークとギアは昼間から酒場へ出掛けて行った。
アイラは食べ歩きするのだと出て行ったが、影やゴーレム達と出掛けようとして止められていた。
他にもレーヴェから来たらしい冒険者を何人か見掛けたし、騒ぎを起こさないといいんだけど。
「また難しい顔をしています」
ちょっと拗ねたように言うフラウが可愛い。
まぁ、観光で見て回ってるのに、あれこれ考えてちゃ楽しめないか。
「今回は犠牲者も出ていませんし、上手く行ったじゃないですか」
「最近は特に、フラウには助けられっぱなしだね」
「お役に立てました?」
「もちろん」
そう言って小さく笑い合う。
オークの件に始まり、ここ最近はフラウの機転に助けられてばかりだ。
本当に感謝しないといけない。
メフィーリアが見つかったって話も現在進行形で確認が行われている。
他の亜人庇護派の貴族とも早めに接触を持ちたいし、首脳陣は頭が痛いんじゃないかな。
これからハーディ男爵達から得られる情報って言うのもあるだろうし、仕事は増えるばかりだ。
それらを考えれば、俺達もこうして過ごす時間と言うのは中々取れなくなるかもしれない。
だとすれば、今を楽しまないのは損かな。
「そう言えば、フラウって動物が好きなの?」
「え? そんな事はありませんが、何故です?」
あれ? ヴィスターを良く撫でてたし、てっきりそうなのかと思ってたけど。
そんな事を伝えれば、フラウは暫く考え込み―――顔をボッと赤くした。
……なんで?
「フラウ?」
「いえ、別に…! 毛の手触りが少し気になっただけです!」
なんでそんな必死になって否定するんだろう。
毛の手触りで赤くなる要因ってなんだ…?
「…毛って言えば、ノノも時々撫でてるよね?」
「え、ええ。ふわふわした感触でした」
感想を聞きたかったわけではないんだけど…あんまり立ち入らない方がいい話なんだろうか?
「髪と言えば! レイは髪型を変えたりはしないんでしょうか!?」
「いや、特に予定は無いけど…」
「……そうですか……」
そんなにシュンとならないで欲しい。
なんだろう、何か話が噛み合ってない気がする。
そんなやり取りをしていた俺達の前に、以前見た人影が過った。
「あ、やっぱりレイさんだ」
「やっほー」
そんな軽い調子で現れたのは、レーヴェで出会ったシグナルとエコーの二人だ。
腕を組んで歩いているのを見るに、相変わらず仲のいい親子であるらしい。
「以前、飛行艇の所で会った…」
「覚えていてくれて嬉しいよ。二人とも大活躍だったみたいだね」
こんな所で会うなんて妙な縁があったものだ。
恐らく、二人もレーヴェから来た援軍なのだろうけど。
「まぁ否応なく巻き込まれた感じはありますけどね」
「それはこっちの世界に来てからずっとじゃないかい?」
それもそうか。
改めて思い返してみても、クラウスとアサカの件に始まり、ここ最近はユークの件と頭の痛い問題が多発している。
というか、俺の周りトラブルメーカーが多いのか?
なんだか元の世界での生活が遠い昔のように感じて来た。
「しかし、異世界であっても活気があるのはいい事だね」
何か遠い目をしながら、シグナルは呟いた。
その視線を追えば、そこにあるのは街の人達が笑顔で語り合っている姿だ。
「それより聞いたかい? 迷宮の伝説」
一瞬暗い表情を見せたシグナルが、パッと表情を変えた。
あまり立ち入られたくないんだろうと、俺はその話に乗る事にする。
「伝説ですか?」
「なんでも、迷宮の最奥にある宝は願いを叶える力があるんだそうだよ」
「願いを?」
良くある伝説と言えばその通りだが、実際のところはどうなんだろう。
あの悪魔が迷宮の主であるなら、願いを叶えるかはともかく強力な力を持つ秘宝があると言うのも有り得る話だ。
けれど、そう言った伝説を流布する事で人を集めていたとも考えられる。
人を糧とする為に。
「事実なのかは解らないけど、迷宮を踏破した英雄の話には付き物なんだって」
「冒険者達も、それを求めて迷宮に潜るって人も多いらしいね」
ほほう。
まぁ、そんな夢みたいな話でもなければ、死ぬかもしれない迷宮になんて行く人も少ないだろう。
「迷宮が消えるって話は聞きましたが、それを持って帰ると消えてしまうんですかね?」
「有り得る話だよね。…でも、私が見つけたら持って帰っちゃうなぁ」
実際それを求めている人だっているんだろうしね。
もし迷宮が消えてしまったら、またハーディ男爵が悩みそうだ。
俺の中でのハーディ男爵はすでに苦労人枠に入っている。
ダンディ男爵だった頃が懐かしい。
「悪魔に関連してレーヴェの冒険者が調べに行くようだし、ひょっとしたら誰かが見つけてしまうかもしれないね」
「…何か叶えたい事でもあるんですか?」
今まで黙っていたフラウが、二人の顔を伺うようにして言う。
二人は一瞬だけ目を丸くすると、苦笑を漏らした。
「そりゃあ色々あるさ。願いを持たない人の方が珍しいんじゃないかい?」
「…そうですね」
――――…どうしよう、何も思い付かない。
俺、珍しい側の人間だった。
「おっと、もうこんな時間か。あんまり二人の邪魔をしても悪いし、私達も行くとするよ」
「楽しんで来なね~」
俺が考えている間に、二人は手を振って遠ざかって行く。
寄り添って歩く姿は、親子と言うより恋人のようだ。
「―――……レイならどんな願いを叶えますか?」
「え? ええと…」
見上げるようにフラウに見つめられ、気まずさから目を反らす。
考えたけど何も思い付かなかったんだよ…。
とは言え、何も無いって答えるのも変なのだろうか。
「―――取り敢えず、今日が楽しくなるように、かな」
「…そうですね。私もそれを願います」
ニコリと笑うフラウを見て、少し気恥ずかしくなってしまった。
俺は今のこの生活で十分に満足しているらしい。
◆
「お二人さん! 門を守ってくれた人じゃないか!」
そう言って、一人の男性が手を振っている。
名前を見れば、ノノを介抱してくれたあの兵士らしい。
私服であるところを見るに今日は非番なんだろう。
俺達はその男に手を振り返し、街の観光を続ける。
珍しい物も幾つかあるが、品質はあまりよろしくない。
レーヴェとの貿易が始まると、こう言う店は大きな打撃を受けてしまうだろう。
この辺りの対策なんかはロッシュやハーディ男爵に任せるしかないけれど。
「素材や食料は魔物由来の物が多いですね」
「迷宮が近い所為かな? 時間があれば迷宮も見てみたかったけど」
生憎、明日には出発予定だ。
さすがにそんな時間は無い。
「…これとこれ貰えますか?」
そう言って俺が指差したのは、何かの石と髪飾りだ。
石は多分琥珀かな? 削り方が良くないのか、細かい傷が目立つ。
それと銀で作られた髪飾り。
良く見ると歪みもあるし、あまりいい買い物とは言えないだろう。
「それを買うんですか?」
「ちょっとね」
言われた金額を支払い、それをインベントリにしまう。
ちょっとぼったくってるんじゃないかと言う値段ではあったが、まぁこう言うのは思い出だ。
琥珀や髪飾りの説明を確認し、改めて手元に戻す。
そして、幾つかの素材を掛け合わせて、と。
「よし」
俺の手元が輝き、そしてその光が収まれば、手元に琥珀や他の宝石が散りばめられた白銀の髪飾り。
手持ちの素材で掛け合わせただけの、あまり実用的なものではないけれど、色合いはきっとフラウに似合う。
「戦闘では使えないと思うけど、思い出にね」
そう言ってフラウに手渡そうとすれば、ひどく驚いた顔をされた。
……あれか、いきなり身に着ける物を渡す人は重いとかって話か。
今まで装備品は手渡して来たし、それほど深い意味には取られないと思ったんだけど…。
「―――つ、着けて貰えますかっ?」
「えっ? あ、う、うん…」
そう答えて、フラウの髪に触れる。
何これ、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。
周りの人の視線が妙に突き刺さっている気がする。
フラウのサラリとした髪が手の間をすり抜ける。
同時に、なんだか甘い香りがした気がして心臓が跳ねた。
「に、似合いますか?」
「うん…よく似合ってるよ」
照れくさいのを我慢して答えた俺の目に、フラウの満面の笑顔が飛び込んで来た。
―――まぁ、喜んでくれたんならいいか。




