第49話 今後の動き
一体どんな話が出て来るかと思えば――――。
「神の国ネリエルに、クラウン王国は掌握されつつあると」
何をどうしたらそんな事が出来るのか。
反対する貴族を呼び出して処刑なんて、国内が分断するレベルの大事だと思うんだけど。
しかし、ロッシュによれば亜人排除に反対する貴族が謎の死を遂げたのは間違いないらしい。
それだけの影響力を持つネリエル…警戒度を上げた方がいいかもしれないな。
いや、正確には聖女とやらか。
「聖女について解っている事は?」
「数年前に代替わりした事しか解らんのですよ。前任の聖女と比べてもあまりに情報が秘匿され過ぎている…。一介の男爵では詳しい情報など何も…」
そう言って、ハーディ男爵は力なく項垂れてしまった。
こんなタイミングで亜人と共生している者達と手を組めば、国から警戒されると言うのも解る話だ。
そして、それが強硬手段と言う流れになるのも想像に難くない。
ロッシュを見れば彼も難しい顔をしている。
クラウン王国内には彼の支店も多くあるのだと言う。
なら、カリーシャ商会が攻撃のターゲットになる可能性だってあるだろう。
「ネリエルの方も、教義ってだけでそこまでするかね?」
「何か思惑があるんだろうよ」
ネリエルが亜人をどうしても滅ぼさなくてはいけない理由、ね。
以前、ハーフが産まれないとかって話があったが、これも関係する話だろうか。
「…何にせよ、そう言った理由からあまり協力に前向きでは無かったわけですね」
そうベルンがまとめれば、ハーディ男爵は重々しく頷いた。
そりゃそうか。
協力すれば街の人間が被害を被るわけで、領主としては断るなり様子を見るなりしたいところだっただろう。
「けど、ユークが暴れた」
街中でユークが暴れた事で、俺達を無視出来なくなった。
ロッシュから俺達の事情は伝えていただろうし、面会についても話をしていたはずだ。
俺達が別の国の人間だとすれば国際問題になるし、だとすれば領主として何かしら対応を迫られる。
会いもせずにそれを判断するのは難しいと考えたのだろう。
で、俺達に対してフェンの力を見せつけ、抑止力になればと考えた。
実際、フェンのレベルを考えれば一般兵士ぐらいそれほど苦も無く倒せる実力はある。
―――はずだったのに、俺が圧勝してしまったと。
さぞ胃の痛い話だっただろう。
まぁ、最初から事情を話していれば拗れなかったんだろうけど、国内の事情を他国の人間に話すにはリスクもある。
俺達が侵略者でない保証なんてないんだから。
国が分裂するかもしれないとなれば、そのタイミングを待って襲撃……なんて話だって想定していただろうし。
「それでは、結論は先延ばしと言う事でしょうか?」
向こうとしてはそれが望ましいんだろうけど、フラウさんかなり踏み込むね。
まるで話をさっさと終わらせたいかのようにさえ見える。
「いえ…表立って支援と言う形は難しいでしょうが、協力はさせて頂きましょう」
おや、それはそれでスパイ容疑とか掛けられない?
そう思ったのは俺だけじゃないようで、皆が一斉にハーディ男爵を見た。
「どの道、貴方達が本気になればドレアスなど簡単に滅ぼせる。友好的な関係を築く以外に、ドレアスが生き残る道は無いでしょう」
滅ぼす前提なのは何故だ。
どうにも危ない集団に思われてそうで心外だ。
「いえ、断られたら断られたで別ルートから人間に接触する案もあるのですが…」
「その先でクラウン王国と争う事になれば、結局ドレアスは最前線ですよ」
…なるほど。
ベルンに受け答えするフェンの言葉を聞いて、何も反論が浮かばなかった。
俺達がドレアスとの戦闘を避けたとしても、王国はこの地を利用するだろう。
そうなると、ドレアスに逃げ場は無いね。
特に、フェンを抱えているハーディ男爵は絶対に避けたいはずだ。
「そう言う事なら、細かい調整は実際にレーヴェで行って貰うと言う事で宜しいですか?」
「レーヴェ…貴方達の国の一つですな」
「ええ、今はロクト王国の宰相も訪れていますし、我々の街を見て貰う事でこちらの言葉が信用出来るかの証明にもなるはずです」
と言うわけで、ベルンとハーディ男爵の間で今後の予定が立てられて行く。
すでに俺達いらないような気がするけど、まぁ大人しくしていようか。
実際にレーヴェに向かうのはハーディ男爵とフェン、そしてネルソンとギルドの役員など数人、それとロッシュ達だ。
その間に今回の件や迷宮の探索をアイラ達が進めて行く事になる。
あの悪魔やスタンピードの理由を調べる為だ。
不在時の行政は代理人が居るのだそうで、そちらと上手く連携を取るようにと言う話に落ち着いた。
俺達パーティとベルンについては、彼等の護衛兼道案内として再びレーヴェに逆戻りだ。
出発は明後日との事なので、一日ぐらいは観光出来るかな。
そんな事を考えて空中を眺めていた俺だが、ふとロッシュの方に視線を向けた。
俺達に付いて一番後悔しているのはロッシュかもしれないな、と頭を掠めたのだ。
「ロッシュさんはどうします? クラウン王国中に支店があるんでしょう?」
『どうする?』が何を指すのか、一々ロッシュに説明しなくても伝わるだろう。
ここで手を引くのも俺は有りだと思う。
この話を聞いて、彼が商会員の身を考えるならこのまま俺達と共にあるのは難しいだろう。
「いえ、このまま協力させて頂きますよ」
しかし、ロッシュの意思は変わらなかった。
いいのか、と言う目で見つめれば、ロッシュは小さく笑う。
「亜人庇護派の貴族は他にもいます。そちらの街にだけ支店を残し、他は撤収する予定です」
「それだと商会規模が縮小しませんか?」
そう返せば、ロッシュの笑いは不敵なものへと変わった。
「一時的に縮小したとしても、貴方達の製品を取り扱えるなら今後もっと大きく成長する事でしょう。その時、商会員さえ居ればすぐにでも元を取れる。実は、各支店にはすでに通達済みでして。連絡が届き次第、撤収の準備が始まるでしょうな」
手際の良い事だ。
反対意見も出るとは思うが、それもどうにか出来る算段があるのだろう。
「我が商会が窓口となれば、亜人庇護派の貴族達とも連携が取り易くなる……皆さんにとっても悪い話ではないでしょう?」
確かに俺達にとっては有難い話だ。
紹介を通してのやり取りなら、それほど不審な動きには見えないだろう。
けれど、商人がそれだけでここまでの事をしてくれるとは思えない。
「その心は?」
「我が商会に、一部専売などの条件を頂ければと思いまして」
……どこまでも先を見据えているようだ。
今後、他の商会が俺達に目を付けたとしても、カリーシャ商会の優位性は揺るがないわけか。
どの道、今の俺達には他国での販路が存在しないし、暫くはカリーシャ商会に一任する事になるだろう。
結局のところ、俺達に協力するメリットの方が勝ったと言うわけだ。
「お口添えをお願いしますぞ」
そう言って笑うロッシュは非常に楽し気だ。
不安もあるだろうに、大した大物だよ…。
◆
宿に戻って来た俺達は、ノノ達の元へと訪れていた。
あの悪魔について聞く為だ。
事情を聞きたいと言う事で、ベルンとアイラも同席している。
それと、こちらの世界の知識を貸して貰う為にネルソンにも来て貰っている。
「ん? つまり、最初からスタンピードじゃなく悪魔の指示だったって事か?」
「本人はそう言ってたぜ」
「自分が魔物達の主だとも言ってたよ」
特に不調は残って無いようで、ノノもケインもしっかりと受け答えしてくれている。
少し心配だったけど、問題が無いようで何よりだ。
しかし、悪魔が魔物達の主と来たか。
今回の出来事は、悪魔による襲撃作戦だったと言う事になるだろう。
そして、その目的は何か。
「迷宮を広げる為なんだって」
だそうだ。
「まとめると、迷宮では全力を発揮出来る悪魔が、迷宮の魔物を操って街を襲撃。そして、迷宮を広げて、自分の力が発揮出来るテリトリーを広げようと画策したのが今回の出来事って事か?」
人間を糧にするとも言っていたそうだ。
つまり、人のエネルギーとか魂とかそんなのを使う事で迷宮を広げる事が出来るのだろう。
空腹を満たす為だけだったなら、襲撃して狩り付くしてしまうとそれこそ飢える事になってしまうし。
「そうなって来ると話が変わる。迷宮を作ったのは悪魔?」
「広げられるって言うくらいだしな。多分そうなんだろうよ」
って事は、あのクアドラシフィアを生み出したのも悪魔なのかな。
だとすれば、悪魔って存在の危険度を大きく見直す必要がある。
「ネルソンさんは何か悪魔について知りませんか?」
「悪魔なんてのはそれこそ神話に出て来るような相手だ。邪神が連れて来た邪神の兵士だと伝えられている」
それが実在したわけだ。
邪神の話ももっと調べてみた方がいいかもしれない。
ちなみに、俺達が貴族と知って最初は敬語を使っていたネルソンだったが、俺達がいらないと言って普通の話し方に戻っている。
あれこれ政治的な思惑があって話し方を使い分けていたわけだが、貴族でもないネルソンにはあまり関係がないし、別にいいだろう。
結構、俺達も適当である。
「それ以上の事は解らん。王宮やネリエルになら何か伝承が残っているのかもしれないが」
調べたいなら結局そちらに行きつくのか。
「他に調べられそうなところはないんですか?」
面倒そうな顔を隠しもせず、ギアが尋ねる。
気持ちは解るけども。
「他にってなると…そうだな、魔法学院になら古い図書館がある。あとは帝国かステラ教国だろうな」
「魔法学院?」
聞き慣れない単語に聞き返せば、魔法を勉強するための学院だと言われた。
あくまで魔法の研究を主題としているらしく、どこの国の管理下にもない変わった組織なのだとか。
それを支援しているのは冒険者ギルド。
冒険者ギルドと言うのは、各国に渡って存在する独立機関であり、迷宮探索や遺跡探索をを仕事としていて、戦う相手は主に魔物だ。
賞金稼ぎの側面も持つようで、指名手配犯を捕らえるような事もあるらしいが。
まぁそれはともかく、国と独立した機関だからこそ冒険者ギルドも魔法学院も各国にあるし、独自の書類を残している可能性があるとの事だった。
「それを紹介して貰う事って出来るのか?」
「紹介自体は出来るし、ギルドマスターからの紹介状なら無碍にもされないだろう。ただ、どこの魔法学院も首都にあるんだよな」
つまり、どの道王都へは行かなければならないと。
これは暫く後回しかなぁ…。
「今後の動きは話し合いで決まるだろうし、それが決まってからだな」
「言われた仕事をこなせって事か」
ベルンとユークがそう結論付ければ、ほぼ同じタイミングで掲示板にコメントがされた。
463:冒険者@土の精霊の加護(メフィーリア)
メフィーリア見つかったぞおおおおお!!
……やれやれ、また忙しくなりそうだ。




